トラウマと五感、そして凍りつき反応：SE™理論と闘争・逃走反応の視点から考えるトラウマケア
私たちが生きる中で感じる「恐怖」や「不安」、それに続く「トラウマ」は、単なる記憶の中にとどまらず、身体的な反応や感覚として深く刻まれています。近年のトラウマ理論は、この現象を単なる心の問題ではなく、感覚や身体の問題として捉えています。ピーター・ラヴィーンの理論やSE™（Somatic Experiencing®）の視点では、トラウマの理解においてこの身体的な反応が不可欠であることが強調されています。
闘争・逃走反応と人間と動物の違い
闘争・逃走反応（fight-or-flight response）は、人間や動物が危険を感じた際に自動的に起こる生理的反応です。この反応は、ストレスや恐怖によって引き起こされ、生命を守るために生き延びるための重要な仕組みです。アドレナリンやコルチゾールといったホルモンが分泌され、体は瞬時に戦うか逃げるかの選択をする準備を整えます。
野生動物がこの反応を見せるとき、例えば捕食者から逃げるために全力で走ったり、戦って守るために闘ったりします。これらの反応は、危険が去った後にはすぐに終息し、動物はリラックスし、通常の状態に戻ります。興味深いことに、動物は危険を感じた時にその「反応」を終わらせることができるのです。しかし、人間においては、特にトラウマ的な出来事の場合、その反応が解放されずに残ることが多いのです。
人間の脳は、進化の過程で非常に高度に発達しており、特に「脳内の想像力」が強く働きます。これにより、人間は実際に危険に直面していないにもかかわらず、過去の経験や思考の中で恐怖を感じ、闘争・逃走反応が起こることがあります。たとえば、過去のトラウマ的な出来事がフラッシュバックとして蘇るとき、体はそれに反応して過剰に緊張したり、逃げたくなったりすることがあります。こうした反応が「過去に体験した危機的状況の再体験」として現れるのです。
凍りつき反応：闘争・逃走反応を超えて
闘争・逃走反応が解放されずに残る場合、次に現れるのが「凍りつき反応（freeze response）」です。この反応は、危険に直面した際に、戦うことも逃げることもできない状況で発生します。たとえば、非常に強い恐怖に襲われた時や、逃げる余地のない状況で「身動きが取れなくなる」ことがあります。これは、動物が捕食者に対して「死んだふり」をするのと同じメカニズムです。
凍りつき反応は、闘争・逃走反応と比べて一見反応が鈍いように見えますが、実際には非常に強い感覚的な影響を体に残すことがあります。これは、身体が無意識のうちに「その場にとどまることで危険を回避する」という本能的な反応です。しかし、これが長期的に続くと、感覚が鈍くなる、身体感覚が麻痺する、あるいは感情が閉じ込められてしまうことがあります。SE™では、この凍りつき反応を解放するプロセスが重要視され、身体的な感覚を再調整することで、過去の経験を癒すことを目指します。
SE™とトラウマの解放
SE™（Somatic Experiencing®）は、トラウマを身体的な感覚として扱い、闘争・逃走反応や凍りつき反応を再調整する方法です。SE™では、身体の中に閉じ込められた感覚や反応を「再体験」し、それを解放することで、トラウマを癒すことができます。ピーター・ラヴィーンは、この過程を「未完了の戦い」や「未完了の逃避」として捉え、その未解決のエネルギーを解放することの重要性を強調しています。
実際、トラウマを解放するためには、身体的な感覚を十分に感じ取ることが不可欠です。闘争・逃走反応で過剰に高まった緊張や、凍りつき反応で麻痺した感覚を再体験し、それを安全に解放することで、過去のトラウマ的な体験が身体から解放され、精神的にも安定を取り戻すことができます。
啓蒙的な視点として
トラウマは、単に記憶として頭の中に残るものではなく、身体や感覚を通じて深く根付くものです。これは、感覚の問題であり、私たちが過去の体験をどのように身体で「感じた」かによって、未来の反応や行動が変わってきます。SE™やラヴィーンの理論を通じて、私たちは「感覚の癒し」の重要性を理解し、身体と心を統合させることができます。
また、闘争・逃走反応や凍りつき反応について理解することは、トラウマの解放に向けた第一歩です。これらの反応がどのように私たちの行動や感情に影響を与えているのかを意識することが、トラウマの癒しに向けた大きな力となるでしょう。
まとめ
トラウマは単なる記憶の問題ではなく、身体の感覚としても存在します。闘争・逃走反応や凍りつき反応がどのように体に影響を与えるのかを理解することは、トラウマを解放するための第一歩です。SE™やピーター・ラヴィーンの理論は、私たちが身体的な感覚を再調整し、過去のトラウマを癒すための道しるべとなります。自分自身の感覚を感じ取り、解放することが、心と体の癒しを促進するのです。