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【006:六箱 紫苑】2章『コッペリアの葛藤』11話

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――雑記――
土日は短編集の更新になります。
なのでまた月曜日の20時から続きを投稿予定です。
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2章11話


仕事をしていてもそうだけれど、日々というのは矢のように通り過ぎていく。気付ば早いものでカレンダーは12月に入っていた。

悩みというものも、消えずとも時間と共に古傷のように馴染みだし、そしてだんだんと気にならなくなる。人間がブラック企業で働けてしまう道理である。

佐々木さんとの関係性は、お散歩の途中や行き会った道端で少々話し込むくらいの、そう言う関係に落ち着きだした。恐らくは、一般的な近所づきあいと言えるだろう。
佐々木さんの提示してくるお茶の日程と、紫苑くんが私をデートに誘う日程がバッティングする事が増えた為、嘘の理由を考えるまでもなく、必然的に佐々木さんとの時間は減っていったのだ。

特段、佐々木さんとの関係性が険悪になった訳ではないけれど、前よりも希薄にはなったなと感じる。彼が言っていた通り、過ごす時間の長さは大切なのだろう。

自然と距離感ができたお陰で罪悪感に苛まれることもなく、ただ少し寂しいような、もの悲しいような後味を残しつつ、それでもいい関係に落ち着いたんじゃないだろうか。

紫苑くんと出かける機会が増えたせいか、孤独感は減った。そのおかげか、料理を作りながらぼろぼろ泣くなんて言うメンタルの崩壊した状況は脱することができた。つくづく、私の現状は彼に依存しているなと実感してしまい、若干の諦めの境地に至りつつ、「このままでいいのかな」という漠然とした疑問もふわふわと、冬の冷気の中に吐き出した白い息のように、時たま脳裏に漂う。

だからと言って、何か行動を起こすという訳ではないので、結局のところ、日々は平和に過ぎていく。

彼はまるで興味がないけれど、私は季節ごとにインテリアを変えるのが好きだ。既にクリスマスツリーは飾り付けを終えている。ツリーは元々この家にあった大きなもので、私の身長くらいある。オーナメントは去年買った物を飾り付けつつ、たまに買い物に行く時に可愛い物を見つけて、ついつい買い足してしまって、そろそろ自重しないとなと考えているところだ。なんせ大きなツリーなものだから、飾るスペースはかなり余裕があるのだ。

薪ストーブの近くに飾ったツリーだけでもかなりクリスマス感が出るのだけれど、クッションカバーやソファに掛けてあるブランケット、テーブルのセンタークロスなんかも、赤系統のチェック柄に揃えていて、部屋全体をクリスマス仕様にしてある。
こういう、家のこまごまとしたことをしていると、なんとなく落ち着くし、単純に好きな事だから楽しいので、ちょっと落ち込み気味だったメンタルも回復しやすかったのかもしれない。好きに整えた居心地のいい部屋にいると、それだけで気分も上がるものだ。

もう深夜も回ろうという時間帯。私はひとりで自室のベッドに寝転び、スマホを操作していた。

この日、紫苑くんは私の部屋にいなかった。後で来るらしいけれど、まだ少し制作作業をしたいらしく「先に寝ていて」と言われたのだ。
こういうことは、珍しいが、なくはない。
それでも、一緒に電子タバコを一服した後、制作作業に戻るのはかなり珍しかったので、もしかしたら何かいいアイディアでも思いついたのかもしれない。
相変わらず、彼はシナモンロール味の電子タバコが好きで、私も特に拘りがないのでそれを一緒に味わっている。まだ歯を磨いていないので、口の中には仄かに甘い香りが残っていた。

久しぶりに、鬼乃さんのSNSを追いかけていた。

私は今でも、人形作家『鬼乃』のファンだ。中の人が紫苑くんであることは重々承知している。なんせ彼が作る素晴らしい人形たちの制作過程すらも、つぶさに観察させて貰える立場にいるのだ。それはそれとして理解しつつ、私は『鬼乃』という存在のファンだ。

なのでこうしてひとりっきりの時などに、鬼乃さんが気まぐれに更新するSNSを追いかけている。
仕事をしていた時は、何も変わらない昔の投稿を遡って毎日のように読んでいたのだけれど、流石に今ではそこまではしていない。こうして思い返してみると、やっぱりあの頃って病んでたんだな、と感じる。

今でも鬼乃のSNSを追っている事は紫苑くんは知っているのだろうか・・・。特に何かを言われたことも聞かれたこともないので、私も特に何も言っていないのだけれど・・・。
別に隠している訳でもないけれど、「変態っぽいって思われてもいやだなぁ」なんて思って、あまり大っぴらには見ていなかったりする。

「あれ・・・コメント・・・」

それは、一番最新の投稿に対するコメントだった。

「爪の色をはちみつ色にしたい」という紫苑くんの綺麗な掌に乗せられた、真っ白で華奢な人形の手の写真が載った投稿だ。
鬼乃さんの投稿に、コメントはほとんどつかない。なんせ彼が全く反応を返さないし、そもそもコメントしづらい投稿が多いし、フォロワー数だって300人とかである。

だからコメントのアイコンに「1」と表示されているのは非常に目立った。
自然、そのアイコンをタップしてしまう。

「――――え?」

どく、と鼓動が不自然に脈打つ。

そこから妙に早くなりだした脈拍に、呼吸が僅かに浅くなる。なんだか息苦しい。

そのコメントは、投稿にはまるで関係のない内容だった。

『ねえ、DM返してよ~!姫奈ずっと待ってるからねぇ!』

という、顔の下半分と胸の谷間をアイコンにした「hina」という女性からの物だった。

次の話


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極楽ちどり
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