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昔のこと(あなたのことではありません)


   (約900字)


 ポップに書こうとしても無理と諦める、根が暗いから。

 詩を書く予定でした


 熟慮した結果、その前に大切なことを書くことにした


 星の巡りなのか、引き寄せるのか、昔から裏切りや騙したり、人を貶める人、嘘をつく人、嘘をつかせる人をよく見てきた

 それらは後から分かることだったり、事実と違うことを分かっていても信じる風を装うこともあった

 そうすると、自分の心を偽る場合もある


 昔、

 嘘をつく人がいて、
その人を理解出来なかった

 もっと理解出来ないのは、
嘘をつく人に
嘘をつかせる人がいたことだった


 嘘をつく人は、嘘をつきたくないように見えた(少なくとも私には)

 嘘をつかせる人は巧妙で、明るくて性格が良さそうに見えた
 でも、よくよく注意して見ていると、嘘をつくように言葉を引き出すのが得意な人だった


 嘘をつく人は、重ねて嘘をついていた

 嘘をつかせる人がいなかったら、嘘をつく人は何度も嘘をつかずにいたと思えた

 その人を 気の毒に思い出した


 「嘘をつかせる人」をなぜ、嫌悪する感情を抑えられないかを考えた


 私が尊敬する人は、嘘をつく人を目の前にしても、嘘をつかせないように話をしていた

 見栄や虚栄心を引き摺り出さない術を心得ていたのだった

 嘘をつくことに慣れてしまうと、それが効く薬みたいに勘違いをし、慢性化して、嘘と誠の境界線が分からなくなってしまう


 嘘をつくことは病気だと思う

 嘘をつかせる人も、同じ


 ここで問題なのは、両者とも意識してそのやり取りをしていないことだ


 人を認めることは、優しさのうえに存在する


 自分をしっかり持っていたら、嘘をつく必要なんてなくなる

 第三者の誰かのためにつく嘘は、自分の心を醜くする

 それは自覚があるのかもしれない

 虚栄心をくすぐるのも、嘘をつかせる人の特技で、過去の私はその人から距離を取った


 尊敬する人と同じように自分を律するのは極めて難しいが、病気は適切な方法で改善されるはずで。


 誰かの支えになる人になる必要はない

 そこまで求めていない

 人のためにすることは、自分のためにもなる


 嘘を少なめに生きることは、できるはず

 まったく嘘無しに生きることは出来なくても。


 優しさの方法を間違えると、
嘘を重ねることになり、

 嘘を重ねてしまうと、
優しさまで、嘘になってしまう


 最後の言葉は、嘘をつく人へのギフトです






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