乗り越えるべき【起業の壁】Chapter1 事業構想の壁(後編)
こんにちは、千葉道場メディアチームです。
千葉道場noteは、起業家コミュニティである千葉道場内の起業家が持つ経営ノウハウをもとに、日本のスタートアップエコシステムをよりよくする情報を発信しています。
スタートアップの経営では、起業後に必ず遭遇する悩みや困難、すなわち「壁」があり、それを乗り越えなくては成長が停滞してしまいます。
本連載『乗り越えるべき【起業の壁】』は、千葉道場コミュニティのメンバーでもある令和トラベルCEO・篠塚 孝哉さんのnote記事「スタートアップ経営で現れる壁と事例とその対策について」を参考に、スタートアップ経営において乗り越えるべき「壁」に注目。千葉道場コミュニティ内の起業家にインタビューを実施し、壁の乗り越え方を探ります。
本連載では起業家が直面する壁を下記の8つに分類。壁ごとに前編4人・後編4人の計8人の起業家の考え方をご紹介します。
第1回の前編は、起業家が最初に遭遇する「事業構想の壁」の乗り越え方を探りましたが、今回はその続きとなる後編をお送りします。
【今回の壁】
第1回:事業構想の壁
事業着想
市場
社名・サービス名
ビジョン・ミッション・バリュー
【次回以降の壁】
第2回:会社設立の壁
第3回:リクルーティングの壁
第4回:サービスローンチの壁
第5回:ファイナンスの壁
第6回:PMFの壁
第7回:組織の壁
第8回:倫理・ガバナンスの壁
ご協力いただいた起業家の皆さん
石井 貴基さん
千葉道場株式会社取締役、千葉道場ファンドパートナー。2012年に株式会社葵を創業、誰でも無料で学べるオンライン学習塾「アオイゼミ」をリリース。2017年にZ会グループにM&Aを実施。以降も株式会社葵の代表取締役として、グループ各社と複数の共同事業を開発し、2019年3月末に退職。同年10月より現職。
篠塚 孝哉さん
株式会社令和トラベル代表取締役社長。2020年4月から21年4月まで千葉道場ファンド フェロー。2011年株式会社Loco Partnersを創業、2013年に宿泊予約サービス「Relux」を開始。17年春にはKDDIグループにM&Aにて経営参画。2020年3月退任。千葉道場ファンド フェローを卒業後、2021年4月、株式会社令和トラベルを創業。「あたらしい旅行を、デザインする。」をミッションに海外旅行代理業を展開。2022年4月、海外旅行予約アプリ「NEWT(ニュート)」をリリース。
名越 達彦さん
株式会社パネイル代表取締役社長。2012年、株式会社パネイルを創業。次世代型エネルギー流通基幹システム「Panair Cloud」の研究開発および小売電気事業者等への業務支援などの事業を展開。
門奈 剣平さん
株式会社カウシェ代表取締役CEO。日中ハーフ。2012年より「Relux」を運営するLoco Partnersにジョインし、海外担当執行役員と中国支社長を兼任。2020年4月に株式会社X Asia(現・カウシェ)を創業し、同年9月にシェア買いアプリ「カウシェ」をリリース。
事業着想の方法
石井貴基さん(以下、石井)
きっかけは、当時子どもの学習サービスが学習塾・家庭教師以外には通信教材くらいしかなく、選択肢が乏しいと感じたことです。これはなぜだろう? と考えたときに、教育業界はテクノロジーの活用が進んでおらずアナログな世界だからではないかと思ったんです。昔から私はwebサービスを触るのが好きだったので、当時出始めていたライブストリーミングの技術を使えば、圧倒的な低価格で良質な授業を全国の中高生に届けられるんじゃないかと思って、サービスの構想を練りました。
当時参考にさせていただいたのがライフネット生命さんなどで、既存事業の原価構造を変えてしまえば、圧倒的な競争優位性を作れると思ったんです。加えていえば、学習塾という分野は比較的、開業がしやすい事業でもあり、ソフトウェアさえあれば資本が少なくともなんとかなるんじゃないか、とも思いました。
昔から「もし会社を自分が作るなら、広く世の中にインパクトを与えられて上場を目指せる会社にしたい」と思っていて。そういった観点でも学習塾市場は1兆円産業ですし、全国には中高生が600万人(当時)もいる。そこで学費とかで悩んだり諦めたりしている保護者や子どもたちのことを考えると、これは自分の命を賭してでもやる価値があるなと思った次第です。
篠塚孝哉さん(以下、篠塚)
