ラグビー日本代表はこれからの日本企業のロールモデルだ

以下は2019年に書いた記事です。

「なにこれ、ガイジンばっかじゃん」

ラグビー日本代表を見て、そう言う人がいる。

そもそも、『日本人』『ガイジン』の定義ってなんでしょう?

人種?名前?言語?

確かにリーチ マイケルはカタカナだし浅黒い肌をしてるけど、日本国籍を保有しているし、 15歳以来(いま30歳なのでちょうど人生の半分)日本で暮らしている。最近はインタビューも日本語で受け答えをしている。

松島幸太朗は南アフリカ生まれで一見黒人だが、中学生以来日本育ちで、日本国籍だし日本語もネイティブ。

かたや、(決して批判するわけではないけど)錦織圭は高校生以来米国に居住しているし、大坂なおみは日米二重国籍かつ米国在住(日本語も非ネイティブ)。猫ひろしに至っては(笑)カンボジア国籍。

それでも後者の彼らを日本人、リーチ マイケルや松島幸太朗・トンプソン ルークらをガイジンと呼ぶ人って結構いるのではないだろうか?

多くの日本人は同じ人種、同じ日本的な名前、同じ日本語ネイティブに囲まれて育ってきたから「反射的に違和感を感じる」というところまではわかる。

でも、それをそのまま理性レベルで捉えて『日本人』かどうかで愛着度合いが変化するとしたら、本能に操られたお猿さん。ブルーハーツの青空からやり直したほうがいい。

「生まれたところや皮膚や目の色で、いったいこの僕の何がわかると言うのだろう」The Blue Hearts

『日本人』だけのチーム作りは世界の非常識

詳細は他に譲るが、人種・名前・言語が同じ人々だけで構成されているラグビーの代表チームは世界にほぼない。そもそもグローバル化が進む世界では移民も混血も多言語もごく当たり前になりつつあるので、何も不自然なことではないのです。

当然 人種が違えば身体的特徴(大きくパワーがある、身長が高い、バネがある、小さくすばしっこい etc.)が違ってくるので、それを加味して代表選手を選ぶのは当たり前のこと。

ましてやラグビーは、ポジションごとに適した身体的特徴が大きく異なる非常におもしろい設計のスポーツなので、他のスポーツと比べても特に多様化が進みやすいという背景もあると思います。

Japan way

この言葉をスローガンに掲げた2015年のW杯時、代表選手31人中海外出身選手はすでに10人。ヘッドコーチ(エディ・ジョーンズ)他スタッフも数名が外国人。

多様なメンバーの集まるチームだからこそ 共有すべきアイデンティティを言葉に出し、それを理解するために(君が代を練習し、歌詞に出てくるさざれ石を訪問するなど)日本文化を学んだという。

その結果、海外出身選手を含めて全員が、反則を犯さず規律を守りながら低く速いタックルや献身的で粘り強いプレーを続け、『日本人』中心の今までの代表チームよりよっぽど「日本らしい」プレースタイルができあがった。
(なお、身体が大きければパワー重視の高いタックルもできるし、省エネで要所要所にパワーアタックをすることもできる。また、ラグビーでは試合中に熱くなった選手同士で小競り合いが起きることも多いが、僕は日本代表の海外出身選手が相手と小競り合いを起こした場面をほとんど見たことがない。)

その成果は皆さんご存知の通り。

企業はどうか

ここまでの話はそのまま企業にも当てはまると僕は思っている。

「日本語ができないとダメ」「文化が壊れる」「徐々に変わっていけば良い」と言いながらリスクをとって変化することを恐れ、日本人どうしの阿吽の呼吸に任せて文化作りを疎かにしてはいないだろうか。

その間に、グローバル企業は多様な人材を適所に配置して進化していく。

『日本人』の高齢化・人口減少・相対的競争力低下を前に、日本企業はラグビー日本代表をロールモデルに『日本人企業』から脱皮し、これからの『日本企業』をつくっていくべきではないだろうか。

最後に、
ラグビー日本代表は そうしないと勝てないから「仕方なくガイジンを起用している」のではない。
もはや『日本人』にこだわることにはなんの意味もない、ということを日本社会が学ぶべきだと思っています。

スッキリしたところで、今週金曜日から我が日本代表を精一杯応援しましょう!!

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