私の場合 聴覚情報処理障害(APD)について
聴覚情報処理障害とは
聴力は充分にあって可聴音は聞こえているものの、脳に機能障害が存在するために、特定の条件での聞こえにくさを呈したり、聞こえた音の解釈に問題が生じる状態。「Central Auditory Processing Disorder」と同義。
(Wikipediaより引用)
※参考論文などを選考・選択できないため
APD当事者は、APD当事者ということに気付きにくいようです。
その聞こえないことが自分自身の「普通」だから。
かくいう私も病名は知らなくとも「普通」と思っていたことが、
(“「普通」に皆努力している”と思っていた)
実は皆が同じように努力しているわけではないことに気付いたのは20歳を超えてからでした。
ただ、私は医療機関で診断されたわけではありません。
そして、今現在確たる治療法もないようです。
気付いたきっかけ
それは友人との会話がきっかけでした。
友人数名と居酒屋へ行った時。
ガヤガヤした中で、前のめりになっても友人の声が聞き取れません。
その居酒屋でのことを、その時一緒にいた友人と話していたときに、
何気なく発した
「話してる声聞こえないよね〜」
という私の言葉に、
友人からの返事は私の想像もしない言葉でした。
「え?聞こえるよ」
皆、聞こえない状況の中 努力して 耳をそば立てて聴いているんじゃないの?
努力しているんじゃないの?
努力しないで会話が成立してるの?
嘘でしょ?
私は努力しても聞き取れないのに?
努力せずに聞こえるのは
周りの騒音や食器がぶつかるガチャガチャした音
この会話がきっかけで
他の人達は特段の努力を要することなく
会話を楽しんでいることを初めて知りました。
後にそれをカクテルパーティー効果というものだと知ることになります。
それ以来、会社の飲み会の時も、
相手はこちらを向いて話しているし口が動いている=私に話しているという認識はできても、
声は全く聞こえません。
聞こえるのは、周りのガヤガヤや食器がぶつかる音だけ。
その頃には、
「いつものこと。私には聞こえない。私には聞き取ることができない。」
これに終始しておりました。
始めは、なんとか聞こうと聞き返したりしておりましたが、
何度も聞き返しているうちに、
これ以上は流石に聞き返せないというレベルにまで達しました。
結果、
聞こえてるフリをして、
ニコニコしていました。
でも、その対応も相手の反応を見て違ったんだなと思うようになります。
私には聞こうとする努力が足りないんだと思ったりもしました。
でも、どうしたって聞こえないのです。
最大限努力はしていたつもりです。
それでも、聞き取ることができるようにはなりませんでした。
カクテルパーティー効果って、本当はないんじゃない?とも思いました。
カクテルパーティー効果
カクテルパーティー効果(カクテルパーティーこうか、英: cocktail-party effect[1])とは、音声の選択的聴取 (selective listening to speech)[2]のことで、選択的注意 (selective attention) の代表例である。1953年に心理学者のコリン・チェリー (Cherry) によって提唱された。カクテルパーティー現象ともいう。
私自身、カクテルパーティー効果を体感したことがないので、
いまだに信じがたいというか、
どんなものなのかが実感として理解できておりません。
できないこと
私自身、聞こえないことが「普通」「通常運行」なので、
できないことを自覚できていないことに気付けていないことが沢山ある可能性があります。
そんな状況を理解しながら、
自身で自覚できていることを挙げようと思います。
・ガヤガヤしている場所(飲食店など)で、相手の声は周囲の雑音にかき消され聞こえない
・車内での会話は困難(相当な集中力を要します。音として聞こえても、言葉としては聞こえないため聞き返すことが多い。聞こえていないため無視してる可能性もある。)
・人の声を聞くことにかなりの集中力が必要なため、非常に疲れやすく長時間になると記憶されない。
・テレビを見るのも疲れる
・人が話しているとテレビの声がかき消されてしまい聞こえない
・聞き間違えが多い
・集中力が切れることで、話に興味がないと思われる(これはまた別の要因がある可能性がある)
・ライブ中に一緒に来たであろう人が会話している場面を目の当たりにしても、自分ではどう足掻こうともできないことの為、とても理解できない(笑)
・ラジオでバックに音楽(特に歌声が入っている)が流れていると、話している内容が入ってこない為、数分のコメントを聴くにも時間を要し、非常に疲れてしまう。(これは個人的に、非常に悩ましい)
物凄いわがままを言えば、歌が入っていない音源を流してもらうか、音量を下げてほしい…
・ドラマなどは作品によっては、声が聞き取れない。
かといって、音量を大きくすると聴覚過敏も持っているため、不快と感じてしまう音が突き刺さるため悩ましい。体調を崩してしまうので字幕表示にしたらしたで、字幕を読むことで脳がキャパオーバーになってしまう。
・疲れてくると、人が話していることはわかるけれど、内容が全くわからなくなります。(対人、対テレビ等)
・美容室などでドライヤー中に話しかけられても聞き取れず申し訳なくなる
・質問をしたり会話した後や話を聞いた後に、相手が何と言っていたかを思い出すことができない
・ゲームセンターの「太鼓の達人」は機械から流れる音楽を聞き取れたことがない
あとがき
自分では当たり前になってしまっているため「不便」なこととして挙げられていないことがまだまだありそうですが、
とりあえず思い浮かんだことです。
そして、これらはAPDとは関係ないのではないかと思うことは除いたつもりです。
「これもあった」と後から思うことも出てくるかもしれませんが、パッと思いついたことを挙げました。
「もしかしたら私もそうかもしれない」と気付く方がいたら、
それは小さな一歩かもしれませんが、
大きな一歩でもあると思います。
わからないと不安なことってあると思っていて、
自分だけではないとか、自分の怠慢ではないところの問題なのではと知れたら、
救われることってあると思うんです。
現に私自身がそうでした。
知らなかった時と、知ってからはやはり違うので。
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