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「苦しまなかったはずである。」|猫の地球儀
「苦しまなかったはずである。」
この文をSNSやインターネットでたまに見ることがあった。何かのネットミームなのだろう。
特徴的な言い回しだ。また婉曲的に死を伝えていると思われる、秀逸な表現でもあると感じた。
元ネタがあるのだろうかと疑問に感じることは何度かあったが、その度に「まぁ良いか」というものぐさな気持ちで流していた。
年末年始に、ついにものぐささが好奇心に敗北し、元ネタを調べた。
それが本作との出会いだった。
初ラノベとなった
私の記憶が正しければ、先日読んだ本作が人生初ライトノベルとなった。
中学校の図書室にラノベが置いてあったような世代の私だが、ついぞ触れては来なかったのだ。
読書自体は子供の頃から好きだったので、気付いていないだけで読んでいた可能性はあるが。
ラノベというと文章がとっつきづらい印象があり、実際本作もとっつきづらかったのだが、慣れると独特のテンポが癖になる。
味のある魅力的な文章に思えた。
本作は20年以上前のものらしいが、それが2025年に私にとっての初ラノベになるとは、人生分からないものである。
本作は未来を描いたSF。
「トルク」という、地球の周囲に存在する巨大な人工衛星を舞台に、姿を消した人類の代わりに猫が知的生命体として生き、ロボットを連れて活動しているという独自の世界観を持っている。
当然の結果として、独自の用語が序盤から容赦なく登場する。
独特の文章と相まって特に序盤は読むのに苦労した。
キャラ感想である
幽(かすか)
主人公。若いオスの黒猫。2巻ある本作の両方の表紙を飾っているが、彼メインで物語が進行するのは少々後である。
タイトルを見ても、1巻は「焔の章」、2巻でようやく「幽の章」となる。
本作の序盤は後述する焔の目線で話が進行し、幽はメイン時間軸だと彼の敵として登場するという、ややトリッキーな構造となっている。
先述の通り、本作は「トルク」という人工衛星を舞台としており人類は登場しない。猫が連れているロボットは人型だが人類の遺産だし、科学知識は失われつつある。
そんな中、科学知識を持って地球を目指そうとする異端者たちは「スカイウォーカー」と呼ばれ弾圧されてきた。幽もその一匹である。
物語の最終盤に彼は地球に旅立つ。
彼が地球に生きて着陸できたかどうかについては読者間でも意見が分かれているらしい。
私は彼が生きて着陸はできなかったと感じたが、これはロマンがありつつもドライな世界観に見方が引っ張られているだけかもしれない。
時間をおいて読み返した際に再び考えてみたい。
焔(ほむら)
もう一人、いやもう一匹の主人公と言える若いオスの白猫。ロボットを用いて戦いをする職業(?)をしている。
猫一匹に対してロボット一体を連れていることが多い本作において、彼は「日光」「月光」という二体のロボットを連れている。この時点でイカしている。
私が本作で最も好きなキャラクターを挙げるならば彼になるだろう。
かっこいいが報われない部分も多い、なんとも悲しい男だ。
終盤、「発狂」した彼の戦闘シーンは量としてはびっくりするほど短いが、心に刻み込まれた。
これほどかっこいいドーピング描写を私は今後見ることは無いだろう。
彼の最後のシーンはさみしい。
楽(かぐら)
メスの子猫。塩試合をしがちで人気のない焔の数少ないファンであり、ウザ可愛さの化身のようなキャラクター。
挿絵すら少ない本作において、彼女のウザ可愛さの多くは文字によって表現されている。
彼女は子供特有のとりとめのないような話し方をするのだが、これが文字になると非常に目が滑る。
それが本作を読む上での障害となり、メタ的な意味でもウザさに繋がっているのだが、可愛くもある不思議な魅力を持っている。
作中終盤で、拷問の末に死体も原形をとどめないほど凄惨な死を迎える。
