【連載小説】ふたり。(5) - side N
前話
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5月30日 20:13 - 某宅・某室
アングルよし、ピントよし…と。
あー、あー。
聞こえるかーい?
やあどうも。はじめまして。
じゃあまず、アタシの自己紹介からしようか。
恵比寿一高2年3組・芸術コース、野木睦美。写真部やってるよ。部にはアタシ入れて6人しかいなかったんだけど、この度新入部員が2人入ってくれて8人になったんだ。嬉しいね。
その新入部員ってのが、まず…
「おねえ、なに一人でブツブツ言ってんの…?」
「ん?ああ、別に。動画配信の練習だよ」
「YouTuberにでもなんの?程々にしてよね」
「りょーかいりょーかい」
一コ下の妹の、なな。同じ学校の1年1組、普通コースの堅実派。写真部の新入部員のひとりでもある。隣の部屋で勉強中かな?張り切っちゃって可愛いね。気楽にいかなきゃ続かないぜ。
ちなみに、動画配信ってのはウソね。
本当は、キミ。
そう、これを読んでるキミに話しかけてるんだ。
まあ、そんなに驚かないでよ。
「あのふたり」のことが気になるんだったら、アタシが教えたげるからさ。
ちょっとその前に、アタシの自己紹介の続きをさせてね。
そもそも、我が家は創業80年目を迎える写真館なのさ。安心と信頼の野木写真館って言ったらうちのこと。ローカル局でCMも流してるけど、見たことない?まあ知らないか。
うちの高校にも近い立地だもんでさ、生徒の受験や卒業に合わせて写真撮ったり、卒アル作ったりしてるね。あとは成人式のシーズンとかも忙しくなったり。
アタシは小さい頃から写真屋の娘として仕事手伝ってるもんだから、常日頃から色んな人のことを見てるわけさ。撮影のときになんて言えば笑うのか、とかね。そのうち、人の顔見ればだいたいどんな人か見当つくようになってきたんだ。勘が鋭くなったっていうかな。
まあ、写真屋みんながみんなそうってわけじゃないとは思うけどね。うちの妹も写真部入って張り切ってるんだけど、そういう勘があるわけじゃないし。
んで、妹ともう一人の新入部員ってのが、アタシのクラスメイトの、大空純さん。
あっ、その名前が聞きたかったって顔したね。
分かりやすいなーキミ。言われたことない?
ああ、ごめんごめん、いつもは気づいたこと全部言わないように気をつけてるんだけどさ。すぐ余計なことまで喋っちゃうんだよアタシ。
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…んで、先月から写真部の部員集めようとして、いろんな人に声かけてたのさ。大空さんにもね。そしたら、しばらく迷ってたみたいだけど、最近になって、カメラの扱い方とか一通り教わってから入部してくれたのさ。まだまだおっかなびっくりだけど、でもなかなか頼もしいもんだよ。
大空さんが教わった相手ってのが、これまたうちのクラスの不登校生、澤井薫子さん。
まあ、アタシが大空さんと澤井さんを引き合わせたようなもんだし、そうじゃないかなと思ってたけど、本人に来たら案の定さ。
澤井さんとは一瞬だけ写真部で一緒だったんだけどね。イヤ〜な先輩からひどい目にあわされててさ。2個上の男子で、権田原坂(ごんだわらざか)先輩。すんげー苗字だから忘れようがないよね。
あの人、アタシには特に絡んでこなかったけど、澤井さんを狙ってネチネチ言ってたのさ。澤井さん、写真の賞とったことあるらしいから、嫉妬したのと、カワイイ子だからたぶん惚れてたのと、愛憎入り混じってたねあの顔は。仮にあの人がイケメンだったとしても、アレはナシだわ。無事卒業してくれて清々したもん。
もちろんアタシも、気にしない方がいいよとは言ってたんだけど、結局、澤井さんは病気になっちゃって、LINEも音沙汰なし。そのうちアタシも家の手伝いが増えて、連絡も途絶えてた。
そんな時に大空さんが現れたってわけ。そりゃもう彗星のようにさ。
澤井さんの連絡先聞いてきたときもビックリしたけど、そのまま直接会いに行ったって聞いたときはもっとビックリだったよ。まさか大空さんがこんなに行動力っていうか、ガッツある子だったとはね。普段目立たないようにしてる割には、何かしら「持ってる」子だとは思ってたけどさ、尊敬だね。
まあ、ほんとはアタシとしても嬉しかったんだな。
入部してくれたこともだし、澤井さんが大空さんと仲良くなったみたいで。アタシができなかったことを、大空さんが代わりにやってくれてるんだって思うよ。
それに澤井さん、男嫌いだし。
権田原坂さんはとーぜんだけど、他の男子にも、微妙に素っ気ないっていうか、避けてるわけでもなく、あんま異性を感じてない風だったんだよね。逆に、女子相手の方が少し照れくさそうにしてた。
だから多分、大空さんみたいな女の子、好きなんだと思うよ。
うん。青春だよねえ。
アタシ?アタシは写真が恋人だから、って何言わせんの!ほっときなよキミ!
