第21話 指輪魔法の授業
「指輪魔法は文字通り指輪に嵌め込まれた宝石の力を使って発動する魔法です。杖は魔導士の剣、指輪は魔導士の盾と言われており、このことから指輪魔法は魔導士の基礎的な能力を測るのにも最適なものです。そこ! 授業を聞きなさい」
ウィフスが授業を聞かずに何やら手元でゴソゴソしている生徒を注意する。彼はこれから行われる実技に備えて何か悪あがきをしているようだった。ウィフスが話を再開すると注意されたにもかかわらずまた再びゴソゴソし始める。
「初等クラスの授業とはいえ、魔法を扱うんです。一歩間違えれば大変なことになりますよ。指輪魔法の特殊なところは呪文を使わないところです。宝石に宿る精霊と会話する必要がありますが、宝石の精霊は非常に繊細なため、呪文には反応してくれません。あなたたちの心に直接働きかけるのみです」
「これは感性という他ありません。しかし感性とは言っても心配することはありません。魔導士の才能を持つものなら身長や体重と同じく必ず成長するものです。今の時点でうまくできなくても気にしなくて大丈夫です。だからどうかソワソワしないで」
ウィフスの言葉の最後の方は苛立たしげだった。どうもティドロの試みは教授の立場からすれば迷惑なようだった。
ティドロ達はどう思っているのだろう。リンはギャラリーの方を見上げてみた。しかしティドロもクルーガもエリオスも平然としていた。彼らは先生を困らせることについて何とも思っていないようだった。学院でも指折りの実力者となれば教員に対して尊大な態度を取っても平気なのだろうか。リンはちょっとショッックを受けた。
(あ、シーラさんだ)
リンは目の端でシーラとアグルが一緒にいるのを認識した。シーラもリンに気づいて手を振ってきた。リンは先生に気づかれないように小さく手を振って返した。
「魔法がかけられた指輪をはめているだけで大いなる宝石の加護により魔導士は命の危険が迫っても指輪によって守ってもらえます。ここにいる皆さんは既に入学試験で指輪による加護を受けた経験があるはずです。自分に危害を加えようとする人物や獣が近くにいれば危険を知らせてくれたり、自分に攻撃してくる者を排除してくれたりするのです。もちろんより高度な魔法攻撃を使う魔導師や強力な魔獣なら指輪の加護を跳ね除けて装備者に危害を加えることができます。ですが、魔法の指輪が発明されたことにより魔獣の森の探索や魔導士同士の戦いでの致死率が低下したのも事実です。皆さんがこれから魔法による危険な作業や危険な場所への探索を行う場合、魔法の指輪は必須のアイテムとなるでしょう。
指輪魔法によって顕現される光の剣は命に危険が迫っていないときでも発動することができます。今日は皆さんが現時点でどれだけ『ルセンドの指輪』の力を発揮できるのかを測定します。では早速順番に始めていきましょう。まずはユヴェンティナ・ガレット」
「はい」
ユヴェンが元気良く感じのいい声で返事をして中央に進みでる。彼女は先生や上級生の前ではその本性を隠して優等生を演じていた。
部屋の中央には台座が設置されていて、その上には光り輝く指輪が置かれている。ユヴェンは台座の前に来ると指輪に手をかざして、目をつぶり集中する。すると指輪の輝きがみるみるうちに強くなっていって放たれた光が収束し剣の形になっていく。台座の前の岩石に光の剣が突き刺さった。おおっ、と周りから歓声が上がり、拍手が起こる。
「ライジスの剣だ」
ギャラリーから誰かが声を上げた。
(ほえ〜。立派な剣だな)
リンは感心した。ユヴェンの発動させた剣は綺麗に刀身が現れており、柄の部分から刃の切っ先まで欠けているところがなかった。リンが猛獣に対して放った剣はもう少しおぼろげでユヴェンの剣ほど大きくなく、また完成されていなかった気がする。
ウィフスが手元の書類に何か、おそらく成績表であろう、を書き込みながらユヴェンに対して話しかける。
「うむ。よろしい。あなたはこの授業を受けてまだ二年目でしたね。それでここまで綺麗にライジスの剣を発動できるのはなかなかのものですよ。普段から鍛錬を怠っていない証拠ですね。この調子で頑張ってください」
