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「過去の握力 未来の浮力 明日を生きる手引書」を読んで。そして、それから

ここ数年、少しは本を読むようになった。
本を読んで、印象に残ったこと、気になったこと、それから自分に置き換えて考えてみたこと。色々あっても、すぐに忘れてしまいがちなので、noteに書き留めておくことにしました。

まずは今年、最初に読み終えた本について。
「過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書」
(ジェーン・スーさん、桜林直子さん)

お二人によるPodcast「となりの雑談」でのやり取りプラス、それぞれによる書き下ろしを加えた内容。

「なんかいつも上手くいかない」
「やりたいことが見つからない。かと言って、やりたいことなんて無くたって楽しく生きていけるじゃん、とも割り切れない」
「どうして自分はいつも悪い方に考えてしまったり、『あの人はいつもひどい』と思ったりしてしまうんだろう」
「そんな自分を変えたいとずっと思っているのに、変えられない自分はだめだ…」
という、私が陥りがちな負のループの出現を少し減らすことが出来そうかなと、思わせてくれる1冊だった。

サクちゃん(桜林さん)は、昨年知って、その言葉にすーっと心が救われることが何度もあった。文章を読んでいるだけなのだけど、こちらの気持ちを汲み取ってもらえている感がする。
「いや、そうなれたらいいけどさ、、」
と、自分の脳内にネガティブな言葉が浮かんでも、読み進めていくと、その浮かんだ言葉を受け止めてくれるようなことが書かれていることが多い。(「世界は夢組と叶え組でできている」というのも好きな本)

スーさん、サクちゃんの“ものの見え方(捉え方)”は、結構違っている。
“ものの見え方”が違う人同士は、そんなに分かり合えないし、仲良くもなれないものだと思っていた。でもお二人は、言葉を尽くすことで「そういう見え方(捉え方)もあるんだねぇ。こういう見方もあると思うよ」とお互い分かり合えていて、そんなこともあるのか!と正直ビックリした。

言葉をお仕事にされている方々なので、きちんと伝えられるというのはあるにせよ、自分は“伝える”、“聞く”ことを早々に諦めてしまうことが多かったかもしれない。

「こういう見方とあると思うよ」の前に、“でも”が入らない感じなのも、大切なのだと思う。“でも”って入ってしまうと結局、相手の考えを受容出来ているか怪しいし。

言葉を尽くしても分かり合えない人、言葉を尽くすことを、とことん避けてくる相手もいる。
そういう人とは距離を空けたい。
でも仕事なんだし、ある程度、我慢するものだと思ってきた。
この本を読んで、離れるのも選択肢として全然間違ってないと、そっと支えてもらった気がした。

本を読んで、それから考えたこと
私は自分のエネルギーの注ぎ方を、うまくコントロール出来ていないのかもしれない。

今週、仕事始めの1週間。ずっと関係性が上手くいってない人との仕事も、思ったより心穏やかにこなせて「よし良し」と思っていた。
が、それは水曜くらいまでしかもたなかった。
長い年末年始休みのおかげで、その人達向けのコップは空になっていただけで、コップが大きくなった訳ではなかった。見事に溢れてしまった。

コップというより、植木鉢なのかもしれない。
私の中の植木鉢はちゃんと植物が植っているものもあれば、空っぽのものもある。
向き合いたくない相手の人向けの、植木鉢は空っぽで小さい。仕事だと思うと、その空っぽ植木鉢にもエネルギーを注いでしまうが、空っぽだから何にも吸収されず、注ぎすぎると溢れてしまう。

受け流すには、吸水スポンジみたいなものが入っていればいいのかもしれない。
ただ、今のところ、私にとってはそれは難しいことのようだ。それなら、せっかくのエネルギーなんだし、自分が育てたい鉢にしっかり注げるようにしたい。
その鉢に何が植っているのか、まだ良く分からないけれど、少しずつ成長してくれてるといいなぁ。

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