最適化されたレイヤー2スケーリングソリューション比較
はじめに
ブロックチェーン技術、特にイーサリアムは、分散型アプリケーション（DApps）の基盤として大きな注目を集めています。しかし、スケーラビリティの問題はその普及を妨げる大きな課題となっています。レイヤー2スケーリングソリューションは、この問題を解決し、イーサリアムの可能性を最大限に引き出すための鍵となる技術です。
本稿では、主要なレイヤー2スケーリングソリューションであるState Channels、Plasma、Rollupsを深掘りし、そのメカニズム、長所・短所、ユースケースなどを比較します。読者がそれぞれのソリューションを理解し、自身のプロジェクトに最適なものを選択できるような情報提供を目指します。
State Channels
概要
State Channelsは、ブロックチェーンの外で取引（オフチェーン）を行い、最終的な結果だけをブロックチェーンに記録する技術です。これにより、取引の処理速度を劇的に向上させ、手数料を大幅に削減できます。
メカニズム
State Channelsでは、参加者はまず、専用のチャンネルを開設します。このチャンネル内で、参加者は何度でも取引を行うことができ、その都度、最新の「状態」（ステート）を更新し合います。重要なのは、これらの取引はオフチェーンで行われるため、ブロックチェーンには記録されず、高速かつ低コストで処理される点です。最終的に、参加者がチャンネルを閉じる際に、最終的な状態だけがブロックチェーンに記録されます。
このプロセスは、以下のステップで構成されます。
チャンネルの開設: 参加者は、マルチシグウォレットなどを利用してチャンネルを開設します。
オフチェーンでの状態遷移: 参加者は、チャンネル内で何度でも取引を行い、状態を更新します。
コミットメントの作成: 取引ごとに、最新の状態を反映したコミットメントを作成し、署名します。
チャレンジ期間: コミットメント提出後、一定期間、他の参加者が異議を唱えることができます。
状態の確定: チャレンジ期間経過後、異議がなければ、コミットメント記載の状態が確定します。
チャンネルのクローズ: 参加者は、合意のもとでチャンネルを閉鎖し、最終的な状態をブロックチェーンに記録します（協力的クローズ）。
非協力的クローズ: 参加者の一方が協力しない場合、強制的にチャンネルを閉じることができます。
チャレンジ: 不正なコミットメントが提出された場合、他の参加者はチャレンジを行うことができます。
スプライシング: 既存のステートチャネルを結合または分割することも可能です。
長所・短所
長所:
高速処理: オフチェーン処理により、高速な取引を実現します。
低コスト: ブロックチェーンへの書き込みが最小限に抑えられるため、手数料を大幅に削減できます。
プライバシー保護: 取引詳細はブロックチェーンに公開されず、参加者間でのみ共有されます。
短所:
初期費用: チャンネルの開設と閉鎖には、オンチェーンでのトランザクションが必要となります。
参加者のオンライン要件: チャンネルが機能するためには、すべての参加者がオンラインである必要があります。
複雑なトランザクションへの対応が困難: 単純なトランザクションには適していますが、複雑な操作には対応できない場合があります。
ユースケース
State Channelsは、特定の参加者間で頻繁に状態遷移が行われるケースで効果を発揮します。
マイクロペイメント: WiFiの利用料を1分ごとに支払うケースなど、少額決済を頻繁に行う必要がある場合に最適です。
ゲーム: チェスなどのゲームのステータス更新など、リアルタイム性が必要な処理に適しています。
仲介者を経由すれば、単発のやり取りにも活用可能
セキュリティ
State Channelsは、メインチェーンを調停メカニズムとして機能させることで、ユーザーの合理的な行動を促します。また、各トランザクションは有効なEthereumトランザクションと同様に署名されるため、メインチェーンと同等のセキュリティレベルを達成できます。
プロジェクト例
Lightning Network (Bitcoin): ビットコインの代表的なPayment Channelです。
Raiden (Ethereum): イーサリアムのPayment Channelです。
FunFair: ゲームアプリケーションに特化したState Channelです。
