第82話「ナタの讒言」
「リン。これなに?」
テオがこめかみにに青筋を立てながら、請求書をヒラヒラさせて言った。
凱旋式の時の空き家購入代の請求書だった。
リンは会社の金を勝手に使ったのがテオにバレて、事務所で正座させられていた。
「空き家の購入費しめて1000万レギカ。会社宛で君のサインがある。凄いねー君。いつの間にこんな金持ちになったの?」
「い、いやあ〜。将来に向けての人脈作りのための投資というかなんというか……」
「君と僕との友情もここまでか。それなりに長い付き合いだったけど残念だよ。あとは裁判所で戦おう」
「ええ〜そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃねーよ。分かってんの? お前これ立派な横領じゃねーか」
「いいじゃないの。そんなに目くじら立てなくても」
シーラが割って入ってきた。
「儲かってるんでしょ。大目にみなさいよ」
「そうか。じゃあこの経費はシーラの給料から削っとくってことで」
「はあ? ふざけんじゃないわよ。会社の経費で落としときなさいよ」
「出来るわけねーだろ。会社回すための支払いとか色々あんだよ。人件費から削るしかねーだろ」
「事業を縮小しなさいよ」
「ふざけんな。リン!」
「うっ、は、はい」
「この出費は君が自分で穴埋めするんだ。なんでもいいから資金を調達すること。来月までにね。そうすれば今回の件は不問にしてやるよ」
「うぅ。分かったよ」
リンが学院で授業のある教室に向かっていると向こうの方からスピルナの子達がやってくるのが見えた。
リンは目当ての人物がいることを確認すると、駆け寄って話しかけた。
「ナウゼ」
「リン」
リンが呼びかけるとナウゼが朗らかに応じる。
ナウゼはスピルナの集団から離れてリンの元に駆け寄った。
「これから授業?」
「いや、スピルナの人間だけで軍事訓練があってさ」
スピルナの学生達はみんな授業の後、訓練場を借りて鍛錬を積んでいるようだった。
かなり厳しい訓練を積んでいるようで、彼らがクタクタになって帰路についているのはよくリンもよく見かけた。
「大変だねぇ」
「これくらいしなきゃ体なまっちゃうからね。君は?」
「僕は今から課金授業があるんだ」
「そうか」
ナウゼは少し残念そうな顔をした。
お互い行かなくてはいけない。
せっかく学院で会ったのにゆっくり話している暇もなかった。
「指輪魔法・中級はとっているよね」
「ああ」
「じゃあ、その時に話そう」
「うん、そうだね」
二人は別れてそれぞれの行き先へ向かった。
「おい、なんだあいつは」
ラディアットが怪訝な顔をしてナウゼに聞く。
「リンだよ。この前の凱旋式で知り合ってさ」
「どこの国のやつだ。まさかウィンガルドやラドスのやつじゃないだろうな」
「いや、トリアリア語圏出身らしい」
「トリアリアぁ? なんでそんな奴と付き合ってんだお前」
「いやあなんていうかさ。僕もよくわからないんだよね。とにかく面白いやつなんだ。なんともいえず不思議な感じでさ」
ナウゼは可笑しそうにクスクスと笑う。
リンとナウゼが親しげに廊下で話しているのを見たラドスの4人組の間に戦慄が走った。
「おい、あれ」
ロークが目を血走らせながら二人の方を指差す。
「リンのやつ。まさかスピルナの上級貴族もたらし込んだのか?」
普段は感情をあらわにしないチノさえも不快そうな顔をする。
「スピルナの奴と繋がるなんて。貴族同士でも外国とは繋がりがあんまりないっていうのに。ましてや上級貴族なんてどうやって……」
レダが感心したように言った。
「そんなこと言ってる場合か。もう一刻の猶予もない。早くあのドブネズミ野郎をどうにかしないと……」
ロークが切羽詰った様子で言った。
その顔は世界の終わりが来たかのようなうろたえようだった。
「いや、待て。これは面白い」
ナタが三人と違ってにやけ顏で言った。
彼はいつも軽薄を絵に描いたようなにやけ顏を浮かべているが、今日はそのにやけ顏がより一層深く顔に刻まれていた。
「これは面白いぞ」
「面白い? 何を言って……」
「まあ、俺に任せとけって」
リンは月に一度のユインとの面会に来ていた。
学習の進捗状況を報告するためだ。
「基礎魔法はとりあえず大丈夫そうです。レポートも実技も順調で年内に単位をとれると思います」
「迷宮攻略の授業はどうだね?」
「はい。少し引っかかっています。迷宮拡張の概念がよくわからなくて……」
「まあその辺りで引っかかると思っていたよ。ゴラムの本を読みなさい。そこにわかりやすい説明が載っているから」
「はい。ありがとうございます」
(やっぱり流石だな師匠は)
ユインはリンの引っかかりそうなところを大体予想して、問題に対し適切な助言を与えていった。
「課金授業の年内単位取得は無理そうだね。まあ焦ることはない。このペースならまあ2年目で単位を取れるだろう。順調だよ。じっくり取り組みたまえ」
「はい」
「今日はこのくらいかな。また来月に面会しよう」
「あの。師匠」
「ん?なんだね」
「軍事系の魔法も教えて頂けないですか?」
「軍事系? 君は軍人になるのかい?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「なら必要ないよ。それよりも私の言った授業を頑張りなさい」
「魔導競技に出てみたくって」
「魔導競技?」
「ええ」
「あれねぇ。あれもどうかと思うよ。毎回スピルナ出身の魔導師が優勝している。出来レースみたいなものだ」
「でも学院魔導師は参加が推奨されているんじゃ。それに100階以上の魔導師には軍役がありますし……」
「参加が推奨されているだけだろ。絶対じゃない。軍役も前線に出なければいいだけだよ。それよりも君は私の勧めた授業の単位を取ることに専念しなさい」
「ええ、それはそうですが……」
ユインの選んだ授業には奇妙なものが多かった。
特にリンにとってよくわからないのは生贄魔法の授業だった。
獣や宝物を生贄に捧げて、魔獣を召喚するという魔法だったが一体どういう場面で使うのかよく分からなかった。
「あの、師匠。この生贄魔法というのは一体何のために使うんですか?」
「私の勧める授業が不服かね?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あんまり図にのるなよ」
ユインがリンをジロリと睨んだ。
「なぜ君がこの塔で居住が許されているのかよく考えてみることだな。私の推薦があってこそだ。そこを履き違えるなよ。推薦できるということはその逆もあり得るということだ」
「……ええ、それはもうよく分かっているつもりです」
リンはしょんぼりした。
(そういうつもりで言ったわけじゃないんだけれどな)
リンはただ自分の考えをユインに聞いて欲しいだけだった。
リンはユインのことを師匠として尊敬していてなんでも相談したかったが、ユインの方ではリンのことを弟子として信頼しているわけではないようだった。
所詮、利害の上に基づいた関係であることを改めて意識せずにはいられなかった。
「まあ、君が出場したいというのなら勝手にすればいいよ。ただ私からのサポートは期待しないことだ。自分の力でなんとかしなさい」
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