父の頭髪
会社からの帰り道。電車から降りて階段に向かうホームで、目の前に父の後ろ姿があってびっくり。
と思ったら、他人だった。
他人とはいえ、後ろ頭のくせっ毛の感じや、失礼ながら薄くなり方もよく似ていた。先を歩いて行ってしまったので顔はわからなかったが、似ている人はいるものだ。
髪と言えば、父は薄くなってきたことをひどく気にしているが(だいぶ前から薄くなってはいた)、まあまあ残ってる方だし、娘の私からすると、この人も髪をそんなに気にするんだなぁ、と不思議である。
なにしろ父はファッションやオシャレなんてどこ吹く風の人で、ボロボロの服や作業着こそが男の勲章!と言うタイプ。今でも下着は穴だらけのものを平気で着ていて、絶対に捨てない。
昔、両親が付き合っていた頃、母の勤め先であった銀座のビルに、ひどい格好で迎えに来るものだから、母の同僚達には「怪獣くん」とあだ名されていたらしい。子どもみたいに誰にでも気軽に話しかけるものだから、名物になり、女性陣には割と人気者だったそうだ。
なので自分はそれなりだと言う自負があるらしく、今でもテレビに出てきた人に
「こいつはモテないな。やっぱり俺みたいじゃないとね」
なんて言うもんだから、思わず母と顔を見合わせてしまう。
私の姉が結婚する時、ご主人はまあいわゆるイケメンというタイプではなくて、父は初めて会った後で姉に
「おい、お前、あの顔でいいのか?」
なんてめちゃくちゃ失礼なことを言い、すかさずその場にいた弟に
「あなたに言われたくないでしょ!」
とツッコミをくらっていた。
そう言えば、父の頭髪について、本人よりも先に気にしていたのは弟だったっけ。母に真面目な顔して
「オヤジ、やばくね?俺も、ハゲるのかな??マジやなんだけどー!!」
と相談していて、おかしかった。やはり男にとって髪は重大事なんだな。
駅で私が見間違えた人は、よく見たら今の父よりだいぶ若く、健康的な体つきだった。
私の中の父の姿は、どうやら実際よりも若くて元気なままみたいだ。