彼女の死は思った以上にダメージを受けた。食欲が数日減退したほどだ。
私はつらい描写には耐性がある方だと自負しているのだが、なぜここまでダメージを負ったのか未だに分からない。
安全そうなポジションの子供のキャラクターが惨い死に方をしたのがショックだったのかもしれないし、「右前足の先を叩き潰す」だの「薬を用いて頭の中を汚染する」だのといった拷問の描写が心を抉ったのかもしれない。
もしくは、彼女が恐怖のあまりに何もされないうちから全ての情報を喋ってしまうという無常さに落ち込んでしまったのかもしれない。
あるいは、上記全ての合わせ技だろうか。
僧正
通称クソ坊主。坊主だがスケベ心たっぷりである。
体制側の偉い立場だが、反体制的なセリフを聞いても聞かなかったことにするなど独特の立ち位置。
また体制側も一枚岩ではなく、彼自身の立場も絶対的ではないようだ。
読んでいる私としては幽はじめ反体制のスカイウォーカーに感情移入していたが、終盤に僧正が語ったとある言葉にハッとさせられた。
幽は弾圧される立場のスカイウォーカーとして、身を潜めながら夢を追ってきた。その過程で、ロケットのパーツを得るために自分の技術力を利用して血なまぐさいことにも手を貸してきた。
クソ坊主の「では聞くがな!ぬしのロケットは夢やロマンを噴射して飛ぶのか!?」というセリフは、幽の痛い所を突いている。
彼の存在が、ともすれば幽目線に傾きそうな本作のバランスをとっているように感じる。
ゴミだと言えなかった
楽の死後、焔が幽に「地球儀に流れ落ちていく光は何の光だ。楽の魂は、いま、どこで、どうしてる」と詰め寄るシーンは非常につらかった。
本作の世界観において流れ星は「魂が燃える光」と呼ばれている。
死んだ猫の魂が地球儀(本作における地球の呼び方)という極楽に向かっていて、燃えながら浄化されていく様だと言うのだ。
主人公幽は科学知識を持つ異端者なので「あれは単にゴミが燃える光だ」と知っている。
現実世界に生きる私は本作を読んでいる時も当然幽の考えを支持していたし、猫たちの考えを「面白い考えだな。まぁ間違ってるけど」程度に捉えていた。
だがこの場面ばかりは、自分の考えを支持したくなかった。それは幽も同じだったようで、焔の質問には答えられなかった。
本来、幽の考えに基づくならば答えは言うまでもない。
「その光はゴミが燃える光。別に楽の魂に救いが待っているわけではない。」だ。
だが彼は答えられなかった。答えられるはずがない。とてもつらいシーンだ。
元ネタの場面であった
「苦しまなかったはずである。」の元ネタとなる場面を読んだ時の気分は、最悪の一言だった。
これは不満があるとか出来が悪いとかそういった意味ではもちろんなく、私個人の問題に過ぎないのだが、つまるところ気持ちが落ち込んだのだ。
楽が凄惨な死を迎えることについては実際のシーンが来る前から地の文で先に書かれていたため知っていたし、最期を迎える前にも先述の通り痛ましい描写はあった。
だが実際に死を突き付けられたことはショックだったし、その文が目に入ってきた瞬間に頭が真っ白になった。
続きを読みながらも文字がろくに頭に入って来ず、自分の溜息だけが頭に響いたのを覚えている。
ネットミームなどの元ネタに触れ、実際にミームとなったセリフを読んだ時には大なり小なり「おっこの場面か!」という興奮がある。
だが今回はそういった興奮を感じる余裕がなかった。これも初めての経験だったかもしれない。
終わりに
つらい。読後すぐに感想を書こうと思ったのだが、書きかけのまま1か月ほど放置してしまった。
つらいのであえてふざけたことを書くのだが、私が今回の年末年始に正月太りをしなかったのは5割くらい本作のおかげであると言っていい。
非常につらいのだが、読んで良かったとは思えた。
本作が、ラノベというジャンルで初めて触れる作品になって良かったと心から思う。
読んでいただき、ありがとうございました。