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選ぶのは自由だから、呼吸しやすい心にする


  (約1,200字)


 昨夜、夢を見ました

 幼いとき、田舎で迷子になりました


 実際に起きたこと、何で今になって思い出したのだろう

 弟は年子で、私はおばあちゃん子でした


 その頃はお父さんの妹(叔母さん)が一緒に住んでいて、家で私の世話をしてくれたのは祖母と叔母さんでした

 だから、幼い頃の私は叔母さんが母親だと思って暮らしていました

(この話は前に書いたことがあったと思う)

 私は外の作業(畑仕事や野良仕事)をするおばあちゃんにいつもついて行ったから、

その日もー柔らかい秋の日差しの午後におばあちゃんを探しに家を出ました 

 まだ手のかかる弟に、母はつきっきりで私のことは眼中にないようでした

 叔母さんは用事だったのか、その日の記憶には残っていません

 おばあちゃんは城山(じょうやま)に行くと言っていたので、幼いながらも記憶をたよりに山に向かいました

 山の入り口に廃棄されたゴミが積まれた場所があって、片腕のないセルロイド人形とか、赤ちゃんをあやすためのプラスチックの音が鳴る玩具とか、壊れた椅子などが雑然と散らばっていました

 幼い私は目が付いた人形が苦手で、そのゴミの中に人形が転がっていたため、山に入れず動けなくなりました

 人どおりはない田舎道で、県道沿いではあったものの、日に数本しかないバスぐらいしか通りません

 うずくまって泣いていると、近所に住むおじさんが声を掛けてくれました


 「大家(おおや)んとこの上の子かね」

 と言われて、おばあちゃんを探しに来たことを話しました

 その頃は、村中(むらなか)に一軒しか子どものいる家がなく、誰もが私を知っていました

 おじさんが私を知っていても、私には知らない人で、おじさんの肌の色がニ色で構成されていたことに驚いて内心、恐怖でした

 アレルギーなのか、病気でそうなっていたのか聞かないのがマナーだと思い、今だに理由を知りません

 おじさんは私の手を引いて、家まで連れて帰ってくれました

 その間もポツポツと話をしてくれて、左手があったかかったのを今でも覚えています

 後から聞いたのですが、とても優しい人柄で家族みな信頼していた人でした

 幼い頃は名前が言えなくて、「迷子のおじさん」と呼びました
 (迷子になったのは私のほうだったのに)


 おじさんは顔面の皮膚が斑らになっていたけれど、そのとき、人は見かけでは分からないと強く思いました

 あまり社交的には見えませんでしたが、おじさんのご家族も皆さん、働き者で気持ちの優しい人柄です


 秋の空気を感じたからかもしれません

 迷子のおじさんは既に亡くなられました


 あの秋よりだいぶ暑い日が続きますが、あの寂しかった気持ちは、おじさんの言葉に救われて、故郷の空気がいまも支えになっています


 『目から鱗』は過去の記憶と繋がって私に新しい物語を書かせるのだと、そんな風に思い出から発想を得ながら毎日がつづいています

 次の物語に






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