【コラム】チェンマイのインターネット|20年の変遷
はじめに
スマホ、PCやテレビを使うために不可欠なインターネット。ネット環境を整えることは、生活の質を豊かにする上で非常に重要な要素になっています。
タイのインターネット速度は、Speedtest Global Indexによると、2023年のタイの平均ダウンロード速度は約60Mbpsに達し、アップロード速度も約30Mbpsとなっており、東南アジア地域においても比較的高水準にあります。
これは、チェンマイでも同の様レベルとなっております。近年はデジタルノマドやリモートワーカーにとっても人気の高い都市となっているチェンマイ。その理由の一つが、比較的安価で高品質なインターネットが使えることです。
本記事では、現在までのおよそ20年のチェンマイのインターネットの変遷をまとめています。
当時を知る方にも知らない方にも、興味深い内容となっております。
【2000年代初め】
筆者がチェンマイに来た頃の2000年代初めは、高速インターネットは存在せず、電話回線を使った低速のダイヤルアップ接続しかありませんでした。1枚の写真を送るにも数分かかっていたほどです。
その後、電話回線である程度速度の出る「VDSL方式」が普及し始めて、街中にもインターネットカフェが少しずつ増えてきました。
2010年代になると、ADSLで下り10Mbps・上り5Mbps程度のスピードで一般家庭にもインターネットが徐々に普及し始めました。
2015年ごろまでに、チェンマイで暮らす日本人のロングステイヤーや駐在員家族、現地在住邦人のほとんどが、自宅にインターネットが利用できる環境を整えてるようになりました。
当時、国営のTOTと民営の3BBがシェアを多くを握っており、どちらも回線速度下り10〜15M・上り5〜10Mbps程度で月額600〜900バーツの価格でした。
【光ファイバーで先行したTrue】
そしてその頃、セブンイレブンを展開するCPグループ傘下の「True」が、北タイで初めて光ファイバー回線のインターネット・サービスを開始しました。
当時Trueは「True Vision」という衛星放送でのテレビ配信で大きなシェアを握っていました。チェンマイのアパートやコンドー・一軒家に数多くのパラボラアンテナが設置され、有料放送で数多くのテレビチャンネルが放送され、自宅でエンタメを楽しむ方法の一つとして確立されていました。
「True」の母体であるCPグループは豊富な資金力があり、携帯電話・モバイル通信の「True Move」も運営しています。インターネット・サービスも「True Online」としてADSLのサービスを行っていましたが、ここで画期的な方針転換が行われました。「True Vision」のテレビ放送を、衛星放送ではなく、新たに整備した光ファイバー回線で配信し、「True Move」のスマホ回線と合わせた新しい「True Online」のサービスがスタートしたのです。
無料通話と4Gモバイル回線のSIMカードと、True Visionの有料テレビ放送を含み、下り30M・上り10Mbps程度の速度の光ファイバー回線で、最安値が700THB程度。
このお得なセット販売が大々的に行われました。
当初はチェンマイや隣県ランプーンで、主要幹線道路の近くから一軒家や工場などをターゲットに整備されていったため、市街地や賃貸物件は後回し。
タイ人やタイ人配偶者のいる外国人の家庭では、Trueは非常に有力な選択肢となりました。
結果として、北タイではTrueは光ファイバーのシェアを取りこぼす原因にもなりましたが、この時期に利用開始した人はSIMカードの電話番号が変わる煩わしさを避けるためにTrueを使い続ける場合が多いです。Trueの囲い込み戦略は一定の成果を上げているのは間違いないでしょう。
【ゲームチェンジャーとしての役割を果たしたSiNet】
Trueの光ファイバー・セットが普及していく中、殴り込みをかけてきたのが新興の「SiNet(サイネット)」でした。SiNetはアパートやコンドーなどの集合住宅、しかもチェンマイ市街地にターゲットを絞り、下り30M・上り10Mbps程度の光ファイバー回線を月額約600THBで展開しました。
ちょうどTrueが後回しにしていた層、古いVDSL方式(ADSLとほぼ同じ)での下り10M・上り5Mで月額約600THBの3BBを完全に狙い撃ちしていました。
SiNetが上手かったのは、受付可能な実店舗を同時に増やしたことです。誰もが行くようなデパート、Kad Suan Kaew(2022年7月に閉店)やセントラル・エアポート・プラザ、MAYAなどに窓口が増えていきました。
しかもSiNetは、当時1年縛りかつ外国人は6ヶ月料金前払いが当たり前だったところを、縛りなし(初期費用あり)・単月払いOKで展開したのです。
当然SiNetはシェアを伸ばし、3BBの牙城をみるみる崩し始めました。また、SiNetは低価格を売りにし、低速で最安値300THBのプランを作るなど、価格破壊を行いました。まさに、Sinetはゲームチェンジャーだったと言えます。
【各社の光ファイバー導入の動き】
3BBは危機感を覚え、慌てて従来の料金・約600THBで下り30M・上り10Mへとアップグレードしました。しかし、まだ回線はVDSL。一軒家はTrueに、集合住宅はSiNetにシェアを奪われ、2016〜2018年ごろまでは3BBはかなり厳しい戦いに晒されていました。しかし、ここで挫けなかった3BB。独自の光ファイバー回線網の整備を急ピッチで進めました。
