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=原始人

わたしが幼い頃は、家がなくて路上で生活をする人に対して「ホームレス」という言葉はまだ使われておらず「こじき」と呼ばれていた。
小学1年生の時、自宅と小学校の中間の道端にその人はいた。その辺の畑でとってきたであろう藁の束で囲いを作って、その中で住んでいた。
どういうわけか当時のわたしは「こじき」=「原始人」と思い込んでいて、藁の家が現代と原始時代を繋ぐトンネルで、その人は2つの時代を自由に行き来できる特殊な存在だと信じていた。
給食の揚げパンが大嫌いだったので、揚げパンが給食に出た日は全部残して藁の家に持って行った。正確にいうと、藁の家に投げ入れていた。その家は当時のわたしの身長と同じぐらいの高さだったので中は見えなかったが、時々その人が顔だけ出すことがあった。髪の毛は伸びきってぼさぼさ、髭もぼーぼー。その「原始人」に揚げパンをあげたことが嬉しくて、次回の給食の揚げパンの日が待ち遠しかった。
そんなある日の学校の帰り、藁の家が取り壊されていた。そして、すぐ近くで警官とネクタイ姿の人に連行される「原始人」がいた。というか、この時初めて原始人ではなかったんだと気づいた。よろよろとした足取りで、怯えたように肩をすくめて引っ張られていくその人が可哀想で悲しかった。

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