ラブホの正社員12日目
卒業式には出ただろうか。僕は出た。親が出ろとうるさかったからだ。高校の卒業式に出たくなかったのは、その後のメインイベントである焼肉とかボウリングをみんなでやるというワイワイしたムードが苦手だったからだ。僕は大学に行っていないけれど、大学にも卒業式が存在するらしい。僕のラブホの近くにある大学では、女子は振袖を、男子はスーツを着てキャンパスの入り口で写真を撮ったりしていた。その日の15時ごろからラブホは人生の一大イベントを終えた大学生でそれなりに混雑し、誰も入るけはがなかった部屋の空室を埋めていった。その中にとんでもない忘れ物があった、今日はそんな話だ。
時刻は17時頃、場所は308号室のベッドの上である。入れ物に入ってはいるが振袖だ。僕は成人式に出たことがなく振袖を実物でみたことがないので定かではないが、これはおそらく振袖である。詳細な確認のために黒い入れ物を開けると、中のそれは透明に近い白に染まっていた。男の僕にはわかる。これは精子だ。これを着てプレイしたんだろうな。そんな想像が勝手に頭をよぎる。これをどうしたらいいんだろうか、とりあえず現状の状態で保管することにして、フィリピン人のおばちゃんと共に休憩室へ運んだ。ラブホテルでは客の個人情報を管理する術がメンバーズカード以外にないので、これが誰の振袖で、いつ引き取りに来るかはわからない。だが彼女は帰宅してしばらくすれば確実に忘れ物に気が付くはずである。時にはきっと財布や携帯電話より大事なもののはずである。仮に祖母から代々受け継がれたものだったなら大惨事だろう。春と共に家を勘当され、彼女自身も別れの季節の洗礼を浴びてしまうかもしれない。そんなことになれば僕はどこか後味が悪いまま過ごさねばならない。それはとてもゾッとすることである。たかが落とし物でこんな気持ちになる自分の感受性や想像力を愛すべきだと感じつつも、考えすぎて嫌になる。僕は夜勤の方々にこの問題を託して帰宅し、続報を待つことにした。
結局その日の夜にその忘れ物が振袖でないことが判明した。ドンキより少しいいアダルトショップで売られているコスプレ衣装らしい。僕は知らなかったのだが、実際の振袖はもっと大きくて重いものらしかった。歴戦のマダムたちがそう教えてくれた。全然振袖を着ている姿が想像できない彼女らが僕に振袖とは、を力説するので笑いを堪えきれなかった。それは同時に彼女が大事な振袖を忘れたことによって実家を追い出されたりすることがないという安堵感を僕にもたらした。コスプレを引き取りに来るついでにまたおいで、卒業おめでとう。
それにしても、最近のコスプレ衣装の精巧さにはなかなか驚かされる。僕も恋人に着せてみようかな。高校の制服やリクルートスーツ、体育着や童貞を殺すニット。可能性は無限大だ。僕の未来はまだまだ明るい。
甘いもの食べさせてもらってます!