【006:六箱 紫苑】2章『コッペリアの葛藤』13話
前の話
――雑記――
ちとね、熱で文章アレかもしれないんですけど、一旦投稿しておきます。
最後に全部まとめる時にお直しするので。
いや、最悪元気になったらこのあたりはお直しするかも。
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2章13話
「うふふっ、っ、ふふふっ!ははっ!」
アトリエの中、スマホを食い入るように見ていた六箱紫苑は、滲む笑みを抑えることができず、最終的には声を上げ、椅子の上で背中を反らして笑っていた。
感情の起伏が緩やかな彼にしては、それは心底珍しい行動だった。
「あー・・・もう、 堪んない」
彼のスマホに映っているのは、自室でスマホをタップし続ける彼女の姿だ。
彼女が何を見ているのか、その動向すらも、別のアプリから確認している。彼女のスマホはきっちりハッキングされていて、すべての情報が六箱紫苑の手の中にあった。
「誰だったっけな・・・この女」
hinaという女から明け透けなメッセージが届いたのは、本当にただのまぐれだ。
なんせ彼は、佐々木夫人と彼女の関係がある程度まで希薄になったことを確認して満足していた。あとはさっさと佐々木夫人が帰ってくれるように、「奥さん寂しがってますよ?」といった内容のメッセージを、彼女の夫へ向けて送っている程度である。
DMで仕事の依頼が来ることはあるのだが、煩わしいのでそちらの対応はすべて兄に任せているのだ。その為、女性からDMが来ていた事すら知らない。
だが恐らくは、大学生の頃、女体を研究するついでに若さにかまけて快楽に溺れていた頃に出会った誰かしらだろう。正直そのころに出会った人たちに関して、六箱は名前どころか顔もほとんど覚えていない。なんせ純粋に、その体と顔のバランスを裸で見たかったという、それだけなのだ。ついでに気持ちよければ尚よしではあったが、あくまでそちらはついでである。
若干特殊ではある物の、恋情と言っても差し支えのなさそうな感情を抱いたのは、彼女が初めてなのだ。
「その目は初めて見た・・・」
うっとりと表情を蕩けさせ、スマホ越しに彼女を見る。
たかだか安いメッセージが飛んできたというそれだけで、こうまで心が揺れてしまう程、彼女が自分との繋がりを大切にしている事が素直に嬉しい。
きっと心が安定しているなら、素直に聞いてこられるだろうに、きっとこの前の事が心のどこかで尾を引いて、自分の判断に自信が持てないのだろう。
「かぁわい・・・うふふっ」
その感情が健全かどうか、それは六箱には全く関係のない事だった。
ただ彼女が、しっかりと自分に依存して、いなくなってしまうかもと言う過剰な不安に苛まれて心を乱されている様が、存外美しいものだから。
だからただ、それを愛でているだけなのだ。
「はーもー・・・どうしよ」
スマホを作業台の上に置き、美しい手で顔を覆う。それでも、チェシャ猫染みた三日月を模る唇の端が垣間見えてしまう。
彼女のこの嫉妬心の煽り方を考えてしまう。
いいやでも、でも、この箱庭の中、自分の管理下の元、彼女を幸せにしてやりたいというのも又、六箱の願いに相違ないのだ。その為に諸々気配りは怠っていないつもりである。
それをここで壊してしまうのか?
折角表向きは平穏に、その実罠ばかりのこの家で平和を享受できているというのに?
「・・・・・・・・」
顔を覆ったまま天井を仰ぎ、しばし黙考した六箱は、ふとその手を解くと同時に「決めた」と呟いた。
「ちょっとだけ。もうほんの少しだけ・・・・・」
少しだけだ、とそう決めた。
今彼が他の女にうつつを抜かしているなんて疑わなくていいように。
もし過去の女なんて気にしないというのならそれはそれで構わない。
それはつまり、彼女がそれだけ自身を信用しているという事なのだから。
でももし、今は他の女はいないとしても、過去の己の、世間一般的に見てあまり褒められた行為ではない諸々を知って、そうしてもう少しの間、その嫉妬する可愛い表情を見せてくれたら・・・。
「どっちかな・・・うふふっ、ふふふっ!」
彼はまた作業台の上のスマホを手に取り、画面越しに見る、彼女の嫉妬と焦燥感の混じった表情を舐める様に見つめた。そうして笑いを噛み殺すことができず、いっそ子供のように無邪気な笑顔で、いつまでもその画面越しの彼女を愛でていたのだった。