【006:六箱 紫苑】2章『コッペリアの葛藤』28話♡
前の話
2章28話
「立てる?」
紫苑くんが優しい声音で聞いてくる。頷いて返し、もぞもぞと動いて、ベッドから足を下ろすと、縛り上げられた腕を持ち上げる様に力を籠められ、その力を借りてすっくと立ちあがった。
まださっきの絶頂感を少し引きずっているのか、膝にうまく力が入らない。
「なんか、膝からかくんって行っちゃいそうかも」
「じゃあ、一旦椅子に座っておく?太ももにも縄掛けるから」
「・・・吊るさないって選択肢は――――」
「ないね」
「――――ですよね」
少し首をひねって振り返りながら訴えると、紫苑くんは至極真面目に返してきた。ありがたい申し出だけど、そもそも吊るさなければいいのでは?と一応訴えて見たが、速攻で拒否された。
まあそれはそうか。だってわざわざ吊るリング工事して設置してるんですものね。そりゃ使いたいよね。
私はひとつため息をつき、彼が持ってきてくれた椅子に素直に腰かけた。合皮張りのデスクチェアーに裸で座るのは若干抵抗があった。なんせその・・・濡れているので・・・こう、やっぱり気になる。いや拭けばいいんだろうけれど、気になるものは気になる。
なので、なるべく浅く腰掛けておくことにした。
紫苑くんはと言えば、そんな私の気遣いに気付くでもなく――あるいは気づいた上でスルーして――テキパキとベッドから次の縄を持ってきているところだった。
後ろ手に縛られた状態で体のバランスを取ろうとすると、どうしたって猫背になる。不格好だなとは思うものの、姿勢を正すこともできない。
そうこうしている間に、紫苑くんが目の前にやって来て、なんてことはないように、ひょいっと私の太ももを持ち上げた。
「んわっ!?」
猫背で椅子の縁に座っていたのに、脚を持ち上げられたのだ。当然、私の体は後ろにひっくり返り、その体をしっかりと椅子の背もたれに支えられた。
「ちょっ、っっ!」
とんでもない格好である。
なんせ全裸で片脚を持ち上げられているのだ。あらぬところが丸見えである。でももう片方の足も上げたりしたら椅子がひっくり返ってしまいそうで怖い。更には腕も拘束されているわけで、つまるところ、全く手も足も出ない状態だった。
散々体を繋げてきたとはいえ、流石にこの格好はどう考えても恥ずかしい。多少は残っていたらしい羞恥心のせいで、顔が一気に熱くなる。まるで薪ストーブのすぐ近くに顔を寄せた時みたいに熱い。
「うふふっ大丈夫だよ。吊るときは立ってもらうし、ちょっとそのままでいて」
「いや、あの、ちょ、ちがくって」
きっと彼は、私が何に狼狽えているのか十二分に理解しているのだろう。だって見下ろす視線は少し楽しそうだもの。でも全然、丸見えになってしまっている事には触れないで、太ももに縄を巻いていく。
悔しい。
全然気にしてませんよって感じが本当に腹が立つ。
私だけがこれ以上ガチャガチャ言うのも癪で、私はぎちっと奥歯を噛みしめて、彼から視線を逸らしたのだった。
M字開脚で縛られる時と似た縛り方で、太ももに緩めに縄が掛けられる。
大して時間をかけている訳でもないのに、太ももに這う縄と彼の指先の感触に、体が鋭敏に反応してしまう。ぞくぞくと肌が粟立っているのだから、きっと私が彼の指の感触に反応しているのはバレバレなのだろう。
でも何も言われない。
だから私も何も言わない。
太腿は締め付けないせいか、縄の締まり具合を聞かれることもなく、部屋は異様に静かだった。その静かな部屋に縄が肌を掠める音と、締める音だけが時たま響く。
「っ・・・、っ、はっ、っ・・・ふーーーーっ」
鼓動がどうしようもなく走っていた。どくどくという音が、紫苑くんにも聞こえてしまうんじゃないかと気が気じゃない。縛られるなんていつもの事なのに、妙に緊張してしまっている。
呼吸が荒くなるのを隠したくて、下唇を噛み、意識して長く細く息を吐きだす。それでも、鼓動は全然治まってくれそうになかった。
嫌らしい触れ方をされている訳でもいないのに、自分の中心が全然湿り気を失わない事は、もちろん自覚している。それどころか、愛液が垂れて椅子を汚してしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった。
ただ黙って縛られているだけなのに、どんどん羞恥心が煽られていくという意味の分からない状況が、悔しくって情けなくって堪らない。
でもその、圧倒的に支配されてしまっている感覚に、どうしようもなく酔っているのも又、事実でしかなかった。