アマゾンが届く。

我が家の世界のアマゾンは荒井さんのおかげで成り立っている。

たとえ、GAFAの一角を担う世界の大企業であろうとも、我が家の世界ではジェフ・ベゾスよりも重要な人物なのである。

丸メガネをかけた50歳前後と思われる痩せ型の荒井さんは、いつも甘い声でインターホン越しに挨拶をしては、いやな顔どころか細い垂れ目をさらにとろけさせながら荷物を届けてくれる。

ただ、そのやさしい雰囲気とは裏腹に、我が家のまえの路地をバックで入ってくるときの眼光はするどい。配達車のワンボックスカーのアクセルをおもいきり踏みこむ荒々しき迫力と確かな運転技術。それはかつて真っ赤なスポーツカーで真夜中の峠をぶいぶいと走らせていたにちがいない荒井さんの若かりし姿までをも勝手に運んできてくれる。

きょうも我が家にはアマゾンが届く。

わたしはまたしても衝動買いしてしまった書籍の箱を手にしたまま、ワンボックスカーに乗りこむ見知らぬ配達員の若い背中を窓から眺める。我が家の世界のアマゾンは荒井さんがいなくても成り立ってしまう。そのあたりまえの事実に立ちつくしながら。

それ以来、荒井さんは姿を消した。

衝動買いばかりする冴えない客のために荷物を運ぶのはもうやめにして、どこか遠くの見知らぬ街へとアクセルをおもいきり踏みこんでしまったのだろうか。「それはそれで荒井さんらしいな」とつい笑ってしまう。

我が家の世界のアマゾンでの要職を蹴り、真夜中の峠をぶいぶいと走りさるかつて真っ赤だったスポーツカー。きっと、すこし色あせた車内には、甘くてとろけるような荒井さんの新しくて輝かしい人生がたくさん詰まっている。詰まっていてほしい。そんなことを考えているうちに、きょうもまたアマゾンが届く。

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