夏の朝はアオ色
「なにしてるの?」
しまった見つかった。
自室で仕事のやりとりをしていた筈のハルが戻ってきていた。時刻は深夜三時半、夏の夜は朝に変わろうとしている。
「透矢、なにしてるの?」
ぺたぺたと裸足でフローリングを歩く音。繰り返された言葉にようやく俺は振り向いた。
「月見酒、してる」
俺とハルの寝室はダブルベッドひとつで窮屈に感じるほど狭い。窓際のほうに腰かけて、こっそりキッチンで作った酒のグラスを月明かりにかざして見せた。ハルとの同棲初日に勢い込んで買ったバカラのロックグラスの中身はお決まりの桂花陳酒で、ひと口すするごとに華やかな香りが身体を満たす。
こんな時間におれを置いて、と言いたげなハルは外国人みたいに大袈裟に肩を竦めてそれを表してみせる。
「ひとくち」
ベッドに這い上ってきたハルが俺の手からグラスをさらっていく。宣言通りひとくち飲んで、うっとりした顔で金木犀の香りを楽しんでグラスが返ってくる。Tシャツに短パンの寝巻き姿だと、ハルは中学生くらいに見えた。
窓際のベッドに座ると、ちょうどよく月が見えた。満月に少し足りない、中途半端だけど夏の夜明けに眩しく光るお月さま。
「仕事終わったん?」
「うん。仕事って言ってもだったし」
俺の関西弁とハルの関東弁がちょうどよく混ざる。まるできっちり分量を測って作られたカクテルみたいに、なんて少しアルコールの回りかけた頭で思う。
少し目を離した隙に、夏の夜空はみるみるうちに白み始める。深い紺色だった空が、すでにあざやかな青色に変わっていた。
空の色は不思議だ。世界の色も、空気の色も全部塗り替えてしまう。
「あおいね」
「な、あおいな」
この時間だとまだ風は涼しい。ふわりとカーテンを揺らす風が網戸越しに入ってきて、ハルが気持ちよさそうに目を細めた。その顔が猫みたいでかわいくて、俺はちいさく笑ってしまう。
空気がたっぷり青色を含んで揺れている。少し大きな声を出せば弾けてしまいそうで、二人ともひっそりした声で話していた。
「透矢、今日朝から出かけるんじゃないの」
「んー、もう起きてようかなあと」
「大丈夫なの」
「たぶん」
隣にぴったりくっついてきたハルが呆れたと溜め息を漏らす。ゆらゆら上半身を揺らしてやったら、ハルとグラスの中の桂花陳酒が一緒に揺れた。