"千葉道場は、本音で話せる唯一のコミュニティ” マイクロモビリティのLuup・岡井大輝が入れ込む「起業家合宿」の価値
こんにちは、千葉道場ファンドです。このnoteは千葉道場ファンドの投資先起業家でつくるコミュニティ「千葉道場」のカルチャーを伝えるべく、道場内のヒトやモノ、コトにフォーカスにして発信していきます。
今回のインタビューに登場する岡井大輝さんは、戦略コンサルを経て、2018年に電動キックボードなどのマイクロモビリティのシェアリングサービスを提供するLuupを設立。
電動キックボードが原動機付自転車に該当し、安全・気軽に公道を走行できないという規制に直面しながらも各省庁や自治体との対話を続け、2021年、ヘルメット着用が任意となる公道での実証実験の認可を受け、東京都心部をにて中心にサービスの提供をスタートしました。
2021年には20億円の資金調達に成功。実証実験のエリアを東京都内8区のほか大阪・京都・横浜みなとみらいにも広げています。
国内では実現困難と考えられていた電動キックボードのシェアリングサービス提供に向けて着実な一歩を踏み出した岡井さんは、このほど、社会的インパクトを実現した千葉道場メンバーが贈られるインパクト賞を受賞しました。
今回は、その岡井さんに、これからのスタートアップに求められる「街の声を聞く」プロダクトづくりの勘どころや、千葉道場というコミュニティの活かし方について伺いました。
ラストワンマイルを担うマイクロモビリティの社会実装に向けて
――岡井さんが日本の交通インフラにおける課題に気づいたのは、とある事業の失敗がきっかけだったそうですね。
「そうですね、2018年当初は介護が必要な人とサポートする人をマッチングする『介護士版Uber』のような事業を行っていましたが、電車やバスの駅からのラストワンマイルの移動手段が無いために十分なマッチングができず、断念することになりました。でもこの失敗のおかげで国内の交通インフラの問題点を見つけた。これが現在のマイクロモビリティ事業への進出につながりました」。
「実は電動キックボードをはじめとするマイクロモビリティの公道での社会実装が遅れているのは、先進国のなかでも日本くらいです。国によってはタクシーと同じくらいに電動キックボードが使われています」。
「日本でも電車やバス・車といった既存の交通インフラと共存させることで、これまでカバーできていなかった移動手段を提供できると考えています。既存のインフラを血管に例えると、自分たちは毛細血管となるようなイメージですね」。
――Webで完結するようなサービスが多いなか、なぜインフラという規模の大きな事業にチャレンジされたんでしょう。
「日本で起業するなら、やっぱり日本が抱えている人口減少や高齢化といった本質的な課題を解決するための事業をやりたいと思っていました。今は日本がこういった課題の先進国ですが、これから他のGDPの大きい国でも同じ現象が増えていきますよね。いずれは世界の課題になるということで、日本が抱えている根本的な課題の医療や介護、街づくりなどに挑戦したいと思ったんです」。
「少し穿った見方なのですが、『世の中の大半のビジネスはインフラとエンタメに大別できる』というのが自分の考え方。自分でビジネスを立ち上げるならば、規模を追求することで提供価値が上がり社会全体の底上げに寄与できるインフラを手掛けたいと学生時代から考えていました」。
「インフラと言っても、Web完結型のインフラにはDay1から世界を市場と定義する必要があり外資系企業が競合になってしまう。そんな土俵で勝負すると厳しい、という考えが企業当時はありました。だから、起業を志した当初は、リアルのインフラから勝負をしたいという考えていました」。
「ただしLuupのような交通インフラをつくるとなると、世界の競合と戦うのとは別の難しさがありました。省庁や自治体など規制当局などとの丁寧なコミュニケーションが求められます。何度も何度も話し合い、次第に賛同いただけることも増えてきました。今年は大型資金調達も行い、ようやく実証実験にまでこぎつけたというところですね」。
大規模なのに形骸化していない。千葉道場は、いい意味で「期待はずれ」
――起業家コミュニティ「千葉道場」に参加するまでの経緯について教えてください。
「国内で電動モビリティの業界に参入することを考えた時、自動運転やドローンといった類似テーマの状況を知りたかったんですが、そんなに数が多くないんですよね。千葉さんはドローンで大幅に業界をリードしている方だったので、千葉さん個人の知見をお借りしたかったという点で出資をお願いした背景があります」。
「ちなみに、この千葉道場のコミュニティについては噂で聞いてはいましたが、正直なところまったく期待していませんでした(笑)」。
