恩師がくれたもの

2023年2月23日午前2時,恩師が息を引き取った。
57歳,早すぎる別れ。


肺がんが全身に転移している状態で,
恥ずかしながら私は亡くなった後に知った。



2018年4月に大学に入学して,教授の授業を初めて受けた時の感想。

ひねくれてるおじさんだなぁ,もっと直接モノ言えばいいのに。

まあ印象はそんなに良くない教授だった。
授業してる方も受けてる方もこんなにピリピリしちゃって。と思ってた。

そんな授業方針とは裏腹に,内容は非常に興味深いものだった。
所謂建築学の基本の授業,と言うよりは鳥の目線からみた建築学というか。街の形成について,というような内容。
建築物って単体のものじゃないんだ,って思ったのもその授業が初めてだった。
なるほどね,場所とか歴史とか風景とかそういうものも含めて建築なのか。
凄く腑に落ちたし,なんでどうしてを追求する癖のある理系脳の私には,建築の原点を知れた気がした。ピリピリする授業の中で静かに興奮する自分がいた。


3年生になり,ゼミの選択をする季節になった。
建築学科の花形,設計ゼミ。
圧倒的人気,設備ゼミ。
私は迷わず,都市計画ゼミ。
例の授業方針から人気はなかったが私は迷わなかった。


ゼミに入るための面接,もう絶対忘れない。怖かった。

君,設備ゼミ入りたいんじゃないの?設備の成績いいし。
うちのゼミ厳しいよ。簡単じゃないよ。いいの?それで。

はい。

これしか言えなかった。怖すぎる。
このゼミ入りたいんですけど,なんて言えなかった。
もう一回言う。怖すぎた。

人気がなかったのでゼミには合格。無事,都市計画ゼミでのキャンパスライフが始まった。

週に一回,研究発表。レジュメの提出。
研究が進まなかったときは緊張する。ピリピリするから。
入るゼミ間違えたと思ったことは,正直何度もあった。
最初の方は,教授に目をつけられないように研究を早く進めたいと思っていた節もある。でもそれが功を奏した。進めれば進めるほどに面白かったのだ。

研究対象の街の古い資料をかき集め,街の形成の歴史を辿っていく。
建物に関する資料,道に関する資料,番地が書いてある資料。
これをレイヤーのように重ね合わせた時,見えてくるものがある。
謎解きをしているといっても過言ではない。面白すぎる。
週に一回の発表も楽しみになってきている自分がいた。
教授の発する,おお。が聞きたかったのだ。


そんな中,就職先が決まった。偶々だが,教授が務めていた会社に。
教授の部屋に呼び出された。
久しぶりのピリピリ。ノックは三回。失礼します。

内定おめでとう。君が僕の後輩になるなんてね。
君はコツコツ研究を進めているね。しかも楽しそうに。僕も気づかなかったことがいっぱいある。小さな気づきを言語化するのが上手だ。
大丈夫,君ならうまくやれるよ。


ありがとうございます。

これしか言えなかった。

心が解ける感覚があった。
こんなに見ていてくれたなんて。
この人は,あんまり言葉にしないだけで,見ていてくれてるんだ。
入るゼミを間違ったと思った過去を,窓から投げた。



この頃から教授は,大学にたまにしか来なくなった。

体調が悪化したのだ。


1月に差し掛かる頃,研究も終盤。
カレーで言えば,最後一口で食べようか二口にしようか迷うくらい。

体調を崩した。ご飯が食べられなかった。
ゼミ室に行けなかった。進めたい,もう少しで完成なのに。
教授に連絡をした。半分泣きながら説明した。

状況はわかりました。僕を見ていたらわかるでしょう。体調は一番大事です。研究についてですが,ここからは僕に任せてください。
大事なことなので言いますが,ここまで研究を進めたのは君です。
僕は君の研究に少しおめかしさせるだけです。
気負わないでください。僕が大変だとも思わないでください。
僕の手に掛かれば数時間で終わります。
まずはお大事に。元気な姿で会いましょう。

どんだけ励まされたことだろう。久しぶりに安心して眠った。
次の日,完成したデータが送られてきた。
研究初心者にはできない化粧をしたデータだった。
人生で一番の感謝を教授に伝え,発表に備えた。


無事発表を終え,卒業式の日。
教授には会えなかった。
体調が優れなかった。ここ数か月は会える方が珍しかった。
就職で地元を離れるので,このチャンスが最後だったのだが。
心残りだったが,メールで感謝の気持ちを伝え,地元を発った。



働き始めて一年も経たない頃,訃報が届いた。

言葉が出ないとはこういうことだった。

今年もゼミを持ったと聞いたので,体調が回復しているものだと思っていた。
ゴールデンウイークの帰省で会いに行こうと思っていた。
土産話がたくさんできたのに。
教授への感謝を伝えたかった。
あの時の言葉に何度も励まされた,と伝えたかった。

お葬式には行けなかった。会いに行く勇気がなかった。
体調を崩してゼミを休みがちだった私が仕事に行っていること,褒めてくれると言い聞かせた。

その夜は教授の好きだった,ココイチのカレーを食べた。
ほうれん草トッピング,3辛。
声を出して泣いた。ワンワンと泣いた。
本当は会いたかった。



大丈夫,君ならうまくやれるよ。


この言葉は魔法の言葉。
宝箱にしまっておく言葉。
教授が私にくれたご褒美のような言葉。


決して会話は多くなかった。
でもその貴重な会話が楽しくて好きだった。
言葉は多くないけど,笑ってる生徒を見て楽しそうにしていた。
それを見てみんなも笑っていた。
本当にいい時間をこのゼミで過ごした。



私は元気でやっています。










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