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漫画感想|猿渡哲也【ロックアップ】②サムソン高木という男
読者へ
— 猿渡 哲也 (@4B3lPouP3615880) February 25, 2025
たくさんのフォローやリプライありがとうございます。
全てではないですが楽しんで拝見しております。
質問等は慣れてきて時間がある時に返していきたいと思います。
ロックアップ未掲載カラー原稿#ロックアップ pic.twitter.com/RPae3xzvHn
『ロックアップ』の作者である猿渡哲也先生がX(旧Twitter)を始められたらしい。
本作の主人公であるサムソン高木の未掲載イラストを載せてくださっていた。嬉しい。
サムソン高木という男の生き様は、私の理解を超えている。
バカで下品で、人生「詰んで」いる。
プロレスラーとしてのサムソン
本作の主人公であるプロレスラー、サムソン高木の人生は色々な意味で死にかけだ。
長年のレスラー生活により体中が悲鳴を上げているが、それを治療する金はない。運営しているプロレス団体は借金取りが来るのもしょっちゅうなほど貧乏。
借金取り相手にすっかり土下座慣れしており、今ではなんの抵抗もなく見事なフォームでの土下座を行えるようになってしまった。
「余命6か月と言われはや2年
"満身創痍の癌ファイター"サムソン高木は今日も生きている」
「元気ィーッ」「勇気ィー」「オレ病気ィー(ゴホゴホッ)」
また"癌ファイター"を名乗っており、これに絡めた上記のような自虐ネタで笑いを取ることもある。だがネタや設定ではなく実際に末期の前立腺癌を患っており、余命半年の宣告を受け既に2年が経過しているというのも事実。色んな面で本当にボロボロである。いつ死んでもおかしくない。
そういう事情もあり、彼が激痛に苦しむシーンが作中何度も登場する。頑強な肉体と不屈の精神を持つプロレスラーの彼が、脂汗を浮かべて呻きながら苦しんでいる。その苦痛は尋常ではないのだろう。
だがサムソンは折れずに懸命に生きている。
たとえば、ある日の試合中、サムソンは痛めた部位の一つである腰を徹底的に攻められる。
ただでさえ体が悲鳴を上げている彼にとって、そのダメージは深刻である。試合後に痛みで立つことすらままならない状態に陥ってしまう。
しかしその数時間後には夜の店に行き、ピッチャーにワインやシャンパンなどをたっぷりと注がせ、豪快にイッキする。そして笑みを浮かべながら「タバコは持久力、酒は瞬発力がつくからガンガンやれと教わった」などとトチ狂ったことを嘯く。
これは彼が欲望のためなら肉体の限界を超越できるという呆れた話…ではない。夜の店に行ったのは贔屓筋とのつきあい、いわば接待のためであり、ビジネスにおける人間関係維持、引いてはプロレスのためにリングの外でも瀕死の体を酷使しているというエピソードなのだ。
その後この地獄じみたカクテルをもう一杯イッキさせられた彼は(おそらく贔屓筋の男が帰った後に)トイレで便器を抱えて嘔吐する。
その胸には「客を楽しませてナンボであり、期待を裏切ってはいけない」という矜持がある。リングの上でなくても彼はプロレスラーだ。
父親としてのサムソン。亡き妻、娘との関係
サムソンには娘がいる。また故人であり、その前に離婚もしているが妻もいた。
サムソンはお世辞にも良い夫、良い父親とは言えない。妻と結婚した理由は彼女が当時金持ちだったからだし、妻が亡くなった後に自分を訪ねてきた娘には「何もしてやれなくてすまないと思っているし、これからも何もしてやれないと思う」とあらかじめ謝罪している。
もちろん妻、娘とのやりとりはこれだけではないし愛情は間違いなくあるのだが、一般的な「良き夫、良き父」像からは大きく逸脱している。
また、病気やケガといった自分の不幸をネタにするサムソンのスタイルを毛嫌いするレスラーと食事をしている際に「あんた親や子どもが事故や病気で死んでもしっかりネタにしそうだもんな」などと侮辱された際もその内容を肯定している。
もっとも、これは自分との対戦が決まっている相手に喧嘩腰で言われたセリフであり、この返し自体が(プライベートの場であり周囲に人がいないとは言え)一種のマイクパフォーマンスだともとれるため、これがサムソンの本心かどうかは怪しい。
実際、サムソンの実の娘であるウミはレスラーとして彼のプロレス団体に所属しており、これは非常に「おいしい」ネタのはずだが、彼女と親子関係にあることすらサムソンは公言していないようだ。
その他にも、交流があった入院中の女の子であるのぞみちゃんが亡くなった直後の試合でも、それをネタにしたマイクパフォーマンスは一切行っていなかった。
仮にサムソンが客を沸かせるためなら他人の死を平気で利用できるような、ヘドが出るほど軽蔑に値する男ならば間違いなくウソ泣きとともにお涙頂戴ネタにしていたはずである。
だがサムソンが行ったのは、試合中に彼女が好きだった"超高速大胸筋ピクピク"をいきなり披露して客に困惑され、ヤジを飛ばされることだけだった。その行動の真意を理解する者はサムソン本人、そして天国から試合を観ているのぞみちゃん以外にはいなかっただろう。
サムソンはプロレスのためなら命も捨てられるようなプロレスバカだが、何から何までネタにし尽くすというわけでは決してなく、何らかの一線は引いているようだ。
終わりに:サムソン高木という男
サムソン高木という男の生き様は、私の理解を超えている。彼は平凡な人間である私とは正反対の存在に思える。
私は彼ほど人生詰んでないし、下品ではないし、バカではないし、逞しくないし、優しくないし、かっこよくもない。
たとえば私が、想像もできないが仮にレスラーだったとして、彼のように振る舞うことなど到底できると思えない。
だからこそ、サムソン高木という男は私にはとても魅力的に思えた。愛おしく思えた。
これは、私だけでなく多くの人も感じることなのではないだろうか。やや不遜な物言いになるが、一人の読者としてそうであってほしいと心から願う。
読んでいただき、ありがとうございました。
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