【連載小説】ふたり。(10) - side L / M
前話
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7月20日 - 18:00 某・貸スタジオ
「そういやルナさんは、明日から夏休み?」
ツトムさんが、軽くスラップを弾きながら訊く。今日もあごひげが立派だ。
「そうっスね…」
「元気ないね〜、ルナっち」
チープさんが軽々と超絶技巧を弾いてみせる。また今日もその帽子っスか。高級品らしいけど、わたしにはユニクロの帽子との違いがわからないっす。
「例のボーカル候補〜、まだ来れない感じ?」
「そうなんス…」
「まあ、ツッキーも当分忙しいだろうからね〜」
「別によくない?来れないなら来れないで」
ウェーブヘアを後ろで束ねてポニテ姿になったマミさんが、タムのチューニングをしながら言う。
「な…なんでっスか。」
わたしは、愛用のジャズマスターのチューニングの手を止め、食らいついた。
「ウチもさ、ヒカルとは歳近いから、気持ちはわかるし。それに、誰がボーカルでもさ、ウチらは最高のバッキングをやるだけっしょ?ね、リーダー」
「う、うーん…」
Lunaticは、幼少期にロックに魅せられたわたしが、近郊に住む選りすぐりのメンバーを集めたバンドだ。
わたしは最年少ながらリーダー兼ギタリストとして、歌詞を書いたり、バンドの舵取りをやっている。まあ、メンバーには作曲とか、大人との交渉とか、いろいろ助けてもらってるんだけど。
すでに来なくなってしまった、元ボーカルのヒカルさんこと月元ひかるさんは大学4年生。普通に働かなきゃって焦ってる。なんで歌の道追求しないんだって言ったけど、「瑠奈もこの歳になればわかるよ」だって。
そう言うけど、わたしにだってヒカルさんが本音じゃないことくらいはわかる。
ドラムのマミさんこと山田茉美さんは、楽器屋でバイトしている。ベースのツトムさんこと穴吹力さん、それとキーボードのチープさんことチープ竹中さん(なぜか本名は教えてくれない)は、交代でわたしの歌詞に曲をつけてくれるんだけど、それぞれ本業があり、奥さんも子供もいる。
ヒカルさんがもう来れないのは仕方ないとしても、金曜の夜くらいしか集まって練習できない状況では、正直物足りない。
ライブは、2ヶ月に1回できるかできないかのペースだ。ヒカルさんが抜けて、インストバンドとして出たことも、持ち回りで楽器をやりながらボーカルをとったこともあるけど、演奏も客の反応も、イマイチしっくりこなかった。
ステージに立てば分かるが、オーディエンスが一番よく聴くのは、結局「歌」だ。マミさんの言う通り、わたしたちは歌を引き立てる最高の裏方を目指すべきかもしれない。
でも、的確な演奏ができるだけじゃ、カラオケを流すのと変わらない。わたし達はあくまでもライブバンドだ。
録音データを重ねて遠隔バンドやるのも、動画をネットに上げるのも、まあアリだと思う。でもわたし達は、そんなに離れて暮らしているわけじゃない。こうやって会えるんだ。
同じ時間と空間を共有して、リアルタイムで気持ちを通わせてこそのバンドだし、そこに混ざりたいというオーディエンスの熱気をもらって、演奏で魅了してこそのライブなんだ。
そういう意味では、やっぱりボーカリストと一緒に練習したい。
「ルナさん、いこっか?」
ツトムさんが、低音弦をグリッサンドで唸らせる。
「ボクちんもスタンバイOK〜」
「ウチも。とりあえずいつもの、軽くやっとこーよ」
チープさんもマミさんも、やる気十分みたいだ。
そう、わたしはもう独りじゃない。
少なくとも今ここには4人いる。
「よっし…。 じゃあ、『月夜』
アタマから、お願いします!」
マミさんのカウントから、いつものように、わたし達はひとつになる。
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7月20日 - 18:00 アダムス邸・ブレンダ自室
“...Hey, What's new, Brenda?”
“Nothing, But I got into summer vacation, now."
“Yeah, That's great news!"
“Not really, I’ve only 3 weeks left.”
“Wow, WTF!”
