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失恋、したんだな。
恋愛は、正しいか正しくないか、ではないんだよなって、わかっていたはずなのに忘れていた。
一昨日、1年3ヶ月付き合っていた彼と、別れた。
いつか終わる気がしていたし、目につく嫌なところもたくさんあったし、1人で泣いた夜も何度かあったけれど、なぜか漠然と、結婚したいな、なんて思っていたりもした。
彼は、謝ることがたぶんあんまり得意ではなかった。事なかれ主義というか、できることなら謝るようなシチュエーションをおそらく避けようとしていて、それゆえ、絶対悪、みたいなことは滅多にしてこない人だった。
だけど先日、彼が、会うはずの予定を忘れていたことがあって、それが今回の別れの最後のひと押しになってしまった。こんなこと誰にも言う必要もなければ綴る必要もなくて、彼に届くわけでもないってわかっているけど、ここに残す。
金曜日の夜から会おう、と何週間か前から話していた。前日になって、仕事が終わる時間を聞くと、彼は会うことを忘れていて、「あれ?明日会うことになってたっけ?仕事おわんないんだよね…あと家も掃除しなきゃになる…」と連絡が来た。忘れていたことは、さほど大きな問題ではない。遠距離をしているわけでもなんでもないので、ほぼ毎週会っているから、記憶もごちゃごちゃしやすいし、それは理解に及ぶ。だけどここでわたしは、なんとリアクションしろというのだろう。予定を忘れていたのは彼自身なのに、なんで謝ることもせず、「無理そうかも」というのを察してほしいという思いが乗ったメッセージだけを送ってこれるのか。そう本人に伝えたら、もう今回は掃除するけどさぁ…とため息をつきながら不必要に音を立てて部屋を片付ける様子とともに、「次なんか奢れよ!」くらいポップに飲んでくれればよかったのに、と電話越しに呆れたように言われた。
予定を調整するこの感じがもう結構嫌になっている、とも言われた。謝るべきところは謝らずして、なぜわたしが一方的に察して、そして許さなければならないのか。
最近、うまくいってないなってわかっていた。当初は驚くほど早かったLINEの返信も、そうでなくなっていたし、お互いに、不機嫌さを押し殺した日が何度もあった。友人に、そろそろ潮時かもな〜なんて話したりもしていた。
そんな中で上記の出来事。遅いからもう明日会って話そう、と電話を切った後も、だって忘れていたのはそっちなのに?とかそんなことばかりぐるぐると考えながら眠りについたら、朝起きたら気分が悪くて仕事に行けなかった。5年働いてコロナをのぞけば初めて体調不良で有給を使った。まどろみながら、ぼーっと天井を眺めているうちに日が暮れて、仕事をおそらく無理に切り上げてきたであろう彼氏が日を回る前にうちに来た。インターホン越しで彼を見た瞬間に、あぁこの人は、別れ話をしにきている、と直感した。いつも背負っているリュックがなくて、いつもなら私服に着替えてくるのに、そのままの格好だった。だから私も、いつもならソファに座って彼と話をするけれど、今日はその距離で話すべきではないとわかったから、ベッドを急遽整えてふちに座ってソファの方を向いて、彼がエレベーターで上がってくるのを待った。
こういう話を切り出せない彼は、ソファに小さく座りながら不必要に雑談を展開してきて、そのどれもが、いつも話の面白い彼からは考えられないくらいオチのない雑談で、彼も、色々考えているんだろうなって気づいてしまった。
1時間近くそういう時間を過ごした後、彼がしばらく黙って、ゆっくり、それはもう本当にゆっくりと話を始めた。
昨日の電話は言いすぎたこと、今日の予定を忘れていたのは自分が悪いこと、だけど、予定を合わせる作業や、予定が合わない時の私の不服そうな何かを含んだようなリアクションが嫌なことは事実で、今回のことが最後の一押しになって今この話をしていること。嫌だと伝えずに自分の中で抱え込んでいるうちに、もう限界だなと思うところまで来てしまったこと。私と過ごす、楽しいはずの時間を楽しめなくなってきていること。勝手に抱えて勝手に推測して申し訳ないと思うけど、このタイミングで終わりにしたいこと。ごめんとありがとう。
