恋愛論より恋愛観について
(約1,000字)
恋愛論といえば、フランスの小説家・スタンダールの評論が有名ですが、そんな高尚な文学について語る力量は持ち合わせていない。
《原題、(フランス)De l'Amour》スタンダールによる評論。1822年発表。愛する人を想像力で美化してしまう心理的作用を表す「結晶作用(cristallisation)」の造語が有名。
上記の文章は、インターネットからの引用文です。
私は評論家ではないので、恋愛観について書いてみます。
愛する人を美化するというのは、誰でもしてしまいます。例えば、子供の頃、憧れた二次元の世界の物語にでてくるようなアニメのキャラクターに恋をする。
叶わなくて当然。
これについては、人間という実体(三次元)が存在しないから、時間が経つにつれて憧れを続けることを諦める‥‥‥人が多い。
または、学生時代にあまりお近づきになれなかった憧れの人を思う気持ち。
これは実体があるが、学校を卒業し、社会人になり、時間の経過とともに「あんな素敵な人がいたなぁ」と美しい思い出だけが、心の中に生きている。
思い出のあの人は、スレンダーで賢く、肌もぴちぴちな10代、綺麗に決まっている。
故に、美化される。
人間は年齢を重ねるとともに老化、細胞は劣化していくため、20歳代をピークに後は坂道を転がり落ちるように「美しい」ところから徐々に変化していく。
男性と女性で、魅力を感じる脳の感覚は異なるようで、視覚、聴覚という感覚器で、魅力を感じる割合が変わるようです。
男性は、異性または興味のわく個体に対する意識は、視覚情報が優先される。
女性は、防衛本能も備わっていなければいけない。強くて逞しさを求め、聴覚からの魅力を受け取る感性があるそうです。
だから、外見で魅力を感じるひとは外見が優れている人を求める。
それが異性もそうであるなら、そういう感覚同士が惹かれ合うのが丁度いいのではないでしょうか。
私は以前も記事にしたように、恋愛はその人が持つ能力に魅力を感じるので、好きになる人の外見に一貫性がない。
恋愛の価値観は人によって違う。
ひとの気持ちは分からない。
心はたえず変化するし、辛い出来事があれば、ハードルは更にあがってしまう。
みな、辛い経験はしたくない。
書いている人の見ためが必要なら、姿を見なくて好きになるのは無理だろうし、私は価値観が理解出来ないうちに恋愛をしたことがないから、漫画を読むような(ニ次元的な)恋愛はできない。
必要なプロセスを踏んで、ひとの気持ちは育つのではないかな。
いい恋愛を。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?