短編:『あの箱に入っていたもの』
(約1,300字)
りんご箱だったよね。
突然、カリンは受話器の向こうから語り始めた。
小学生のときに、みんなで大切なものを
スズカケの木の下に埋めたよね。
うーん、卒業の前とか、そういうセンチメンタルな感情とは関係ないときだったよ。
5年生だったかなぁ、ねぇ、覚えてない?
私が毎日、遅くまで法律の勉強をしているときだった。ぐるぐると法律用語が頭の中に巡り、
試験に合格するまでは誰が何と言おうと休日を友達と過ごすなんて、頭の隅にも考えていなかった。
午前1時前。
小学生の頃、一番の仲良しは、私の人生なんかほとんど関係ない生活を送っていたはず。
もう遅いから寝たい、って言えば電話を切れたかもしれない。カリンは地元の国立大学を卒業してからすぐ、幼なじみのKくんと結婚して悠々自適な20代を送っていた。
ねぇ、そういえば、あれ、どの木の下だったか覚えてる?
タイムカプセルのりんご箱でしょ。
うーん、私、多分、分かるかも。
なんとなくだが、私は数人でりんご箱を運んで、木の下に埋めたときに見えた教室の真ん中の柱を眺めていたんだ。
午前1時10分。
私たちは20年ぶりに思い出の地で会うことを
約束して、受話器から耳を離した。
私はカリンとは違う人生を歩んできた。
アラサー独身でも浮いた話もなく、ただひたすら法律を勉強しながら法律とは関係ない仕事をしながら働き続けていた。
地元に戻り、小学校の最寄りの駅には、明るいあの頃とは変わらぬ友の笑顔があった。
カリンは1人でいた。
小学校の校門からは週末でも敷地に入っていい許可を得ていた。スコップとか、必要な道具はカリンが用意していた。
私は教室の窓から見える柱の真っ直ぐの場所に立ち、掘る場所を示し、カリンとタイムカプセルを掘り起こした。
うわぁ、本当にあの頃のままだ。
ちゃんとしっかり入ってるもんだね。
私たちの分は中身を開けよう、ということになった。
クラスメイトの分は、カリンが地元にいる同級生に配るという話が決まっていた。
じゃ、開けるよ。
私の分は、手紙とキーホルダーだった。
『大人になった みぃちゃん江。
何をしていますか。元気ですか。
バカな大人になっていないでね』
短い文章と封筒に入っていたのは、天秤のキーホルダーだった。
11才の私は、法律を学ぶなんて夢にも思わなかった。でも、キーホルダーはキラキラ光る
天秤のそれだった。
カリンちゃんは、何?
カリンは泣いていた。
『一番、好きな人と結婚したかな。幸せに
なっていますように』
カリンは、静かに涙を流して、薬指の指輪を外してカードと一緒に封筒に入れた。
そのとき、初めてK君の不在を気付いた。
駅でK君の話をしなくてよかったと心底、思っていた。
K君ね、春に居なくなったの。
病気でね、全然、気付かなかったの。
天国に‥‥先に旅立ったの。
私はカリンの肩を抱いて一緒に泣いた。
K君の手紙にも、祈る言葉が綴られていた。
『みぃちゃんとカリンちゃんと、ずっと3人
仲良しでいられるように』
スズカケの木から真っ直ぐに続く先、教室の柱の位置を知っている理由は言えない。
私たちが教室の柱に刻んだ言葉は、言えないでいた。
それは放課後にK君と彫刻刀で傷をつけた
記号だったから。
おわり
この短編小説は、Shinjiyさんの作品に着想を得た作品です。作品を作ることを同意してくださったクリエイターさんに感謝します。
※シロクマ文芸部の作品に参加いたします。