第123話「進路相談」
進路相談の時期になった。
この時期、卒業を間近にした生徒達は自分達の師匠だけでなく学院によって指定された教員と各々進路について話し合うことになっている。
リンとテオにも面談の日程と担当教員について書かれた紙が配布される。
「げっ、担当者グラントかよ」
テオが配布された用紙を見て顔をしかめる。
「あはは。ドンマイ」
「チッ。リンお前は誰?」
「えーっと、あ……」
リンは書類を見て青ざめた。
彼の担当教員はラージヤだった。
リンは緊張しながらラージヤと面談するための教室に向かう。
途中でユヴェンに声をかけられた。
「ちょっとリン」
「あ、ユヴェン。どうしたの?」
「聞いたわよ。あんたラージヤ先生に面談してもらうんですってね」
「う、うん」
(なんで知ってるんだよ……)
「ちょっとこっちに来なさい」
ユヴェンはリンを物陰に連れ込んだ。
「ずるいじゃないの。あんただけ元700階層の先生に面談してもらえるなんて。私なんて200階にも行ったことない奴よ」
「いやズルいとか言われても……」
「まあいいわ。それよりも私のことについてもラージヤ先生に聞いて欲しいの。どれだけ才能があるか」
「いや。でも君、つい先日ラージヤ先生に怒られたばっかじゃん」
「分からないじゃないの。一見分かりづらい才能があってもみんなの前だから面と向かって褒めずらかったのかもしれないじゃない」
「お、おう」
(すごいメンタルだな。あれだけ言われたのに)
「きっとあの人シャイなんだと思うわ。本人に面と向かって本音を言えないというか。とにかく私に何か眠れる才能があるかもしれないでしょう。聞いてきて。いい?」
リンは正直なところ自分のことで精一杯で、ユヴェンの要望を聞いている余裕なんてなかったが、彼女に強く押されると逆らえなかった。
しぶしぶ彼女のことについても聞くことに了承してしまう。
「さて始めようか」
リンはラージヤを前にして緊張した。
改めて彼の威厳に満ちた態度に晒される。
どれだけ落ちぶれたと言ってもやはり以前700階層まで到達した人間だった。
リンは彼の前に座ると自分がより一層小さくなったような気分になった。
「君は今後どういう進路をたどるつもりかね」
「えっと、あの……」
リンはまごつく。
「なに。遠慮する必要はない。希望するだけなら君の自由だ」
「は、はい」
「それとも私の前で言うのが憚られるほどの野望を持っているというのかね?」
そう言ってラージヤはニヤリと笑う。
リンは意を決してしゃべることにした。
「あの、僕は塔の頂点、『天空の住人』を目指しているんです」
ラージヤは苦笑を浮かべる。
「なれると思っているのかね?」
「それは分かりません。難しいのはわかっています。でもどうにか立派な魔導師になりたくて」
「……」
ラージヤは黙りこむ。
「あの、やっぱり僕では難しいでしょうか」
「そうだな」
ラージヤは黙り込んだ。
重苦しくて気まずい沈黙が部屋を支配する。
「あの、忌憚のない意見を聞かせてください。僕が何階層まで辿り着けるか。先生の意見が聞きたいんです。700階層まで行った先生ならある程度わかるはずでしょう?」
「……」
ラージヤは腕を組んで目を瞑り考え込むような仕草になる。
「あの……、先生?」
リンが恐る恐る声をかけるとラージヤは弾かれたように立ち上がった。
「いいだろう。君の資質を見定めてやろう。1時間後、建築魔法の教室に来なさい」
「教室に?」
「もうすぐ自由課題の提出時期だ。君の才能を測るのにちょうどいい。今から教室で自由課題の製作を行ってもらう」
「い、今からですか?」
リンは突然の展開に緊張していた心がさらに緊張してきた。
リンは自分の作品を完成させるために必要な資材を持って教室に向かった。
教室ではすでにラージヤが待機していた。
「すみません。待たせてしまって」
「気にしないでいい。さあ、始めたまえ」
「はい」
しかしここで、リンは助手がいないことに気づいた。
「どうしたのかね?」
「すみません。助手を頼むのを忘れていて……。今から呼んできます」
リンは頭の中で誰に頼むべきか考えてみた。
今時間が空いてるのは誰だろう。
テオもユヴェンも面談中だ。
アルマにでも頼むか。
シーラやアグルは捕まるだろうか。
最悪、ケトラやシャーディフに頼むしかない。
「時間が惜しい。私が君の助手を務めよう」
「えっ? 先生がですか?」
「私では不服かね?」
「あっ、いや、いえ。そういうわけでは」
「では始めよう」
「……はい」
リンはすっかり恐縮しきってぎこちない動きで準備を始める。
「では課題の製作を始めます。僕がこれから作るのは巨人『クリューサオール』です」
「ふむ。巨人か。メデューサの腕はあるのかね?」
「はい。ここに」
リンは帽子の中から青銅の腕を取り出す。