「というのも、起業家の直面する悩みって、あまりにシビアな話題が多すぎて、気軽に相談できるようなものでもないんです。起業家が集まってコミュニティを作ったからといって、具体的な話はできないんだろうなと」。
「どんなコミュニティでも『うちには心理的安全性がある』っておっしゃるんですが、本当の意味でそれが築けている組織って1%もないと思っていて。だから当てにはしていなかったんです。それが蓋を開けてみたらすごく信頼の置けるコミュニティだった」。
――千葉道場には、コミュニティ内で出た話題は絶対他言しない「血判状」文化がありますよね。それがコミュニティの心理的安全性を担保しているという声もあります。
「ふだんから血判状を意識しているわけではないのですが、信頼感の醸成にはつながっているんでしょうね。『NDAを巻いたんだから絶対やるなよ』と怒られるようなルールではなくて、各メンバーが自然に性善説に則って行動している。このコミュニティで変なことをしたら、『彼は信頼できない』っていう話が出回っちゃうから下手なことはできないです(笑)。そういう意味でレピュテーションリスクを背負っているという緊張感はあります。だからこそ会社のコアになるような話も相談できるんでしょう」。
「例えば『もうちょっとで会社のキャッシュが切れそうなんです』なんて重大な話を打ち明けられたこともありました。これ、相談相手をよっぽど信用していないと共有できないじゃないですか。出回っちゃうと社員も動揺してしまいますし」。
「そういったことが話せるコミュニティであり続けられるのは、その血判状文化も含め、千葉さんや運営メンバーが気を使いながら文化を醸成してきたからなんだと思います。偶然にできるような代物じゃないと思います」。
――他にも起業家が集まるコミュニティというのはありますが、他のコミュニティの雰囲気はどうなんでしょう?
「例えば、仲の良い起業家4人から6人くらいで集まるコミュニティはいくつかあります。こちらは、仲が良いのでざっくばらんに何でも話せるものの『いつものメンバー』なので、思いがけない知見を得られるっていうのとはちょっと違いますね」。
「ほかに、出資いただいているVCさんにお願いしてその投資先を繋いでいただくことはあるんですが、これは同じ目線のコミュニティっていうよりも兄弟子とか弟弟子みたいなものです」。
「千葉道場の場合、いちいち千葉さんに紹介をお願いするというわけでもなく『千葉道場の岡井です』と名乗って、コミュニティの参加者に直接ご相談をしています。コミュニティに参加しているということ自体で信頼しあえる空気感があります」。
「60以上の企業が集まるほど規模が大きいのに形骸化していないという点で、千葉道場は特殊だと思います。本当の意味のコミュニティと呼べるのではないかと感じています」。
スタートアップ経営の典型的悩みは、ググっても解決しない。だから千葉道場の合宿に価値がある
――千葉道場では、定期的な勉強会や合宿など、起業家同士の交流の機会を数多く提供しています。岡井さんはどのように千葉道場コミュニティを活用しているんでしょうか。
「定期的に開催される合宿への参加がメインです。道場に参加されている60社以上の方がみんなで集まるなかでも参加者全員とおそらく数回は話したことがあるし、幅広い知見に触れられるチャンスだと思って参加しています」。
「自分がこれまでコミュニティに知見を共有させていただいたものでいうと、幹部の採用方法やファイナンス、あとは大手企業とのアライアンスについてなどですね」。
「当社ではありがたいことにウーバーの重役の方などを採用できたりしているので、どうやって採用したのかについて、経験をもとにお答えしたりすることもあります。また大手コンビニチェーン店さんや大阪の鉄道会社さんとの協業や連携協定など、大手企業とのアライアンスについてもお話ししました」。
「他に当社は事業会社からのファイナンスが多いので、その進め方についても当社の経験を他の起業家さんたちにシェアできていると思います。VCからの投資は事業がうまくいっていればスムーズに決まることが多いんですが、事業会社の場合はまたインセンティブが別なので独特の難しさがあるんです。どんな会社は信用できるか、契約の際に入れないほうがいい情報はなにか、どういうところを気をつけたらいいですかなど、そういう相談をいただいてお答えするケースが多いです」。
「もちろん僕からコミュニティの皆さんに相談して、教えていただいたことも多いです。最近こそ順調になってきましたが、エンジニアの採用に困っていた時期がありまして。若いときに創業したこともあって、エンジニアの友達が多くはなかったんですね。創業期の企業はエンジニアをリファラルで採用していくものなので、技術組織の作り方の相談なんかをさせてもらいました」。
――Luupさんは事業の前提として、国の規制に対応する必要がありましたよね。その対応には、千葉道場コミュニティの知見が生かされていたりするんでしょうか?