Gnosis: 予測市場アプリケーションに特化したState Channelです。
Counterfactual: 汎用的なState Channelフレームワークです。
Perun: 汎用的なState Channelフレームワークです。
将来展望
State Channelsは、今後も様々なプロトコルに展開していく可能性があります。高速な状態遷移、スマートコントラクトの容易な実装、ブロックチェーンからの独立性などの利点を活かし、さらなる発展が期待されます。
最新の動向
相互運用性の向上: 異なるState Channelsネットワーク間での相互運用性向上への取り組みが進んでいます。
スケーラビリティの向上: チャンネルの容量増加や複数チャンネル接続など、スケーラビリティ向上のための取り組みが進んでいます。
プライバシーの強化: ゼロ知識証明などの技術を用いて、プライバシー強化の研究開発が進んでいます。
Plasma
概要
Plasmaは、メインチェーンの下に子チェーンと呼ばれる複数のサイドチェーンを階層的に構築する技術です。各子チェーンは独自のルールを持つことができ、メインチェーンに負担をかけることなく大量のトランザクションを処理できます。
メカニズム
Plasmaでは、子チェーンは定期的に自身の状態のコミットメントをメインチェーンに送信します。これにより、子チェーンの状態が保証されます。万が一、子チェーンで不正が行われた場合、ユーザーはメインチェーンに異議を申し立てることができます（Exit Game）。
長所・短所
長所:
高いスケーラビリティ: 複数の子チェーンで並列処理を行うことで、高いスケーラビリティを実現できます。
柔軟性: 子チェーンを自由に設計できるため、様々なユースケースに対応できます。
短所:
データ可用性の問題: 子チェーンのデータが失われた場合、ユーザーの資金が危険にさらされる可能性があります。
複雑な設計: 設計が複雑であるため、開発が難しいという課題があります。
ユースケース
Plasmaは、大規模なトランザクション処理が必要なアプリケーションに適しています。
ゲーム: 大規模なゲーム内アイテムの取引など、大量のトランザクション処理が必要なゲームに適しています。
分散型取引所 (DEX): 大量の注文を処理する必要があるDEXに適しています。
セキュリティ
Plasmaのセキュリティは、メインチェーンのセキュリティに依存します。子チェーンで不正が行われた場合、ユーザーはメインチェーンに異議を申し立てることで、資金を保護できます。
プロジェクト例
OmiseGo: 決済サービスに特化したPlasmaチェーンです。
Polygon (以前のMatic Network): 汎用的なPlasmaチェーンです。
将来展望
Plasmaは、スケーラビリティ問題を解決するための重要な技術として、今後も開発が進められると考えられます。
最新の動向
Optimistic Rollupとの統合: PlasmaとOptimistic Rollupを組み合わせることで、それぞれの利点を活かしたソリューション構築が試みられています。
ZK Rollupとの統合: PlasmaとZK Rollupを組み合わせることで、セキュリティとスケーラビリティを両立させる研究開発が進んでいます。
クロスチェーン対応: 異なるブロックチェーンと接続するためのクロスチェーン対応が進んでいます。
Rollups
概要
Rollupsは、トランザクションをオフチェーンで実行し、そのデータ(と実行結果)を圧縮してメインチェーンに送信することで、スケーラビリティを向上させる技術です。メインチェーンには、レイヤー2ネットワーク上のトランザクションを集約したものが保存されます。
メカニズム
Rollupsには、Optimistic RollupとZK Rollupの2つの主要なタイプがあります。
Optimistic Rollup
トランザクションはすべて正しいという前提で処理されます。
不正を検証する期間が用意されており、この期間中に不正が検出されなければ、そのままトランザクションが確定します。
不正が検出された場合、トランザクションは取り消されます。
ZK Rollup
トランザクションをオフチェーンで実行し、その正当性を証明する**暗号学的証明（ゼロ知識証明）**を生成します。
この証明はメインチェーンで検証され、トランザクションの正当性が保証されます。