ホテル・旅館の宿泊予約サイト「Relux」を運営するLoco Partnersを創業したのは2011年でした。当時、東日本大震災があってたくさんの方が亡くなって、社会にも悲壮感が漂う中で、自分自身が「何もチャレンジしていない」「このままでは後悔する」という気持ちを抱いたのが、そもそも起業をしようと思ったきっかけです。具体的な事業内容はまだ決めてはいませんでしたが、なにか地域活性につながることに会社として取り組めたらいいな、というミッションのイメージは自分の中にありました。
事業着想というと、原体験の必要性みたいな議論がたまにTwitterとかでも話題になったりしますが、僕はあまり気にしてないです。というのも、こういったことは「型化」するのが難しいから。過去に成功した企業の事例について分析することはできても、じゃあそれと同じことを今日やったらうまくいくかというと、それは別の話ですよね。原体験の有無というのも、原体験がある人とない人どちらにも成功事例はあるわけですから。
名越達彦さん(以下、名越):
パネイルの創業は2012年ですが、東日本大震災で痛ましい原発事故があって、エネルギー業界をよりよくする手助けができないかと考えたのがきっかけです。その後、2016年の電力完全自由化を契機として、日本初のクラウド型電力流通基幹システム「Panair Cloud」を提供するに至りました。
「自分のありたい姿や提供したい価値はそもそも何だ? その裏付けとなる原体験とは?」という問いは、明確に言語化する必要があると思っています。私の場合は、高校生の時に日本初の液晶付きデジタルカメラ「QV-10」と出会ったことでした。自分の原体験に沿って、ぶれないビジョンを語れる起業家が「ビジョナリー起業家」と呼ばれる人だと思います。ビジョンをきちんと語れる、仕上がっていることが起業家にとってはすごい大事なんです。
それと逆に、自分が「やりたくないことも」を明確にしておいた方が良いと思います。「みんなに共通する社会悪」もふくめ、自分がやらないこと、会社としてやってはいけないことを言語化して語れるようにしておくと、非常に共感を得やすく「この人はちゃんと語れる人だ」という見方もしてもらえると思います。
門奈剣平さん(以下、門奈)
僕は学生時代からスタートアップでインターンを開始し、そこでシード前からM&A後のPMIを経験したり、海外事業立ち上げの責任者を務めるなど、やりがいを感じる仕事をしておりました。中国支社長として上海に赴任していた際、「中国ビジネスツアー」と題し、日本から知り合いを招いて中国のテックの紹介を行っていたのですが、そのツアーに参加した一人が起業をするという話を聞いて。
その頃から、”起業”に対して一段と現実的に考えるようになり、2019年の終わりぐらいには起業を明確に決意しました。事業のアイデアを色々考えていた2020年の頭からコロナの波が世界を襲ってきて、自分の親も東京で飲食店を経営していたので、世の中の事業者がどれだけ影響を受けているのか目の当たりにしました。
一方世界で最もEC化が進んでいた当時の中国では、オフラインでうまくいかなくても様々なECをつかって販売する手段がある。日本でも、もっともっとECが進化することで、事業者を助けられるのではないかと思い、2020年にシェア買いアプリ「カウシェ」を創業しました。
事業着想の仕方でよく、原体験は要るか要らないか? という議論もありますけど、僕自身は「要らない」派です。僕自身は親の飲食店のこともあり、原体験はあったのですが、必ずしも、必要とは思っていません。
なぜかというと、例えば自分が抱えているペインを解決したいから起業したとしても、そのペインって必ずしも世の中に広くあるとは限らないですよね。それだったら、逆に自分にはない課題感に対する共感力を高めて、他者の課題を解決するような事業の方が、結果的には大きなヒットにつながると思います。
「市場」の考え方や捉え方、選定方法
石井
市場をちゃんと選定していた方が良かったなと、私は正直思っています(笑)。
アオイゼミの話をすると、たぶん2011年前後の資料だったと思うんですが、「子どもの学習サービスとして何を利用しているか」というデータがあって。確か中学1年生の約20%、中2で約40%、そして中3の約60%が学習塾を使っていたんです。今は多分もう少し率が上がっていると思うんですけど、つまり日本ではそれぐらい高い割合で、家庭が学習塾にお金を支払っている実態がある。
しかも年間の学習塾への支出っておよそ27万円もあるんですよ。要は、そういった学習サービスに対してこれだけのお金を払う人たちがいるという意味で、可能性があるんじゃないかとは当時思いました。ただ、当時はIT教育、オンライン学習というものはほとんど無かったので、そこに関しては全くの未知数でした。