「さすがにそれは独自でやりました(笑)。逆に、後輩のために自分がその知見をシェアしていく番だと思っています」。
「現場の省庁や政治家・自治体の人たちと議論しながら、手探りで答えを見つけてきたという感じです。おかげさまで、千葉道場のなかでは、自分が一番知見を積み上げているかもしれないです(笑)」。
「千葉道場がいいのは、スタートアップが直面する典型的課題についての知見の積み上げがあることなんです」。
「ファイナンスや契約、創業メンバーや幹部採用など、そういう悩みって、ある種ほとんどのスタートアップがぶちあたる問題なんですよね。でも、そういう情報って本にもネットにも解決方法が載ってない。あの会社はあの理由で困っているという不都合な話って、重要であれば重要であるほどあんまり外に出回らないんです」。
「だから、みんなそれぞれがゲリラ的に勉強して、合っているものも間違っているものも含めて吸収して……を繰り返すのが普通です」。
「でも、それは車輪の再発明みたいなもので、効率が悪すぎる。取り組まなければならないことが山ほどあるスタートアップが、回り道しながら各自答えを探すようなことじゃないはずです」。
「スタートアップの経営にはとても大事な情報なんだけど、ネットで検索しても情報が出てこない。そんなスタートアップ経営の勘所みたいなものを相談して答えを探せるのが、千葉道場の本質的な価値だと思っています」。
「『車輪の再発明はしなくていいから、会社固有の課題はそれぞれが頑張れ!』っていうのが千葉道場ですかね(笑)」。
「ちなみに、千葉道場のいいところは他にもありますね。みんな頑張っているので、単純に元気をもらうというのもある。スタートアップの社長なんて案外澄ました顔で地獄にいるみたいな人がたくさんので、それを見て、大変なときに『ああ、みんな大変なんだな』と思ったり(笑)。いろんな境遇にいる起業家と一緒にいられるのは、それだけで価値があるのかなと思います」。
回り道でたどり着いた「ユーザー以外の声も聞く」プロダクト作り。最短距離の進み方をギブしたい
――岡井さんが今後、起業家エコシステムの一員として千葉道場にギブするとしたら、なにが貢献できそうでしょうか。
「これからのスタートアップは、既得権益がある産業に突っ込んいくケースがかなり増えていく……いえ、むしろもう増えてきていると思っています。そうなると自治体や省庁との折衝ってもっともっと増えていくと思うんですね。政府渉外・広報をしながらも良いプロダクトをつくっていくという、ノウハウみたいなものが必要になってくるんです」。
「かんたんに言うと、ユーザーの声と同時に、世間や街の声を聞いていくプロダクトづくりが必要だということです」。
「例えば、今ではアップルだって、かっこよくて使いやすいスマートフォンをつくっているだけじゃダメ。個人情報の管理だったり、いろんなことを気にしながらつくっていかなきゃいけない。あれくらいの大企業ならそれもできるんですけど、スタートアップの初期からそれを気にしながらつくるのは正直難しい」。
「それをクリアしながら良いプロダクトをつくっていくための組織づくりの壁は、大きい産業に挑戦しようと思っているスタートアップが初期段階からぶち当たっていくことになるのかなと思っていて」。
「そういうものに関して、うちがこのまま前進していけば先進事例のひとつになるんじゃないでしょうか。それに関してはもっとギブしていきたいですね」。
――その「ユーザー以外の声を聞きながら良いプロダクトをつくる」といったノウハウは、どうやって身につけたのでしょうか。
「それはやっぱり、やりながら、ですね。遠回りをした側面もあります」。
「そもそも電動キックボードは公道を走れないと安全で便利な走行条件の検証が始まらないこともあって、2〜3年前は規制当局との協議に時間を使っていたんです。ソフトウェアやハードウェア、データベースや基盤の設計とか組織づくりなど、ユーザーと世論がどちらもが満足できるものをつくるための準備をもっと早く始めておいたほうがよかったなと思いますね」。