Skypeを久々に開き、旧友との他愛ない会話に花を咲かせる。カリフォルニア人の陽気さは、長く日本で暮らしていると余計に際立つようだ。
私が生まれたのはグアム島だが、育ったのはサンフランシスコ、その次がシンガポール、そしてこの日本。ここでは肌の色は基本的に皆同じ。そして憧れのオタク・カルチャーの聖地でもあった。もう移住して5年以上になる。
来日前のこと、オンライン・オフラインを問わず、世界中のエンジニアと仕事をしている両親から、いろいろ処世術を伝授された。傍若無人にも慇懃無礼にもならず、適度に礼節を保てるような、日本人好みの言い回しや立ち回りのABC。それらを初期値に据え、対人では個別に距離感をコントロールする。それがこの国で暮らすのに最適化されたコミュニケーションスキル、だそうだ。
異文化交流を重んじる両親の持論のもと、インターナショナル・スクールではなく、一般的な日本人が通う小・中学校に通った。はじめ、クラスメイト達は「外国人」である私を珍重したが、それも一過性のブームで、皆「思ったより当たり障りのない存在」として私を認知するようになった。
退屈なルーティンの中に、自分の存在が埋没していくのを感じていた。そのストレスを、非日常なオタク・カルチャーの世界で発散するようになった。
いろいろとやってみてたどり着いたのが、コスプレ姿でアニソンを歌うこと。好きなキャラクターになりきるための衣装を調達し、素顔がわからないようなメイクアップをし、撮影・編集・投稿すれば、たちまち正体不明の外国人動画投稿者の出来上がりだ。
気づけば国境を越えてジャパニメーション愛好家達との交流が生まれ、それなりに名前が一人歩きするようにもなった。Maddyというハンドルネームは、私のミドルネームの一部で、何の変哲もない女性名なのだが、日本では ”MAD”、アンダーグラウンドな創作を意味する言葉に引っ張られたイメージが定着してしまったようだ。
ハイスクールのミュージックコースに進むことを選んだのは、言ってしまえば退屈しのぎのためだった。
だが、この国ではクリエイティブな領域においても、一定の「同調ムード」に逆らうのはタブーらしかった。不本意ながら、下手に刺激を求めるより「いかにうまくやり過ごすか」と考えて行動した方が合理的と判断するしかなかった。
こうして、普段は平凡で礼儀正しい女子生徒である私ブレンダ・アダムスは、オンラインではMaddyというエンターテイナーに変身して普段の鬱憤を晴らすという、いわば一人二役の生活をするようになった。
夏休み期間はMaddyとしての活動を多少増やす予定だ。決して体力的にタフではない私にとっては多少オーバーワークになりそうだが、創造的で楽しく、なにより自分を解放するためのプライベートな儀式でもある。
だが、とあるクラスメイトが、そこに割って入ろうとしている。
彼女は直感が優れているらしく、どうやらYouTubeから顔が割れたようだ。基本的に自分からは宣伝などいていないのに、よくたどり着くものだ。
特に不特定多数に言い触らしてはいないようなので助かるが、私が自分自身を守るために構築した「壁」を強引にもぶち壊し、あまつさえ自分のバンドに引き入れようとしてくる彼女に対しては、そう、できるだけ刺激しないよう一定の間合いを取り、あたかも野生動物と意思疎通をはかるつもりで接する。今のところはそれが最適解だ。
ノマド・ワーカーの両親の扶養のもとで暮らす以上、永久にこの国に居られるわけではない。父が提示した期限は、あと8ヶ月あまり。
つまり、今在籍している学校では、3年生を迎えることはできない。
それが寂しいわけではない。やりたいことはどこにいたって大抵は叶えることができる。オンラインのネットワークさえあれば。
彼女、月島瑠奈のバンドにも、バーチャル・シンガーのような形で参加できるのであれば、別にやぶさかではない。もっとも、彼女はそんなことを許してはくれないだろうが。
私は「私自身がこの場にいなければ困る」という状況は、できるだけ作らないようにしておいた方が合理的だと思う。ただそれだけなのだ。
少なくとも、私には月島瑠奈の願いを叶えることは難しい。
深入りするのは、得策ではない。
Q.E.D.