「では。まず骨組みから始めます」
リンは設計図を取り出してラージヤに指示を出す。
ラージヤは淡々とリンの指示通りに動いた。
『圧縮瓶』の中で組み上げられる木の骨組みは、マッチ棒で作ったジャングルジムのようだった。
着々と人型が完成していく。
「先生。何か問題はありますか?」
「いや。問題ない」
「では続けて外装を整えます」
作業はしばらく何の支障もなく進んだが、ふとラージヤが手を止める。
「? どうしました?」
「脇腹の部位にヒビが入っている」
「げっ、致命的な欠陥ですか?」
「いや接ぎ木をすれば問題ない」
リンはほっと胸を撫で下ろした。
「では一時的に『物質生成魔法』で補強をお願いします」
そう言うとラージヤは少しの間、黙り込んだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
ラージヤは『物質生成魔法』を使わず、代わりに『位相魔法』でひび割れ周辺の木の位置を立体的に固定した。
(ほえ〜。『位相魔法』にこんな使い方が。やっぱり元700階層の魔導師だけあって色々な方法を知ってるんだな。でも何で『物質生成魔法』を使わないんだろう)
リンは疑問に思ったが聞かないでおくことにした。
今は作品を完成させることが先決だった。
その後は滞りなく作業が進んだ。
巨人の模型が完成する。
最後にリンは『青銅の腕』を溶かして建物に注ぎ、『メデューサの血』を2滴垂らした。
血は巨人の瞳になる。
呪文をかけると青い肌に赤い瞳の巨人『クリューサオール』が完成した。
リンは何事もなく作業が進んでホッとする。
終始緊張しながらの作業だったが、それでもミスなく終えることができた。
リンとしてはこれまでで最高の出来だった。
ラージヤのサポートのおかげだと思った。
やはりその道の専門家が助けてくれるのとそうでないのとでは全然違う。
「完成したようだな」
「はい。あの……どうでしょうか」
「そうだな」
ラージヤは椅子に座ってパイプを燻らせ始めた。
何か言葉を探すように目をつぶって黙り込む。
リンは緊張しながらラージヤからの評定を待つ。
「君の成績は見させてもらったよ」
ラージヤはおもむろに話し始めた。
「はい」
「そして君の身分についても」
リンは久しぶりに身分に言及されてギクリとした。
「頑張っていると思うよ。実際、親の援助も無しにここまでのスピードで進級したのは大したものだ」
リンは顔を明るくする。
「じゃあ……」
「だが所詮優等生止まりだ。秀才にすぎん」
「……」
「『天空の住人』はおろか500階層に辿り着くこともできんだろう」
「……やっぱりもっと努力が必要なんですかね。例えばティドロさんのように努力すれば……、あるいはクルーガさんのように強くなれば……」
「いや、そういうことじゃないんだ。確かにティドロやクルーガは努力家で行動家でもある。しかし私から見ればティドロやクルーガも君と大して変わらない。私からすればあの二人のやっている事も頓珍漢に見えるのだよ。なぜ塔の補強のためにミスリルを使うんだか……」
ラージヤは未熟な若者の不器用さに微笑ましい視線を送る大人のような表情を浮かべた。
「君は確か始め飛行船の製作を自由課題にしていたと思うが、なぜ巨人に変えたのかね」
「それは……今の僕には飛行船は無理だと思って……」
「まあそういうことだ。君には平凡な才能しかない」
「平凡……ですか?」
「ふっ。今時、地方の雇われ魔導師でも100階を超える建物を建てる者はざらにいる。それに比べて、君の作った巨人がどれほどのものだというのかね。100階の建物に比べれば小人に過ぎない」
「……」
「世の中、努力でどうにかなると無責任に言う者もいるがね。努力ではどうにもならないこともある。天才になるには資質が重要だ」
ラージヤは自らの腕を見る。
枯れ果てたようにシワだらけの腕だった。
「魔法の才能は20代の中頃でピークを迎える。30代を超えると体力とともに魔力が衰え出して、それまでのように自由が利かなくなってしまう。40代を超えるともはや新しい魔法を覚えるのは不可能だ。結局のところ10代までに身につけた技術とセンス、思考力がモノをいう。つまりは資質だ」
「その資質っていうのはどこに行けば身につけられますかね」
リンは食い下がるように言った。
ラージヤは苦笑した。
「さあね。私も教えて欲しいくらいだよ。とにかく私に分かるのは君には才能がないということだけだ」
ラージヤはパイプを咥えて煙を吸った。
紫色の煙が天井に向かって吐き出される。
「私も若い頃は期待されていてね。ちやほやされて、そのうちに自分の実力と才能を勘違いしてしまった。自らの魔力の衰えを認められずズルズルと惰性で上を目指し続けた。心のどこかでは自分の限界がわかっていたんだ。しかし認めるのが悔しかった」