わたしは彼のワードチョイスが好きで、別れることを、終わりにしたいという言葉で表す彼が、こんな時でも好きだった。
彼の話を聞きながら、「別にロジックが通るかどうかなんて、恋愛には無関係なんだよな」って急に気づいてしまった。悪いのはどっちか、とか、わたしは予定調整の時の発言にそういう含みを持たせたつもりはない、とか、そういうのは多分恋愛において大事なことじゃない。「彼が嫌だと思った」その気持ちは事実で、私も悪くないけど、彼がそう思うことだって悪くない。そう思ったらなんだか急に肩の力が抜けてしまって、数滴の涙と一緒に、「あなたが嫌だと思った気持ちを私は否定できないから、仕方ないし誰も悪くないと思う」というようなことを言って、別れを受け入れた。午前2時。
最後だから、抱きついておこうと思った。ちょっと立ってよ、と促して、もう抱きつくことのないであろう胸に、私がちびでよかったね?と冗談を挟んで、入れてもらったら、それ最初っから言ってるよね、と彼が楽しい時に見せる優しい顔と声で笑ってくれて、その瞬間に涙が止まらなくなってしまった。いつか終わるって、私だってわかっていたつもりで、マッチングアプリでも入れるか〜、なんて思っていたくせに、声が出るくらい泣いてしまって、いつもより寒かった昨日、暑がりな私が暖房をつけていない部屋で、黒いモコモコの上着を着たままの彼はいつもより厚みがあって、腕を首から背中に回すとギリギリしか届かなくて、それを知ってか知らずか、いつもよりずっと強く、間に距離がないくらいに抱きしめ返してくれた。
付き合ってすぐの頃に私を抱き抱えた彼がベッドの淵に私の腰をぶつけてしまったことを、ぎゅっと抱きしめてくれながら腰に触れて、「後遺症はもうない?笑」と聞いてきて、私はそんなこと忘れていたなって思いながら、慰謝料請求しようかな?と笑ったら、めちゃくちゃ涙が溢れた。
ソファにもう一度彼を促して、彼の上に座って、この体勢でするおしゃべりが私は大好きだったな、とか思いながらしばらく話をした、
以下はきっといつか記憶から抜けてしまうと思うけど、記録。
首絞めるの迷ってる?笑
ポリジュース薬。盗みたいスキルないか、スキップできないしな。
カラオケもスノボもダーツも競艇も行きそびれたね。すご腕、足だけど。
それから、今後どうするかを話した。
同棲していたわけでもないので、うちに置いていたものなんて着替えくらいで、すぐにでも持って帰ることができるし、私にいたっては向こうの家には歯ブラシしか置いていなかった。それは捨ててもらう。
折半して買って、この半年間、一緒に過ごす週末のたびに活躍したswitchは、売ってそのお金を半分PayPayしようか?と言ったら、あなたの好きにしていいよ、持っておきなよ、と言われた。ここまで話して、ああもうこの人は私に会うこともないのだなと思っていたら、一緒に作ったコストコのカードは解約に行こうかな、最後に一緒に爆買いでもする?と言ってくれた。前回、さすがに体に悪いよ、とわたしが止めた大量のコーラでも買おうかな~、と彼は笑っていた。特別な日を特別な日にすることは彼は得意ではなかったけれど、何気ない日常を楽しいイベントにする能力は、たぶん互いに高かった。お菓子と野菜ジュースとサプリメントを買い込んだ、健康になりたい気持ちとおいしいものを食べたい気持ちが凝縮された強欲なカートを生み出してしまって大笑いしたコストコでの買い物とか、川沿いで座って食べるサーティーワンとか、浴衣を着るわけでもない花火大会とか、飲んで家までスキップする時間とか、絵にも歌にもならない毎日のおしゃべりがすごく楽しかった。それは忘れないって心に誓いながら、コストコに行く日を決めた。その日は本当なら2人で奈良に行こうと話していた日だった。もう鹿さんにせんべいをあげることもない。午前3時。