長所・短所
Optimistic Rollup
長所:
実装が比較的容易
低コストかつ高速
短所:
トランザクションの確定に時間がかかる
不正なトランザクションを検証する必要があるため、スピードとセキュリティのトレードオフが存在
ZK Rollup
長所:
処理が正しいことが証明されているため、高速なトランザクション実行と即時のトランザクション確認が可能
高いセキュリティ
短所:
証明生成にZKPsを使用するため実装が難しい
証明生成プロセスにより手数料が高くなる可能性がある
ユースケース
Rollupsは、DeFiアプリケーション、オンチェーンゲーム、様々な消費者および企業向けプロトコルなど、ほぼ全てのアプリケーションにとって最適なインフラソリューションです。特定のユースケースに合わせてカスタマイズしたAppRollupsを提供するRaaS (Rollup as a Service) も登場しています。
DeFi: 高速かつ低コストな取引が求められるDeFiアプリケーションに適しています。
ゲーム: 大量のトランザクション処理が必要なゲームに適しています。
汎用アプリケーション: 様々なアプリケーションのスケーラビリティ向上に貢献します。
セキュリティ
Rollupsのセキュリティは、不正検出メカニズムによって保証されます。
Optimistic Rollup: 不正なトランザクションを検出するためのチャレンジ期間が設けられています。
ZK Rollup: 暗号学的証明によってトランザクションの正当性が保証されます。
Ironblocksなどのセキュリティソリューションは、悪意のあるトランザクションをリアルタイムで検出し、セキュリティリスクに先んじて、ロールアップの整合性を維持します。
プロジェクト例
Optimistic Rollup
Arbitrum: 最も人気のあるOptimistic Rollupの一つです。
Optimism: Arbitrumと並んで人気のあるOptimistic Rollupです。
ZK Rollup
StarkWare: ZK-STARKsを用いたZK Rollupを提供しています。
zkSync: ZK-SNARKsを用いたZK Rollupを提供しています。
将来展望
Rollupsは、クロスチェーンの相互運用性、業界のコンプライアンスとプライバシー保護、コミュニティガバナンスとコンセンサスメカニズムの革新、インフラストラクチャと開発者ツールサポートなどのソリューションを提供する可能性があります。
最新の動向
EVM互換性の向上: EVM互換性を向上させることで、イーサリアムの開発者が容易にRollupsを利用できるようにする取り組みが進んでいます。
相互運用性の向上: 異なるRollupsネットワーク間での相互運用性向上への取り組みが進んでいます。
プライバシーの強化: ゼロ知識証明などの技術を用いて、プライバシー強化の研究開発が進んでいます。
レイヤー2スケーリングソリューションの比較表
結論
本稿では、主要なレイヤー2スケーリングソリューションであるState Channels、Plasma、Rollupsを詳細に比較しました。それぞれに異なる特徴があり、ユースケースに応じて最適なソリューションを選択することが重要です。
State Channels: 特定の参加者間での頻繁な小規模取引に最適。高速、低コスト、高いプライバシーを提供。
Plasma: 高いスケーラビリティと柔軟性が求められる大規模トランザクション処理に最適。
Rollups: 汎用的なスケーリングソリューションとして、DeFi、ゲームなど幅広いアプリケーションに適用可能。
Optimistic Rollup: 実装の容易さと低コストが魅力。
ZK Rollup: 高いセキュリティと高速な確定が魅力。
レイヤー2スケーリングソリューションは、イーサリアムのスケーラビリティ問題を解決し、その可能性を最大限に引き出すための鍵となる技術です。今後も、これらの技術は急速に発展していくことが予想され、ブロックチェーン技術の普及をさらに加速させていくでしょう。
最後に
このnote記事が、レイヤー2スケーリングソリューションの理解を深め、最適なソリューション選択の一助となれば幸いです。さらに深く学びたい方は、各プロジェクトの公式ドキュメントや最新の研究論文などを参照することをお勧めします。