篠塚
重要なのは「登場人物」「関係性」「お金の動き」の3つだと思っています。自分たちの事業やサービスに法人・個人含めどのような「登場人物」が関与しているのか、そういった人物がどのような形で「関係性」を持っているのか。その関係性を理解した上で、「お金の動き」という線を引っ張った時にどういった形や規模になるのかを考える。それこそが市場の形や規模になるはずです。
名越
「数年間この領域で戦い続ける」と心底惚れ込めること、ピボットを前提に領域選定しないこと、「(一時的に)付き合う相手」ではなく「結婚前提にする相手」だと思って選定すること。この3つが市場選定においては重要です。「ちょっと付き合ってみよう」っていう程度の市場選定では、やっぱり起業家としてちょっと見透かされやすいんですよね。そうではなく「俺はこの領域と結婚するんですよ」ぐらいの宣言ができる起業家の方が、他のステークホルダーから見て魂を持ってる感じがして、「ついていきたい!」と共感いただけると思います。
門奈
「市場」については他の方が言っているのを聞いたことがあって、以降ずっとこの話をしてるんですけど、小さな池で釣りをしているのか、大海で釣りをしているのかという違いの話だと思っています。釣りが下手な人でも大海に出て行けば、竿が弱くてある程度適当に振ってても魚群に当たることがあるかもしれない。逆に、釣りが上手で竿も良いのに、小さな池だから魚が全然いなくて釣れない、ということもあるわけです。池なのか、川なのか、海なのか。どういう場所で勝負しますか? という話だと思っています。
社名やサービス名のつけ方
篠塚
最初に創業した「Loco Partners」という社名は、「地域のためになることをやりたい!」という想いをベースに作った名前です。「Loco」というのはハワイ語で「ローカル」という意味なんです。一方、次に起業した「令和トラベル」というのは、時間が無い中で「どうせ後で変えるだろう」と思って適当につけてしまった、というのが半分。もう半分は一応「令和時代を代表する旅行代理店になっていきたい」という想いからつけています。
ただ、社名やサービス名についても、例えば社名とサービス名は一致させた方が良いとか悪いとかの議論がありますが、僕の中では正直どっちでもいいという気分です。現に、サイバーエージェントやDeNAのように一致していないところもあれば、GREEのように一致しているところもありますし。
もっといえば、社名なんて結局なんでもよくて。それより重要なのはカスタマーやクライアントさんがちゃんと付いてきてくれるかどうかです。「Facebook」という名前だって日本で流行り出した頃は評判は良くなくて、それよりも「MySpace」の方がかっこいいとか言われてましたし。それこそ「令和トラベル」も当初は「ダサい」とばかり言われてましたが、今になって資金調達に成功したりすると「センスの良い名前ですね!」なんて言われたりする。要は、名前自体に箔がつくのではなく、結局は勝ったものの名前がかっこいいんです。ネーミングはもちろん大事ですが、そこのところの順序はちゃんと捉えた方が良いよ、という話です。
門奈
創業当時につけた「X Asia」という社名は、10年後や20年後くらいには「アジア」を主語として話すのが普通の状態になったらいいという想いでつけました。今の社名でありサービス名でもある「カウシェ」は「買う」と「マルシェ」の結合ですが、テクニカルなことも考えてつけました。他所と被らないこととか、呼びやすさとか。濁音が入っていないことで「重たさ」を感じない工夫もあるんです。
ビジョン・ミッション・バリューの決め方
石井
僕自身は、大学の時の体験がビジョンやミッションの重要性に気付くきっかけだったと思います。私は地方大学出身なのですが、学生時代にフリーペーパーを立ち上げました。その時、私はなんの実績もなかったので、一緒にフリーペーパーを作ってくれる仲間や、出稿してくれるクライアントさんなど、いろんな人を巻き込む必要があったんですね。その時、地域活性化という「大義名分」があった方が人々を巻き込みやすいんじゃないかと思ったんです。
実際にフリーペーパーのミッションを事あるごとに言い続けた結果、応援してくれる人が増えていった。なので葵を創業するにあたっても、もう起業前から「高品質な教育を圧倒的な低価格で届ける」みたいなワードを作っていました。
やはり、高い目標や高い志を掲げていると、応援してくれる人は増えていきます。しかも、お金がかかるものでもない。なによりビジョンやミッションというのはすごい力というかモメンタムになる。そういった意味でビジョンやミッションというのは重要だと思います。
