第46話「冷たくも甘い声」
リンは90階層を走り回っていた。
エリオスの友人や知り合いをしらみつぶしに当たって、彼の死の真相について何か知っていないか聞き出すためだ。
リンは動揺していた。
彼にはまだ信じられなかった。
つい一ヶ月ほど前まで普通に会話していたエリオスが死んだなんて。
リンは走りながらつい先ほどしたアグルとの会話を反芻する。
「エリオスさんが死んだ? そんな。なんで!」
「急に協会から連絡が来たんだ。エリオスの遺品を受け取ってくれって。あいつ遺品の受け取り指定先を俺たちにしていたみたいで」
「遺品? どうしてそんな……」
「100階層以上の魔導師の慣例だ。100階層以上に行けばいつ死んでもおかしくないから、いざという時のために遺品を受け取る人間を指定しておくんだけど……、まさかエリオスがこんなに簡単に死んじまうなんて」
アグルがこの世の終わりが来たような絶望的な表情を浮かべる。
リンはなんといっていいか分からずシーラの方を見た。
彼女はずっと俯いたままだった。とてもじゃないが声をかけたり顔を覗き込んだりする気にはなれなかった。
「協会に聞いても何にも教えてくれなくってさ。自分達では何もわからない。協会100階層の支部に聞いてくれって。その一点張りだ。クソッ。行けるわけねーだろ100階なんて。学院生の立ち入りを禁じてんのは他でもないあいつらじゃねーか」
アグルが忌々しげに言う。
「とにかく俺達は今から協会に行ってエリオスの遺品を受け取りに行く。昼食なんてとってる場合じゃねぇ。悪いな。せっかく来てくれたのに」
アグルが立ち上がる。
「いえ……そんなことは……」
リンはただ呆然と立ちすくむことしかできなかった。
アグルと別れた後、リンがトボトボと歩いているとテオに声をかけられた。
「おい、リン」
「あ、テオ」
リンが気のない声で返事する。
「聞いたか。エリオスが死んだって」
「テオ。なんで知ってるの?」
「すでに学院中で噂になってるよ。情報の出処は貴族みたいだ。100階層に知り合いがいるやつから口伝てで伝わったみたいだな」
「……貴族」
リンはエリオスが卒業する際に言っていたことを思い出した。彼は貴族と平民の格差是正を訴えていた。
「テオ、エリオスさんが言ってたんだ。塔内での平民の地位を向上させたいって。貴族だけじゃなく平民階級からも偉大な魔導師が輩出されるようにって」
「チッ。エリオスのバカが。塔の上階層にいるのは貴族ばかりなんだぞ。なんかヤバイって考えれば分かるだろ」
リンは走り出した。
「おいリン。どこ行くんだよ」
テオが呼び止めるが、リンはそれも気にせずに駆けていく。
(突き止めないと。どうしてエリオスさんが死んでしまったのか)
リンはエリオスが卒業する時、その場にいた人々を探して90階層を走り回った。
しかし誰に聞いてもアグルやテオの話していたこと以上のことは分からなかった。聞いた人数が10人目くらいになった時、ようやくリンは自分が平民階級の人間にばかり尋ねている事に気づいた。
(そうか。上階層にいるのは貴族階級ばかりなんだっけ。ということは上階層に知り合いがいる貴族階級の人に聞けば何かわかるかもしれない。エリオスさんと親しい貴族階級といえば……)
リンがそう考えたところで丁度こちらに来る一団の中に目当ての人物がいた。
「クルーガさん!」
リンが呼び止めるとむこうもこっちを向いてくる。
「ん? リンか。悪いみんな先に行っといてくれ」
クルーガが周囲の人間を先に行かせる。廊下にはリンとクルーガの二人だけになった。
「あのっ。クルーガさん。エリオスさんのことで……」
エリオスの名前を出した途端、クルーガはさっと顔を曇らせて目線をそらせる。
「悪いなリン。俺も100階層以上のことはよく分からないんだ。そういうことなら他の奴に聞いてくれ」
(ウソだ)
リンは直感した。
先へ行こうとするクルーガに追いすがって声をかけ続ける。
「クルーガさん! エリオスさんが卒業した時、何か言いかけて止めましたよね。あの時何を言おうとしたんですか。もしかしてこうなることがわかってたんじゃ……」
「うるせーな。知らねーっつってんだろ!」
クルーガが突き放すように大声をあげた。
その後すぐにハッとして気まずそうな顔になる。
「悪い。荒っぽい声出しちまったな」
「……いえ。こちらこそすみません。しつこく聞いてしまって」
リンは無感情な声で言った。
「とにかく俺も詳しいことは分からねーんだよ。悪いがもう行くぜ」
そう言ってクルーガは踵を返していく。
リンもその場から立ち去ろうとした時、クルーガのつぶやき声が聞こえてきた。
「俺は止めたんだ。耳を貸さなかったあいつが悪いよ」
リンは途方に暮れながら50階層に戻ってきた。
午後から受けるはずだった授業もすっぽかして色んな人に聞いて回ったが、結局めぼしい情報を得られることはなかった。
(はーあ。どうしよう。もう他にエリオスさんの知り合いなんていないしなあ。貴族階級なら何か知ってるのかもしれないけど僕に貴族階級の知り合いなんて……)
「教えてあげようか?」
リンの耳に冷たく、しかしとても甘い声が聞こえてくる。
「……ユヴェン」
「エリオスさんお亡くなりになったそうね。可哀想に。お悔やみ申し上げるわ。あなたエリオスさんのこと慕って、たくさんお世話になっていたものね。辛いでしょうに。あんな最後を迎えるだなんて……」
「ユヴェン、エリオスさんがどうして死んだのか知ってるの?」
「ええ、もちろんよ。貴族階級なら誰でも知ってるわ。誰も教えてくれなかったの?」
「教えてくれ。エリオスさんは一体なんで……」
リンはすがるような思いで聞いた。
しかしユヴェンは例のあのゾッとする意地悪な笑みを浮かべた。
「やーだよ。どうして私があなたに教えなきゃいけないのよ。あなたは現状に満足しているんでしょう? なら塔の上で起きていることなんて別に知る必要なんてないじゃないの」
リンは絶句した。
「そんな、そんなこと言わずに、教えておくれよ」
「リン、私あなたに興味がなくなったみたい。これ以上あなたと話すことなんてないわ。いじめてあげるのもこれで最後よ。どうぞ勝手に不安に怯えていることね」
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