鹿にえさやれなくなっちゃったな~、という話から、もう髪も乾かしてもらえないな、とか、やりそびれたことと、やれなくなってしまうことを挙げた。それから、逆にこの1年3か月でやったこともいくつも挙げた。思い出は、別に捨てなくたっていい。
最後に、びっくりするくらい寝たね、と彼が笑うから、減るものでもないしね、と茶化して、お風呂に入らずにベッドに入るなんて、昨日までの私は許さなかったのに、抱き上げて連れて行ってもらった。シンプルで、でもそれが心地よかった幸せな時間がやっぱりそこにはあった。
体温をじかに感じながら、私がいくつもお気に入りにしていた写真を見せながら、こんなこともあったね、と言いながらお気に入りから削除した。端末から消してしまうには、もう少し時間がかかりそうだ。
少しうとうとして、目が覚めたら珍しく私より早く目をあけている彼がいて、早起きだね、と笑った。午前6時。
相変わらず体温をじかに感じながら、いい女で終わりたいと思った。情が湧いているだけで、先がないことは私だって十分理解しているつもりでいたし、これまで、彼は何度も終わりにしたいという言葉を飲み込んでいて、その末に出た言葉だとわかっていたから、きっと意志がかわらないことも気づいていた。それでも、やっぱり瞬間的に嫌だと思ってしまって、「やっぱり嫌だ」と泣いた。彼が、次の彼女には、今回の欠点を修正して臨むのだと思うと、私でもいいじゃないかって思ってしまって、我ながら、いかに自分が弱いかを痛感させられたけど、そう言わずにはいられなかった。ふざけて彼の胸を少したたいたりもした。そうしたら、急に強く頭を胸に押し付けられて視界をふさがれて、彼が泣いているとわかった。泣くような人には思えなかった。それは強い人間だという意味ではなくて、どちらかと言えば他人にあまり心を動かされないというか、落ち着いているタイプだったから、こちらの涙が引っ込むくらいには驚いた。実際彼自身も、俺なんで泣いてるんだろう、人生で記憶にある限り泣くの2回目だ、もう涙は枯れたんだと思ってた、と驚いたように笑いながら、それでも止まらない涙をぬぐっていた。受験に受かっても、人と別れても、卒業式でも泣かなかったのに、という彼は、はっきりとは言葉にしなかったけれど、こんなふうに引き留めてくれるほど私がきちんと好きでいてくれたのに、それに応えられないことに申し訳なくて、それが涙に変わっていたんだと思う。切なかった。泣かない彼が、泣くほど申し訳ないと思っているのなら、もう絶対に無理なのだと感じたし、彼にも私への情があることがわかって、これ以上わたしもわがままを言うのはやめようと思った。泣かないで、ごめんね、と言った。謝らないで、と言いながら彼はしばらく泣いていた。午後0時。
本当に終わるのだとわかると、もう何も気を遣う必要のない会話ができて、やっぱりそれがものすごく楽しくて、友達だったらよかったのにと思ったし、こういう話をもっと早くできていたら何か違ったのかもしれないと思った。次アプリやる時には、「話し合いができる人が好きです」って書くわ、と笑ったら、俺も初回デート費用は割り勘って書こう、と返してきて小突いた。おもしろいところが大好きで、それゆえそれ以外にはいっぱい目をつぶってたんだよ、といくつかエピソードを出した。彼が予約せずに当日買ったゆえに、わたしのお誕生日ケーキにわたしの嫌いなメロンが乗っていたこと、私が買ってあげたお土産が家に残っているのが嫌だったこと、せっかちをとがめられて悲しかったこと。そのどれにも、彼は少し目を丸くしながら、それもごめん、それもごめん、と謝ってくれた。驚いたことに、彼はその多くに気付いていなくて、彼自身もあきれていた。彼からもいくつか、わたしが何の気なしにしていた発言を、次はやめなよ、ってからかわれたし、お財布出すムーブくらいはするんだよ、とも笑われた。お互いに、こういう不満は伝えあっておけばよかったねと呆れて笑ってしまった。
