漫画感想【モノノケソウルフード】観客数0で奏でる自慰行為
『モノノケソウルフード』
神崎タタミ著
私がこの作品に出会ったのは、物語が完結して数年経ってからだった。それも、作品ではなく作者を先に知った口だ。
作者が私の好きなコンテンツの二次創作漫画や二次創作イラストなどを描いており、私はそれらの心情描写や演出に惹かれた。
その後、作者が連載経験のある漫画家だと知り、「この人が商業作品として描いた物語は一体どんなものだろう?」という興味が湧いて購入し、読み始めたのだ。
あらすじ
上記ページの作品紹介欄に書いてある通り、これはグルメ漫画でありバンド漫画でもある。
人付き合いが超ニガテな主人公、夜森(ヤモリ)がモノノケムジカというイマイチ跳ねていないバンドに所属し、男たちと曲を奏でて飯を食う。
そういった漫画だ。大阪が舞台で、実在する店や料理が多数登場する。
食と音楽という、漫画では伝えづらそうな二要素をメインに据えた作品だったが、食べている/演奏している側のエネルギーが伝わってくるようで、どちらも楽しめた。
あっという間に全巻平らげて、気付いたら作者の次作に手を伸ばし、そちらも読み終えると本作の2周目を読み始めていたほどだ。数回読み返してしまったが、未だに新しい味がする。
率直な感想
作品ではなく作者に興味を持って読み始めたが、掛け値なしに購入して良かったと思える面白さだった。
私が好きなコンテンツにおける同作者の二次創作等と比べるとかなりハイテンションな部分のある作品だったが、演出や小道具の使い方など、私が知らなかった味わいを見せられ、唸らされた。
作者の次作である「デバヤシ・フロム・ユニバース」も面白かったので、いずれ感想を書きたい。
好きなエピソード
個人的に好きなのは、モノノケムジカのボーカルとギター担当である久地楽(クジラ)を中心にしたエピソードである。
画像およびポスト内容は作者Xより引用
左下の金髪が久地楽である。
久地楽(クジラ)とは
久地楽はバンドのフロントマン(中心的な役割を担う人物。
ボーカルやギター担当を指すことが多いらしい)だがマイペースな楽天家で、曲を作った日の自分の寝言を元に曲名を決めるなどの奇行も目立つ。
作中では「未知やすえ10連ガチャ」「水道代二億」といった、曲の内容に一切関係ないと思われる意味不明な曲名を紹介し、夜森をドン引きさせていた。
なんのために歌っているのか聞かれた際に「快楽」と即答できるような彼は、「サイコ野郎」「快楽のバケモン」「わざわざショバ代(ライブハウスの料金)払ってオナニー(バンド活動)している」などの散々な評価を作中で受けている。
音楽業界の人間から「お前の"渇き"が見たい。飢餓感がないやつの歌は面白くない」などと厳しいことを言われた時ですらノーダメージの久地楽だが、夜森はそんな彼と話していくうちに、その中にある"渇き"に気付いていく。
全てを呑みこむ鯨のように
圧巻なのはライブシーン。
久地楽の"渇き"を理解した夜森が、件の音楽業界関係者にギャフンと言わせるという目的のもとに手掛けた曲が披露されるのだが、久地楽のギラつきが絵で、コマ割りで、演出で伝わってくる。
漫画から音などするはずもないし、実際どのような歌詞やメロディなのかも分からないのだが、そのエネルギーは痺れるほど伝わってきた。
作者の漫画で私が惹かれたのは心情描写などの「静」の表現だったが、「動」の部分でも度肝を抜かれることになった。
キャラクター紹介・感想:モノノケムジカ
メンバー4人全員の苗字に何らかの生物が入っているのが特徴。
夜森京(やもりきょう)
キーボード担当。主人公。メガネ。
音楽は好きだがコミュニケーション全般が大の苦手であり、複数のバンドへの加入と脱退を繰り返していた。
その結果悪名が広がり「パラサイト丸メガネ」「演(や)リチン鍵盤眼鏡」などのあだ名を頂戴している。
