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約束の薫りを連れてくる


(本文約800字)


 星が降る夜の前の時間は、
小春日和の穏やかな温かさだった

 ー涙目になってしまいそう

 その人は美しい瞳で、柔らかなシルクのストールを首元から放射状に空気の抵抗をふくみながら、フワリと纏った


 ー不思議ね、
 このワンピースを着ると、あの人が生きていた時代まで戻ってしまうのよ


 学校を卒業して、女手ひとつで二人の子どもを育てたひとだった

 旦那さまは子どもが小さい頃に、あっけなく空に召された


 ー暮らしが貧しくてね、旅行も贅沢な食事も一度だって経験しなかった

 落ちてくる光の欠片でも探るみたいに手を翳すと、半世紀前の旦那さまが側にいらっしゃるかのように優しい表情を浮かべて笑った


 ー 唯一 あの人が手渡してくれたのが、このストールだったの
 なんでも大事なひとにあげたいと決めて、外国の友人から特別に送ってもらったのを最初のデートに小脇に抱えて持ってきたのよ

 白い箱に真っ赤なリボンをかけて、カーネーションの花を一輪 添えてね


 私にはキチンとした恰好の紳士が、その美しい人の側で嬉しそうな表情で佇んでいるのを容易に想像することができた

 ー恥ずかしいわね、こんなお婆さんでも可愛らしい時代があったのよ


 頬を撫でていく冬の温かい風に、ふたりが短いあいだ、苦楽を共にして、子どもたちを育てている様子を感じる瞬間を知った


 ーまた春が来るわ
 あの人が見たら、真っ先に家族で写真を撮ろうと提案して、私たちを抱きしめてくれる季節が巡ってくるの


 子ども達は不慮の事故に遭い、ひと足先に旦那さまの元に旅立っていた


 ーどうして優しい人はいつも、孤独と暮らすのだろうー


 私には、その優しさが「愛した者たちがくれたプレゼント」のような気がしている


 辛さを乗り越えてきた人たちの優しさは本物なのだった


 凛とした梅の木は、まだ寒々とした景色でしかないが、天に向かって突き上げる枝はちゃんと春支度を整える

 温かい風を受け、柔い陽の光を精一杯 浴びている


 また毎年の約束を果たすための花の薫りを、美しい人に届けるだろう









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