「いろんな投資家さんや関係省庁の方に相談しながら進めてきたのですが、これには非効率なところもあったと思います。たまたま時代がよく、応援してもらえたというのもあるので、次に続く方は余計な苦労をせず、王道を最短距離で歩んで欲しいと思います」。
Luupの勝ち筋はソフトウェア × ハードウェア × データベースの最適化にあり
――マイクロモビリティが当たり前の社会にするために、これから取り組むことはたくさんあると思います。最後に、Luupが見据える未来について教えてください。
「電動キックボードについては、現在は政府の実証実験に参加中で、どこまでが安全でどこからが安全じゃないかを検証しているところです」。
「私は業界団体の会長を務めているので、業界団体全体をリードするかたちで推し進めることで、自転車や車といった既存のモビリティと比較して、どういった状況なら安全なのかを統計的に、定量的に検証していきます。それを国交省や警察庁などの関係省庁に提出して、安全な法律を定義していただくと。その土台作りをまず行う必要があると考えています」。
「電動キックボードや自転車のシェアリングって、まだ世界的にも成功モデルが生まれていないと思うんです。Luupはポートモデルを採用することで、海外の置きっぱなしモデルで繰り広げられているような競争から離れるようにしています。それが街にとって安全で、かつユーザーにとって便利なモデルになる、そう思っています」。
「Luupのポートモデルをさらに昇華させることで、世界からも『あのモデルならきれいに運用できるよね』と思ってもらえるように、世界最先端のシェアキックボード、シェアサイクルのモデルをつくっていきます」。
「これにはソフトウェアとオペレーション、データベースの3つの最適なあり方を見つけていく必要があります。例えば、機械の充電容量が総量でどれくらいになっているか、速度の偏りはないか、どこにどんなポートがあると便利かといったことをデータから導き出します。それをソフトウェア側で、ダイナミックプライシングを通して受給のバランスをどれだけ最適化できるかといった工程は、まだ世界最大手の企業でもできていません」。
「当社は、東京という世界で最も密度のある都市で、かつ最初からポートモデルで始めている。そこでの先進事例になることが目標ですね」。
「ユーザーだけでなく街のみなさんが納得してくれる`かという観点で、自分たち以上にできているプレイヤーはたぶんいないんじゃないでしょうか」。
「来年も千葉道場でインパクト賞をもらいたいので、引き続きがんばっていきます!」
編集後記
記:千葉道場ファンドパートナー・石井貴基
岡井さん、実証実験エリアの順調な拡大と資金調達、そして千葉道場インパクト賞の受賞おめでとうございます!
Luupの電動キックボードは、私もローンチ翌日に乗りました。感動のあまり思わず涙が出る思いでした。以前、シンガポールで電動キックボードに乗ってその利便性に感動した経験があるのですが、まさかこんなに早く日本でも気軽に乗れる日が来るとは、想像していませんでした。
この国の運輸や交通に関わる規制の厳しさは相当なものです。スタートアップが主導して規制が緩和される方向に動いていることは、快挙としか言いようがありません。国・自治体・住民、全方位の声を受け止めて丁寧に交渉してきた岡井さんでなければ成し遂げられない成果だと思っています。
普通は無理だと尻込みしてもおかしくない状況にあって、諦めなかった岡井さんには尊敬の念しかありません。しんどい道でもビジョン達成のために犠牲を厭わない姿勢が本当に尊いと思います。ある種、スポーツ選手を見ているようなストイックさすら感じています。
マイクロモビリティは、東京や地方の不動産価値のあり方を変える可能性すら秘めていると思います。Luupの躍進が本当に楽しみです!