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博士号取得についての質問への回答
「わたしの博士課程」という企画に届いた「このままだと博士号取得が32歳になる見込みの者です。分野は物性物理学です。貯金はありません。絶望的でしょうか。」という質問に対しての回答です。
工学系VTuber の足立千鳥と申します。「わたしの博士課程」企画へのご質問ありがとうございました。
まず、あなたの状況が絶望的かどうかを判断することは私にはできません。
あなたのような状況から博士をとって研究者になった人もいれば、そうならなかった人も多いと思うからです。
しかし、あなた自身があなた自身の状況について「もしかしたら絶望的なんじゃないか」と思うほどの状態であるということは理解できるつもりです。
年齢という就職等では不利に働く要素、研究業績をあげなければならない焦り、経済面の深刻な不安、どれかひとつだけでも思い悩むには十分なのに、その複合的な状況にあればひどくしんどいだろうと思います。
そして私はそれらの問題について解決策を提示することもできません。学校によっては存在する学費免除、貸与型/給付型の各種奨学金、休学してお金を貯める、親族を頼る、とにかく頑張る、あなた自身が自分の人生について真剣に考えて探したであろう解決策以上の策を出せるとは思えません。よって本当に申し訳ないことにここからは質問への回答からずれてしまうかもしれません。的外れだったら申し訳ありません。
研究者のポストには限りがあることは純然たる事実です。アカデミックポストは言うまでもないですが、企業の職も限られており狭い道です(承知の事だとは思いますが公開の文なので説明をしています)。
これは野球をやる子供が少年野球から10年続けてもみんなが甲子園に行きプロ野球選手になれるわけではないことと近いと思っています。少年野球や野球用具にお金をかけられなかったり身体的に恵まれず断念する人もいれば、社会人野球を続けてトライアウトで採用されることを目指す人もいれば、その後もともとの希望ではない仕事につき生きていく人もいるはずです。
私たち科学を生業にしている者は、科学と教育に力、つまりはお金をかけて、ポストや支援策を増やすことが格差是正や経済的な国際競争力や人類の未来のために必要だと信じている人が多いと思いますし、私もその一人ですが、それだけにお金をかけられるわけではなく、また今以上にお金をかけてうまく使えるよう社会全体で十分な合意に至っているわけではないのが事実なのだと思います。
あなたがどのような志で博士号取得を目指していらっしゃるのかはわかりませんが、博士を取りたいとあなたが思っている以上、そうなって欲しいと願ってはいます。アカデミックポストを目指しているならそうなればいいなと思います。しかし、ストレートでDC1を取ってその後も予算を獲得し続けていても40歳過ぎるまで任期付きを転々としたり別の仕事に行ってしまったりする、逆に言えばあなたがどんなに順風満帆な状況にあったとしても、ポストを獲得できる安心はない世界です。なのであなたの状況によらず「別に大丈夫ですよ」という風には答えられないというのが私の感覚です。
アカデミックポストに限らず研究職を目指すのであれば、年齢や新卒至上主義の問題があることは確かなうえ同じく狭い道ではありますが、企業の研究者を目指す道もあると思います。
企業の研究職については修士卒や学部卒を採用して社内で育つのを待つところが多いように思います。博士卒を採る場合はポテンシャル採用するメリットがなく、既に相当な実績がない限り採用する理由がないからです。一方で相当な実績があれば、修士卒でポテンシャルをアピールして選考を進めるのに比べて実績ベースで語ることができるので、博士卒が戦いやすい場合もあるとは思います。
ひとつ言っておきたいのは、必ずしも初めから研究職採用を目指す必要はなく、さらに言うと業種を絞ってしまうこともないということです。開発や設計で入っても、きちんと業務をこなし技能を身に付けながら、数年ごとの異動希望調査でアピールし続ければ異動が通ることもあると思います。設計や開発でもあなたが培ってきた知識、論理的思考、調査、試行、等の能力は必要で役に立ちます。
その会社で働きながら研究職の求人を探し続けて転職してしまってもいいでしょう。研究職なら博士を取らせてくれることもあるでしょうし、アカデミックに戻りたければJREC-IN を定期的に眺めたり、技術士をとって高専の教員になったりそこから大学に戻ったりも可能性としてなくはないです。プロ野球に比べればよっぽど出入りがしやすい業界のはずです(私自身はもっとリカレント教育が進めばいいと思っています)。状況が肌に馴染んで研究業界に戻りたいと思わなくなる可能性の方をこそ恐れるべきかもしれません。
あなたは物性物理の研究で博士を取りたいと思うほどですから、当然その知識や経験を直接活かしたいと思っているかもしれませんが、自分の可能性を狭める必要はないと思います。アカデミックの研究職でも30年の間に少し離れた分野の研究や技術に手を出すことは十分ある、というかむしろ望ましいくらいです。あなたは科学に対して情熱を持っている人だと思います。どのような分野でもいざやってみれば興味を持って仕事ができるのではないかと思います。あなたがこれまでやってこなかった分野、聞いたことがない会社の採用を広くあさってもいいはずです。世の中には全然違う分野に飛び込んで人生を転がしている人がたくさんいます。今のあなたの周りには自分より若い学生がたくさんいるかもしれませんが、場所を変えればあなたのことを若手中の若手で期待の新人扱いしてくれるところもあります。自分にはこの道しかない、と思い詰めることはないはずです。
また生命科学VTuber の高遠頼さんがあなたの質問を受けて、七年かけて博士をとった経験を動画にしています。もしまだご覧になっていなければ是非見てみてください。
https://t.co/L9dsZnfn4y
そして、ここからは強い言葉になりますが、あなたが望む道を進み望む職に就けたにせよさほど望まない職に就いたにせよ、あなたには学んできたこと、身に付けた能力を活かして社会に還元する、義務のようなものがあると思います。社会なんぞクソくらえだ、という思いがあるかもしれませんし、私もそう思うことはありますが、大学で長く学んだ者にはその責任は少なからず生まれると思います。
解決策を示すこともできなかったうえ、長くなってしまい申し訳ありませんでした。
しかしあなたが良い人生をおくれることを願っています。無責任なことしか言えませんでしたがそれは本当です。
以上です。