篠塚
まず、ビジョンやミッションは基本的にあった方が良いと思っています。スタートアップの8つの壁というように、起業では本当に色々なトラブルが起きます。そういった時に「北極星」となり得るもの、「いやでも、うちのビジョンはこれだから!」といった具合に、ちゃんと戻ってこれる場所があることは、とても大事なんです。そこがブレてしまっている会社ほど、やはり脆さや弱さがあるようには感じます。
ビジョンやミッションを決める際には、メンバーでちゃんと議論を尽くした方が良いとは感じます。というのも、組織全体に定着しているかどうかがより重要なんです。そう考えると、やはり基本的にはコロコロと変えるものではないし、「なぜそれを定めたのか」という信念の部分を大事にしなければなりません。また、ビジョンやミッションを定めた後も定期的に研修などして振り返ったり、日々の業務の中で触れる機会を設けるなどして、組織内にインストールする必要がある。そのためにも、やはり創業メンバーやマネジメントレイヤーが、ビジョンやミッションを一言一句間違いなく、完全に理解していることが大事です。
名越
ビジョンやミッションは起業家にとっては「夢」のブレイクダウンに近いと思っています。「夢」という個人のビジョンを、いかに会社のビジョンやミッションに繋げていくか。まず初心として個人のビジョンを、書き留めるレベルで良いので書き起こしてみる。これが原型。そこから少しずつブラッシュアップを重ね、ちょうど1人目の社員が入社する頃までに会社のビジョンとして仕上げていました。そうすることで1人目の社員を入れたタイミングから、ある程度成熟したビジョンやミッションのもと行動していけます。
ビジョンやミッションが会社にあることでステークホルダー、特に社員やその家族に対して一貫したメッセージを発し続けることになり、そういった人々を巻き込める利点があると思っています。これを「巻き込み力」と私は呼んでいて、実は能力の高い人材ほど、そういったビジョンやミッションを比較し考慮した上で会社を選んでいることが多いんです。
確固たるビジョンやミッションがあることで「俺はここを選んだんだ」っていう納得感が生まれやすいのでしょう。ここ数年、そういった「働く意義」に対する若者の感度は非常に高まっていますから、そこに対する求心力という意味でも、やはりビジョンやミッションは大事だと思います。
門奈
ビジョン・ミッション・バリューは今のスタートアップにとっては義務教育のように必要であると思っています。ある種、一つの国のように会社を作っていくときの法律・道徳規範といった共通認識を定義しているようなものですから。私達はカウシェのサービスを作る前にビジョンを作り、サービスをローンチした後にミッションやバリューも決めました。
ビジョン・ミッション・バリューを作る時には、信頼できるメンバーと一緒につくるのが良いと思っています。ビジョンやミッションを作ると制約になってしまって、出来ないことが増えてしまうと思いがちですが、実際に作ってみるとやはりあった方が強いと感じます。やらないことを決めていた方が、組織としての結束が保たれやすく、同じ方向に向かって回転していきやすいからです。
「事業構想の壁」の乗り越え方に見る相違点と共通点
起業家が語る“スタートアップの8つの壁”、第1回として起業家が最初に遭遇する「事業構想の壁」について、前後編あわせて8名の起業家の話を紹介してきました。
例えば「事業着想の仕方」において、原体験をベースとして事業の中身を着想をした起業家もいれば、「大きなことをしたい」という気持ちから原体験とは無縁の事業を着想した起業家もいます。
ひと言で「起業家」といっても、考え方やその原点は実に多様です。そもそも「方法」「考え方」「決め方」などに当てはめようとすることの意義を考える必要性を改めて気付かされた気がします。
そういった中でも、例えばビジョン・ミッション・バリューの意義として多くの起業家が「組織全体の方向性を統一させること」「判断に迷った時に、軌道修正の軸となること」「ステークホルダーを巻き込めること」を挙げているなど、共通して重要だと認識されている事項もありました。そういった点は重要な示唆だと言えるでしょう。
第2回では「会社設立」がテーマです。起業のファーストステップである会社設立には、どのような「壁」が立ちはだかるのか? 実際に経験してきた起業家ならではのエピソードをぜひお楽しみに!
文:小石原 誠
編集:西田 哲郎