「一人でラーメン屋になかなか行けず、誰かと行った時その美味さに感動する」「インスタとTik Tokは無理だがFacebookはギリいける」などのコミュ障エピソードは、悲しいことに共感できてしまった。
ただ、バンドに加入したことがない私にとって「コミュ障でバンドへの加入・脱退を繰り返しても続けるほど音楽が好き」という夜森は、ある意味作中で最も異質なキャラクターに感じられて面白かった。
寝古川了(ねこかわりょう)
ドラム担当。バンドのリーダー。猫目。襟元が妙にくたびれた(作中では「ズルンズルン」と表現されている)シャツを着用している。
アクが強いメンバーをまとめていることもあり、やや苦労人気質でコミュニケーション能力に優れている。
クセが強い連中の間に立つキャラクターが個人的に好みだが、彼も例外ではなかった。
リーダーという立場もあってか夜森に話を振ってくれることも多く、フレンドリーかつ的確にツッコミを入れてくれる様子は、関西生まれでない私が憧れる「ザ・関西人」だった(ステレオタイプ的で失礼な表現かもしれないが)。長髪を縛った見た目もチャーミングである。
久地楽新汰(くじらあらた)
ギター、ボーカル担当。快楽のバケモノ。
無職だが実は実家が太く、そのため金の使い方がバグっている。
寝古川とは高校の同級生で、彼に誘われたことが音楽を始めたきっかけ。本人も意識していないがその時の経験が原体験になっている。
先述した通り、一番心に残ったのは彼のエピソードだった。
そのライブシーンで自分の胸倉を掴むようにして全力で歌う彼の襟元が、彼に原体験を与えた寝古川のようにズルンズルンになっているのが味わい深い。
烏野仁吾(うのじんご)
ベース担当。前髪が長く、目が常に隠れている。体はデカいが無口で優しい。
甘いものが好物で頻繁に口にしており、一定時間糖質を摂取できないと「暴走」する。作中で「暴走」した際は、いきなり成人男性二人を抱えて二駅走った。
無口なためセリフも少なめだが、甘いもの絡みのぶっとんだ設定で存在感を放っていた。ゴツい見た目だが、シンプルにかわいい。
他作品のキャラでたとえるのは不適切かもしれないが、BLEACH初期のチャドのようで好きだった。
余談
関東と関西での改札の違いを描いたイラストがある。
数年前にバズったものであり、今でも改札を通る際などにたまに思い出す。
本作を読んで初めて気づいたのだが、これを描いたのは本作の作者だった、
言われてみれば、このイラストのキャラクターは寝古川・夜森のように見える。
寝古川らしき方の襟元がズルンズルンなので、単なるそっくりさんではなく作中キャラと同一人物なのだろう。
終わりに:観客数0で奏でる自慰行為
「あまり流行っていないバンドに属し、たとえ観客がいなかろうと、自分の快楽のために精一杯歌い、演奏する」
そんな久地楽のスタンスは、作中で言及されている通り自他ともに認めるオナニー(自己満足)である。
私は彼のそんな姿勢を嗤うことができない。
今私が書いているこの記事やこれまで書いてきた記事だって、お金にはならないし、多くの人の目に触れたり誰かを救ったりすることもまずあり得ないからだ。
それがオナニーだろうと言われたら、頷くしかない。
だが、久地楽の言葉を借りるなら「合法で好きなこと書き散らせる」のだ。
彼のように「こんなキモチイこと他にあるか?」と言い切ることはできないが、やはり楽しいものは楽しい。
私は彼のようになることはできない。だが、悠々と生き全てをハラのソコに呑みこむ大きな鯨を、私も自分の世界に泳がせていたいと思った。
好き勝手書き散らすのは楽しいですが、やはり誰かに読んでもらえるのはまた違った喜びがあり、とても嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございました。
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