最高の贈り物
怒涛の日々。
寝る前にnoteを開いて少しずつ文を書き足す。たった10文字程度で寝落ちしてしまう日が続いて全然進まない。書きたいことは山ほどあるというのに。
夏休みに入りまして、なんだか今年は長女りん(小5)も次女すう(小2)もすごいやる気で参った。全部の宿題をちゃんとやる!なんて言い出し、張り切っちゃってるもんだから、やれやれ。ワークは初日に完遂。
最近の小学生の夏休みの宿題は企業との癒着が強い。作品の応募先よ…。
宿題代行サービスが常識になり、読書感想文はAI任せとか。学校から配布される感想文書き方手引きとかいう代物は、穴埋め式になっていて、見事に文章が完成する指南書。教室の壁に貼られた読者感想文の統一感よ…。
宿題、媚びずにやれ!
(※本人の意思で楽しみながら取り組みましょう。)
さて本題に。
Eddyから手紙が届いた。(LINEでやり取りしてる中。)
大きく異なる文化
Eddyが感動してたことを一つ一つ思い返してみると「ニホンウツクシイ。」と何度もことばにしていた。それは空港や駅、観光地に限らず、そこらへんの道でさえ美しいそうだ。ゴミが落ちてないんだと。当たり前に暮らしてると、その美しさを意識することなんて無いけど、そう言われると、ゴミの落ちていない道が毎日目の前にあるってことは、日本人一人一人がこの美しさを守ってるということ。ゴミをゴミ箱に入れる、ポイ捨てしない、そもそもゴミが出ないような工夫があちこちで行われてる。どこのスーパーへ行ってもリサイクル回収ボックスが店の出入口脇に設置されていて、定期的に袋が交換されるからそれらが溢れるなんてことも滅多に無くて。それが仕事だからとか罰金があるからって理由じゃなくて、やっぱり日本人の心は美しい。
そして、ありとあらゆるもの万物への感謝と敬意。食事の挨拶「いただきます。」や「ごちそうさまでした。」に限らず、墓参りや仏壇のお参りのような不確かなものに対する感覚。
Eddyが滞在している間は、ちょっと過剰に意識してたから、Eddyがそれらを真似して小さなことにも一つ一つ「アリガトゴザイマス。」と手を合わせ感謝する様子にはこちらが照れくさくなるほど。
日本語の「いただきます。」と「ごちそうさまでした。」に代わる他国の言語は無いようで日本特有の挨拶ってことを知った時、母語に愛を感じた瞬間でもある。
Eddyが広島の原爆ドームへ訪れた際、感情が保てずに涙を流したと帰宅後私に話してくれた時のこと。
E「ワタシ、ヒロシマでナキマシタ。ミンナトテモハヤイ。ツギ、ツギ。」
私「うんうん。Eddyは戦争を知ってる。でも皆は分からない。だから、しかたないよね。」
Eddyはハイスクールのメンバー10人で来日し、先生と共に日本各地を旅行。たった10人でも白人、黒人、ヨーロピアン、アジアン、とあらゆる人種の子達が揃っていた。異なるルーツは歴史の違いを意味する。Eddyはスロベニア生まれの祖父母の影響が強く、その傷が癒えないまま今を生きてるから、ヒロシマの痛みを受けて帰ってきた。抱きしめてやりたかったけど、躊躇したのは、私も戦争の痛みが分からないから。
我が子の末娘(2歳)は今のところまだ戦の無い世界に生きていて、そこはきっと天に近い。
日本人の奥深い感性や調和を最高の贈り物としてEddyが受け取ってくれていたなら、こんな誇らしいことはない。