「おねえ、うるさいー」
「あー、ごめん、なんか変なコメント来てさー」
「もー、ご近所迷惑なんだからね」
なんだからねってなんだ。可愛いぞわが妹よ。
そういや、ななが写真部に入ったのって、うちの店を継ぎたいとかじゃなくて、中学の時に澤井さんの写真見て感動したからなんだってさ。澤井さんの受賞作品はアタシも見たけど、山の中の風景で、光の入れ方もフレアも上手いしさ、もうなんか神々しかったね。
アタシ?アタシも店は継がないよ。将来就職に失敗したらここで働かせてもらいたいとは思うけど。店継ぐのは兄貴ね。今は地方の大学で写真やってんだってさ。
んで、今の店主は親父の一二三(ひふみ)。店の三代目として生まれたからこの名前なんだとさ。
んで、母さんは四葉(よつば)、兄貴は吾郎、アタシが睦美で、妹がなな。
ちなみに、2代目のじいちゃんは礼一、初代のひいじいちゃんは、全部の「全」って書いて、あきら。
やっぱ、これ絶対狙ってるよ。
あーやば、個人情報流しちゃったよ。「野木写真館の一族は名前が数字だ」つってね。まあ、商売だから名前覚えてもらうのはいいことなんだけどさ。
キミ、SNSやってる?拡散していいよ、減るもんじゃないし。一応、妹の名前だけは伏せといてもらえればいいんで。
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ありゃ、もうこんな時間か。お風呂入んなきゃだ。
それじゃキミ、名残惜しいけどこの辺で。
ばいばーい。
(つづく)
次話
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第5話あとがき
今回は純と薫子を直接登場させることなく、2人と接点のある「野木さん」こと、野木睦美(のぎ むつみ)氏にほぼぶっ通しでしゃべくってもらいました。(なんていうんでしょうねこういう喋り方。単なる男勝りとも違うし、マイルド姐御口調でしょうか)
野木写真館の長女である彼女は、2人と同様に写真部に所属し、クラスメイトでもある純と薫子の関係にも直感的に気づいています。
いわゆる「第四の壁」を破り、なぜかスマホ越しに読者に語りかけるという、メタい役回りをしてもらいました。(デッドプールみたい)
彼女は純と薫子が出会うきっかけを作ったキーパーソンであり、企画第2弾のメインキャラの一人「野木なな」の姉でもあります。なぜ今回のような話を番外編ではなく第5話とナンバリングしたかについては、2つの理由があります。
1つめの理由は、「ふたり」という小説は純と薫子の物語が主軸ではありますが、彼女たちに関わる多様な人びとを描くことで、世界観を立体的にしていくことを狙ったため。
2つめの理由は、これから純と薫子の距離が縮まっていくにつれ、心理描写が濃密になり過ぎてしまうだろうと思い、客観的な語り部を作っておくことでバランスをとっておきたかったのです。にしても今回のような離れ業はちょっと反則だったかもしれませんが。
次話では、さらに別の人物に登場してもらっています。どうぞお楽しみください。
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