一方、国営企業であるTOTは、完全に出遅れました。主要幹線道路沿いはTrueに抑えられ、市街地はSiNetにシェアを奪われ、同じくシェアを分け合っていた民間企業の3BBに比べて、光ファイバー網の整備は遅れました。他社が後回しにしていたチェンマイ郊外などの地域で、既存のADSL回線顧客を光ファイバーにアップグレードするなどして一定のシェアを確保することしかできませんでした。
また、シェアを握っていた期間、国営ブランドに胡座をかき、カスタマーサポートは劣悪でした。スタッフは顧客に横柄な態度を取ったり、いかにもお役所なイメージがタイ人にも浸透していたこともマイナス点でした。
2021年1月、TOTは同じく国営企業であるCAT Telecomと合併し「NT(National Telecom)」となりました。(参考:日本経済新聞)
「21年内にタイの通信会社3位を目指す」という目標が掲げられ、5Gモバイル回線の整備も進められましたが、いまだにチェンマイでのインターネットおよび携帯電話のシェアを握ることはできていません。これからもできないでしょう(一部のモバイル回線は民間の他社に貸し出すなどしているようです)。
【光ファイバー・シェアの奪い合いと3BBの復権】
3BBは2018〜2020年ごろまでに、光ファイバー回線をチェンマイのほぼ全域で整備してきました。その頃にはAIS Fiberも進出していましたが、彼らは専用の窓口を作らなかったため、大きな動きにはなりませんでした。AIS FiberはバンコクのシェアをTrueとしのぎを削っており、北タイまで手が回らなかったのかもしれません。
3BBは価格こそ従来の約600THBから下げることはしませんでしたが、その代わり回線速度を50Mbps→100Mbps→300Mbpsとどんどん上げていきました。SiNetも30M→50M→100Mとアップさせていきましたが、3BBが遅れた分を取り返すべく攻勢をかけ、サービス面での充実度・安定度を増し、もともと持っていた営業力を生かしてSiNetに取られたシェアを取り戻していきました。
Trueは、北タイである程度のシェアを握りましたが、集合住宅へのアプローチが遅れたことで、SiNetと3BBの間に入っていくことはできず、一部のコンドーやサービスアパートへの普及に留まりました。TrueもAIS Fiberと同じく、バンコクでのシェア獲得に重きを置いていたようです。現在、AIS FiberとTrueがバンコクの集合住宅のシェアを握っています。
後発のAIS Fiberは、3BBやSiNetが手を伸ばしていないところに目をつけてシェア獲得を目指しました。2017年頃から急速に起こったカフェブームに乗じて、多くのカフェに低価格でサービス提供していったのです。また、チェンマイ市内の新築コンドーやチェンマイ郊外のドイサケットやサンカンペーンなどで新たに建設されたムーバーン(集合住宅地)にアプローチするなど、地道な営業を行なっていきました。
ただ、携帯電話のAISショップと全く連携はされず、AISだからと思って携帯ショップに行っても受付してくれず、下請けの業者を紹介されるという形だったので、一般顧客の信頼を獲得することはできず、シェアは伸び悩んでいます。
【各社の棲み分け・安定期へ】
このように、チェンマイにおけるインターネットの健全な競争は激しく、各社それぞれに魅力ある価格帯・パッケージ・サービスを提供するようになりました。
そして2020年頃には、3BBがシェア筆頭に返り咲き、Trueは主にタイ人の中流以上の家庭の一軒家、SiNetは短期滞在や低所得層、AISが新興住宅・TOT(NT)は郊外などに住む従来のユーザーと、棲み分けができていました。
そしてコロナ禍が世界を一変させました。チェンマイも同様でした。外国人旅行者や短期滞在者が激減したことで、低価格かつ短期契約を売りにしていたSiNetは非常に苦しみました。コンドーのシェアを握っていた3BBも同様。両社の受付窓口はみるみる少なくなりました。「STAY HOME」で自宅でのエンタメのニーズが高まっていく中、先行のTrue同様、各社すでに民放や一部の有料チャンネルを光ファイバー配信を行っていましたが、その流れが加速。現在ではほとんどのインターネット・プロバイダーがテレビとのセット販売を行っています。
コロナ禍が明けた2022年半ば以降、インターネット各社はそれぞれの特色を生かしつつ共存しており、そこまで競争は起きていない様子です。
高速ネットのカフェがたくさんあり、低価格で安定したインターネット環境が整っているチェンマイは、多くのノマドワーカーが訪れるようになりました。
そこに至るまでは、こうした変遷があったのです。
最後に、今後の予想ですが、各社のサービス向上はこれ以上の伸びしろは、5Gモバイル回線網の普及に左右されると思われます。
日本でいうところのソフトバンクAirのようなホームWi-Fiが、モバイル回線を通じて提供されるようになるのではないかと予想します。
ただ、モバイルは天候に左右されやすい不安定な回線であることから、そのシェアは限定的なものになることでしょう。
今後の発展に、目が離せません。