はじまりの雨
三が日が明けた一月四日、大阪の外は雨だった。予報によると一日中降り続くらしい。これほど気が重い仕事始めは遡ってみても記憶にない。
去年の一月四日はよく晴れていた。
「休めばいいじゃん。今日なんてヒマなんでしょ」
彼女の言葉に納得したボクは仕事を休んで2人で初詣に行った。その冬は特別寒くて、不器用だった彼女が必死に編んだという目の揃っていないマフラーをぐるぐる巻きにして、身を寄せ合うようにして参道を歩いたのをよく覚えている。あっさりとお参りを済ませるボクと違って、ギュッと目を閉じてブツブツと長くお参りをする彼女の真剣な横顔もよく覚えている。
お参りの言葉が神様に届いたのか、その年の四月、彼女は念願だった転職を果たした。
「離れるのが寂しいと言えばそうだけど、わたし、今、この機会を逃すと一生後悔すると思うんだよね。」
とだけ言い残し、彼女は東京に移り住んだ。向こうでの新生活は刺激に満ちていたらしく、“充実”という言葉が持つ意味を全身で感じていた彼女は、だんだんとボクに連絡を寄越さなくなった。自然の成り行きだった。
その夏、焦りを感じたボクは彼女に会いに東京に行き、どこかぎこちのないデートをした。慣れない東京で背伸びをするボクに、少し垢抜けた彼女は
「あなたといると自分が立ち止まってしまう。そんな自分が嫌になる」
と言った。それを聞いて口喧嘩すら出来なかったボクはツインでとったホテルに独りで泊まり、翌朝、独りで大阪に帰った。それが去年の夏のことだ。
まだ雨のやまない一月四日。うまくいくと今日、春の異動の打診があるかも知れない。東京本社への異動願をボクが出した時、周囲は驚いていた。仕事の量とスピード感が大阪と本社では全然違う。「使いものにならへんやろし、もっとマシな人間出すのがスジってもんやで」というのが専らの評価であってボクとしても異論は1ミリもない。でも立ち止まれない。決めたことだ。とはいえ正直気が重い。
三が日が明けた一月四日、大阪の外は雨だった。一月四日に雨が降ると、私は若かったあの朝をどうしても思い出してしまう。あの雨が始まりだった。始まりの雨だった。
「休めばいいじゃん。今日なんてヒマなんでしょ。」
いつだかと同じ彼女の言葉に、そうだね、そうしよっか。冬休みの間、子供たちも出掛けてなかったもんね。4人で初詣に行こう。と、私は風邪気味を装って上司に電話をかけ、部下にメールを入れた。
予報によると、雨はもうすぐ上がるらしい。
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大人気Podcast番組『スカシウマradio』への初お便りです。
“三が日が明けた一月四日、大阪の外は雨だった”
でお便り書いてみませんか?に乗っかってみました。
書き出しの一文のなかに、“仕事始め”、“冬なのに雨”、“大阪”が詰め込まれていて物語の展開が無限に広がりそう。この一文がサラッとやまちさんの言葉のセンスに脱帽です。
パーソナリティのやまちさんは大変な読書家だそうで、番組で思いっきり深掘りしていただいて感動してしまいました。相方のばやしさんは言葉の端々から優しいお人柄が滲み出てて、バリバリの理系だそうですが、とても控えめ。愛されキャラが炸裂しています。
お二人の底なしのトークセンスが未だ小出しにされ続けてる、モンスター番組ですね。