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7月24日 - 10:20 恵比寿第一高校 多目的教室
やっとチャイムが鳴った。
吐き気を催す、数学からの釈放だ。
せっかくの夏休みに、夏期講習なんか受けるつもりはなかったのに。
前回のテストの出来の悪さを担任のオッシーに詰められ、親御さんにも伝えるからなと、逃げ道をふさがれてしまった。
ブレンダの奴は来ていない。
あいつ、成績は普通にいい方だし、必要ありません。とか、忙しいので。とか言ったんだろうなあ。くそっ。
各コースの2年生が、合同で受けている。
人数は40人くらいか。出来る奴も出来ない奴も一緒だ。とにかく、基本的に音楽とバンドのことしか頭にないわたしには、講習内容なんか右から左。チンプンカンプンだ。
さっきはなぜか黒板の前で数学の問題を解かされたが、途中から混乱して手が止まってしまい、「やっぱわかりません」とか言って、すごすごと引き下がるしかなかった。
突き刺さるような冷たい視線と沈黙の中で、冷や汗をかいた。
ライブなんかよりはるかに緊張する。わたし達のバンドに熱狂してくれるオーディエンスのありがたみを思い知った。
学者みたいな仕事をやってる父さんの気持ちなんて、わたしにはとうぶん分かりそうにないだろうな。
ああもう。
情けなくなってひとり机に突っ伏す。
「月島さん?」
珍しいことに、声をかけられた。
不良で通っているわたしに声かけるなんて、度胸あるな。えっと、誰だっけ?確か同じクラスの、美術の…
「3組の、大空です。」
そうそう、オオゾラさんだよね。って、ボケッとしてる間に、なんか気ィ遣わせてしまった。
いや別に、忘れてなんか…いたな。
だめだ、勉強不足がたたって、考える系の教科も苦手なら、暗記系の教科も、人の名前覚えるのもダメ。
こんなんじゃ、そのうちバンドどころじゃなくなるんじゃ…。考えたくもない。
「さっきの問題、あれ難しいよね」
「!、だよな!あれ無茶振りだよなあ」
「わたし、今友達から数学教えてもらっててさ…いつか一緒に勉強会しない?」
ええ…?
何このいい人?
目ぇキラキラさせちゃって、純粋かよ。
「あー、りがと。そりゃ、助かる。」
「いやぁ、ある意味、その友達のためでもあるっていうか…」
「え? ああ、そう、なんだ」
友達のためか…
わたしとブレンダは、友達かな。
まあ、音楽の話は、同世代にしちゃ合うほうだし、友達では、あるかな。
でも、本当はすごくいい歌声出せんのに、ひとりで厚化粧して、ネットだけでやってるのは、どうしても勿体ないと思っちゃうんだよな。うちのバンドで思う存分歌ってくれたら、どんなにいいかって思うけど…
「せっかく、同じクラスなんだし、音楽専攻の人と一緒に、カラオケなんかも行ってみたいなー、なんてね…」
一緒にカラオケ?
なるほどね。
その手があったか。
「そりゃーいいな。」
言いながら自分の顔がニンマリとなっているのが分かる。
「ほんと?わたしの友達と、3人でもいいかな?」
「もちろん。その代わり…」
「そのかわり?」
「こっちにも、ひとり誘いたいやつがいるんだ」
ブレンダには、出し惜しみなんてさせない。
本気で歌ってもらう。
その証人は、ひとりより、ふたりいた方が都合がいい。
(つづく)
次話
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設定画
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関連作品
↑月島瑠奈の過去を垣間見ることができます。
↑服部ユタカさんによる、瑠奈とブレンダの友情物語です。
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第10話あとがき
☆4つの色が混ざり合うー!
と、ジャ●プっぽいアオリがついたところで、状況を整理します。
J(純)
最近少し調子が良さそうだが、まだ引きこもりがちである薫子を、リハビリとして外に連れ出したい。
K(薫子)
ネットシンガー “Maddy”のファンで、よく動画を見ている。その正体が同じクラスのブレンダだとは知らない。
L(瑠奈)
ブレンダとMaddyが同一人物だと知っている数少ない存在。純と薫子を含めた4人でカラオケに行って、ブレンダに歌わせ、みんなでヨイショしながらバンドに引き入れる流れを作りたい。
M(ブレンダ=ネットシンガー”Maddy”)
学校では自分がネットシンガーということは伏せている。両親の仕事の関係で、瑠奈とは来年の3月で一緒に居られなくなるので、深入りしない関係で居たいと思っている。
☆一体どうなってしまうのか!?
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冒頭に登場したバンド「Lunatic」のメンバーのネーミングは、読者の皆様からの募集で決まりました。ありがとうございました。
#13girls および #13girls2 は、皆様と一緒に作っていく参加型企画です。
落ち着いたら、Lunatic名義の音楽を作ってみたいです。作中のバンドを現実化するとか素敵やん。