「……」
「そうやって夢中で走っているものだから冷静な判断もできない。『物質生成魔法』の重要性に気づけなかった。『物質生成魔法』に関して私の力は君にも劣るだろう。途中からは分かっていたんだ。自分には『天空の住人』に到達する才能がないことくらい。しかしそれを認められず借金までして投資し続け、その挙句このザマだ。全てを失い、魔導師協会に買われ、今ではアルフルドの雇われ教師に身を費やす日々だよ」
ラージヤはパイプに溜まった灰を床に落とす。
灰はたちどころに妖精によって片付けられる。
「君達の世代で500階層までたどり着く資質があるのはイリーウィアとテオくらいのものだろう」
「テオが?」
「ウィンガルド王室の英才教育によって感性を磨かれたイリーウィアはその天性の資質を遺憾無く開花させている。建築家の父と商人の母の元に生まれたテオは地に足のついた発想力を身につけている。今期私の授業を受けている生徒の中で500階層に辿り着けそうなのはこの二人くらいだ」
「そんな……。有望な人はもっといるでしょう? 例えば……」
リンは一人一人自分が注目している学院魔導師の名前をあげてみた。
ラージヤは一人一人の長所と短所を指摘してみせる。
それらは全て納得のいく説明だった。
特定の生徒ばかりを見ているかのように思われたラージヤだったが、意外と教室全体のことを見ているようだった。
「あ、じゃあドリアスさんは?」
リンは名前をあげたあとで、ドリアスがこの授業に参加していないことに気づいたが、ラージヤはチェックしていたようだった。
「ドリアスは特別だ。彼はあの年頃の少年にしては珍しく自分の才能と実力を自覚している。大抵の者は自分の器量を見極められず自滅するのだが彼は自身の進むべき方向と課題を正しく見定めている。まごう事なき天才だ。おそらく1000階層『天空の住人』にたどり着くだろう。500階に辿り着けそうなのはこの三人くらいか」
「三人……それだけですか?」
「この塔はね。必要以上に魔導師を集めすぎているんだよ。たった一握りの天才を見つけるために。昔は塔で通用しなくても地方に仕官すれば食っていけたものだ。しかし今はもう地方にも魔導師はあぶれている。なんのツテもない者が地方で魔導師として活動することは難しい。じきにこの塔においてさえ魔導師があぶれるようになる。今は期待の新星としてチヤホヤされている貴族の子弟達。彼らもいずれは思い知るだろう。決して努力や身分では辿り着けない才能の塊、化け物がこの世に存在するということを。そしてその時ようやく悟るのだ。今まで自分がここまで来れたのは自分の力ではなく親の力だということを」
ラージヤは深いため息を吐いた。
「君は何か魔導師の働き口、ツテはあるのかね?」
「えっと。ウィンガルドの騎士団にならないかって……」
「その話に乗るべきだ。過ぎた待遇ということはわかっているんだろう?」
「……」
「君が授業で作業しているのを見ていたが……真面目さ以外何も感じられん。そして君には援助してくれる親もいない。到底、卓越した成果を残すことはできんだろう。悪いことは言わない。この塔を去りなさい。私も若い頃は頂点を目指すことだけを考えていたがね。この塔だけが人生の全てじゃないんだ。私にももっと早く誰かが同じことを言ってくれていれば……」
そこまで言ってラージヤは紋様時計に目を落とした。
「少し余計なことを話しすぎたな。面談はこれで終わりだ。失礼するよ」
ラージヤは立ち上がってドアの方に向かう。
「あっ、待ってください。あの、ちなみにユヴェンはどうですか。ユヴェンの才能は……」
「話にもならん」
ラージヤは振り向くこともなくピシャリと言った。
ドアが閉められる。
リンはしばらくその場に佇んだ。
リンが教室を出るとユヴェンとテオが待っていた。
「よお。面談どうだった?」
「リン。ちゃんと私のこと聞いて来たんでしょうね!」
「テオ……ユヴェン……」
リンは少し情けない声を出した。
「どうしたの? 大丈夫?」
ユヴェンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
彼女は珍しく優しかった。
「うん。僕は……僕は大丈夫だよ」
「そう。よかった。それで? 私のことはどんな風に言ってた?」
ユヴェンは期待に目を輝かせて聞いてきた。
リンは葛藤するように目を瞑る。
「君は……君はすごく才能があるって。ラージヤ先生も太鼓判を押してたよ。君ならきっと偉大な魔導師になれるって……ゴメン。僕はこれから用事あるから」
リンはそれだけ言うと二人から逃げ出すように走り出した。
「なんだあいつ?」
「さあ」
二人は不思議そうにリンの後ろ姿を見送った。
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