「ありがとうございます。頑張ります」
ユヴェンは一礼して下がっていく。
下がっていく途中で彼女は先生に見えないところでガッツポーズをした。
どうやら彼女にとって満足のいく出来だったようだ。
「次、テオ・ガルフィルド」
「へーい」
テオはやる気なさそうに返事して台座の前に進み出る。ユヴェンと同じように指輪に手をかざす。
指輪から光が放たれ剣を形作り岩石に突き刺さる。
「あいつもライジスの剣を出したぞ」
またギャラリーの誰かが言って、歓声と拍手が上がった。
しかしテオの発動した剣はユヴェンのものに比べ一回り小さく、またところどころ刃こぼれしており完璧な剣とは言えなかった。
(チッ。指輪魔法に関してはユヴェンに一日の長があるか)
テオは心の中で舌打ちしつつも自分の現在の実力について冷静に分析した。
「うむ。よろしい。君はまだ学院1年目ですね。初めてでこれくらいできれば大したものですよ」
「どうも」テオが下がっていく。
(やっぱり私のライバルになりうるのはテオだけのようね)
ユヴェンはテオの出した剣を見て改めてそう思った。
テオが戻る途中、ユヴェンと目が合う。
リンには二人の間に火花が散っているように見えた。
「あいつがお前の推してるテオってやつか」
ギャラリーの片隅でクルーガがエリオスに話しかけた。
「ああ、賢い奴だ。いずれ僕達にとっても厄介なライバルになると思うよ」
その後も次々と生徒達が指輪を使って光の剣を発現させていく。しかしユヴェンとテオのようにライジスの剣を発現できるものはいなかった。ほとんどの者は短剣止まりで、剣とは言えない針のように細く小さい光を発するのが精一杯の者も多くいた。指輪に触れる人数が過半数を超えるにつれて授業開始前の浮ついた雰囲気はすっかりなくなっていた。みんなもう自分が選ばれないとわかってむしろ緊張から解放されたようだった。諦めが教室を支配してすっかり空気は緩くなってしまう。ギャラリーにいる上級生達もテオ以降目ぼしい下級生がおらず退屈そうにしており、中にはあくびしている者さえいた。
リンがユヴェンの方を見るといつも一緒にいる友達とお喋りしている。残りは消化試合と決め込んでいるようだった。
「どうやらユヴェンティナという子か、テオという子で決まりそうですね」マグリルヘイムの副リーダー、ヘイスールがティドロにそう言った。
「……うむ、そのようだな」
そう言いつつもティドロは憮然としていた。
「仕方ありませんよ、ティドロ。僕達の代はたまたまレベルが高かったんです。彼らに僕達と同じレベルを要求するのは酷というものですよ。彼らはたまたまレベルが低かったというだけです」
ヘイスールがティドロの気持ちを敏感に察して宥めるように言った。
「ああ、分かっているさ。だが残念だ」
彼の不満をよそに授業は進みいよいよ最後の生徒の番になった。
「次で最後ですね。リン。前に出なさい」ウィフスがリンの名前を呼ぶ。
「はい」リンが前に進み出る。
(いよいよだ。いよいよまたルセンドの指輪を使える)
リンは指輪の前に来て胸が高鳴った。
「君もこの授業は初めてですね。緊張しなくても大丈夫ですよ。誰でも始めはうまくできないものです。遠慮せずやってみなさい」
教室の空気が正常に戻るにつれてウィフスからも苛立たしげな口調は消えていた。代わりに彼本来の穏やかさが前面に出ていて、リンに対しても優しく話しかけてくれる。
おかげでリンはリラックスすることができた。
「はい。ありがとうございます」
ウィフスにお礼を言うとリンは指輪の方に向き直った。改めて見るとやはりとても綺麗な指輪だった。指輪に嵌め込まれた青い宝石もリンに対して微笑みかけるように穏やかな輝きを放っている。リンの中で猛獣との戦いと初めての指輪魔法発動の記憶が鮮烈に蘇ってくる。
何かが起こりそうな予感がした。
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