今までの人と別れたときにはなかった、大人の別れだという感覚が確かにあった。突発的でもない、じんわりお互いをむしばんでいたことを、声を荒げることもなく共有して、円満に終わるってこういうことか、と知りたくもない学びを得た。
結婚とかする気あった?笑 と、さすがにこの状況とはいえど、かなりポップに聞かなければ聞けないことをいくつか息を吸った後に聞いた。そりゃあもちろんね、考えてはいたよ、と意外にも思えるほと簡単な返事が来て、安堵した。そう思ってもらえるくらいには、誠実に向き合えていたのだという答え合わせができた。
この際だから、ずっと不満で不安だった、かわいいとは思ってた?というのも併せて聞いた。記憶の限りはたぶん本当に一度もまじめに言ってもらったことがなかったその言葉を、この期に及んで彼はするすると何度も言ってくれた。ずるい。かわいいと思ってなかったら始まってないし、写真とそのまんまだ、当たりだ、と感動したよ、とか、ほんとに彼氏探してるのかな?と不安だった、とか、あれ!次も来てくれるんだ!と感動していた、とか、知らない彼の一面がここにきて見られて、これでもう十分だと思うことにしようって納得できた。私の前でだけ極端におしゃべりだったことや、ずっと笑わせようとしてくれていたこと、そんなこと知らなかった。
ずっと抱えていたことを言えて、すっきりしたでしょ、という私に、それだけじゃないよ、さみしいよやっぱ、と、嘘のない確かな言葉をくれた。すっきりはしている、その反面でさみしいのだという彼の感情を私に疑う勇気はない。予定を合わせる作業が云々言ったけど、また人としゃべらない暇な土日が始まるわ、と笑っていて、付き合う前がほんとそんな感じだったから、逆戻りだけど、この1年と少しが充実しすぎてただけか~、と言ってもくれた。
たくさんの思い出話とおしゃべりを終えて、午後3時に彼は帰って行った。パーキングまでついて行って、目と鼻の先のうちまで車に乗っけてもらった。
普段玄関先で彼を迎えていたし見送っていたけど、彼は毎回どんな気持ちだったんだろうと想像したらまた泣きそうになった。
私が暇つぶしにレシートで折った折り鶴と、ガチャガチャで引いたコダックがナビの横に居座っていて、折り鶴はクシャっとつぶしてつってあったビニール袋に捨てた。それを見た彼が、コダックは私が回したガチャガチャだったから、返そうか?と言ってきたけど、黙って首を横に振った。うちにも同じものがある。今度コストコに行く時までに、そいつが乗っているかどうかはわからないけど、私の手ではどかしたくなかった。
長い長い、1日が終わった。これだけ話して、一度も不用意に相手を傷つけることなく、穏やかに、失恋した。車から降りた後、マンションのエレベーターを待ちながら、不必要に上を向いた。彼は昨日、どんな気持ちでこのエレベーターを待ったんだろう。
多分だけど、彼はもうこの地を出ていく気がする。12月からの部署移動が発表されたらしく、それ自体はグループの異動なので転勤なんてもちろんないが、そのキャリアを歩むということは今の会社に骨をうずめることになるルートで、海外赴任も想定される。そうなるといろいろ考え始めたというのを、別れ話を切り出せない場つなぎ的な雑談の時にしていた。地元も大学もここではない彼に、そんなに過ごしやすい場所でもなかったと思うから、次に彼が土日が暇だな、と思ったとして、私の時みたいに、彼女探そうかな、とはならず、ここを出よう、と思うんだろうなと想像がついた。ここでやれることは、だいたいわたしが教えてあげたよ。
二日経った今も、食べる気力もわかなければ、眠る気にもなれず、友人に電話して、早朝に目覚めてまた泣いて、こんなかわいくておもしろい女他に絶対いないからな、とイライラして、switchを片付けながらまた泣いて。戻りたいとかではないはずなのに、いつまでたっても涙は枯れない。何人もの友達が、私の胃にものを入れるのを手伝ってくれた。いっぱいチケットが届いたし、今週は毎日誰かが一緒に夜ご飯を食べてくれそうだ。同じマンションに住む友人には昨日一緒に寝てもらった。
はやく時間が過ぎますように。涙が枯れますように。