第41話「ティドロとイリーウィアの選択」
リンは森探索の残り5日間も同様にマグリルヘイムのメンバーとペアを組んで行動した。とはいえ、ティドロ以外のメンバーはリンとイエローゾーンには行きたがらなかった。
「う〜ん。君と一緒にイエローゾーンに行くのはちょっと不安だな。すまないが、ブルーゾーンのみの探索でいいかい?」
「ええ、僕は問題ないですよ」
リンは年上の魔導師達の言いつけを素直に守り、時に機知にとんだ会話をして彼らを楽しませた。時にはソリの合わない人とペアを組んだが、大体の人とは打ち解けることができた。おかげで最終日にはマグリルヘイムの中でそこそこ顔が知れるようになり彼らの輪に交われるようになっていた。
合宿期間が半分を過ぎた頃には時間を潰すためにエリオス達の方へと行く必要は無くなっていた。
リンが1日ごとにペアを替えて思ったのは、マグリルヘイムの中でもティドロとイリーウィアは別格だということだった。
移動や索敵の手際の良さ、魔獣に関する知識、魔力の強さ。どれを取っても二人に敵うものはいないように思われた。
(この二人と知り合いになれただけでも収穫だったな)
リンは二人とすれ違う機会があるたびに挨拶し、些細な世間話をした。二人ともリンに対してにこやかに対応してくれた。特にイリーウィアはリンとの交流を楽しんでいるようだった。
(今回の経験は中級クラスで受ける魔獣学の単位を取るのに役立つはずだ。今後もマグリルヘイムの活動に参加してメンバーの人達からたくさんのことを学ぼう)
リンはただただ今回の合宿の成果に満足した。彼が考えるのは学院での単位のことだけだった。
合宿最終日、マグリルヘイムのメンバーは狩りの収穫を祝すのと、今後の躍進を誓ってちょっとしたお祭りを開いた。リンはその中で今回仲良くなった年上のメンバーに可愛がられていた。
ティドロとヘイスールはそんなお祭りの様子を遠くから眺ながら話していた。
「どうだい。収穫の方は」
「上々です。夏の探索のうちにこれだけ収穫できれば今年のマグリルヘイムの活動資金を補填するのに十分でしょう」
「そうか」
そう言いつつもティドロの顔は浮かないものだ。視線はずっとお祭り騒ぎの方を、リンの方を向いている。
二人は合宿の間、リンのことをずっと観察してきた。
「リンの方はどうですか? 使い物になりそうですか?」
ヘイスールはティドロがリンのことについて話したいのだと思って話題を振った。
ティドロは黙って目をそらした。
彼が言いにくい事を言おうとしているときの癖だった。
仕方無くヘイスールは一人で話し続ける。
「彼は人懐っこい子ですね。まだマグリルヘイムに参加して数日しか経っていないっていうのに彼の評判は概ね好評ですよ。打ち解けたと言っていいでしょうね」
ヘイスールが半ば感心し、半ば呆れたように言う。
「ヘイスール」
「はい。何ですか」
「リンはいいやつだよ」
「そうですね」
「だがそれだけだ。彼に魔導師の才能はない」
「では……」
「彼はマグリルヘイムの団員にふさわしくないようだ。もう次からは呼ばなくていいよ」
「……分かりました」
( リン、君が指輪魔法の授業でヴェスペの剣を出したのを見たとき、僕は君に才能があると思った。君が奴隷階級出身だと知ってますます感心したよ。ハンデがあるにも関わらずきっと凄く頑張ってるんだろうなって。けれどもそれは僕の見込み違いだったようだ。君はただ他の子より少し早熟なだけだ。
才能は資質じゃない。才能のほとんどは努力と行動力からなるんだ。君はそれが分かっていない。はっきり言って今の君では問題外だ。君は受け身すぎるんだよ)
ティドロはリンの方を少しの間名残惜しそうに見つめた後、視線を外した。その時には彼はキャンプの後数ヶ月後に開かれる魔導競技のことに思いを巡らせており、リンのことは頭から離れていた。
合宿最終日、イリーウィアは仲のいいメンバーと談笑しながらことあるごとにリンのいる方を見ていた。リンはメンバーと楽しげに交流している。イリーウィアもここ数日間リンのことを観察していた。
(ふむ。やはり面白い子ですね)
例年マグリルヘイムの合宿最終日ではまだ魔獣の行動が本格的でないというのに皆ノルマや評価を気にしてギスギスしている光景があるところだった。ところが今回はリンの周りに和気藹々とした空気が流れている。
「イリーウィアさん。何を見ているんですか?」
「先ほどからあちらでお祭り騒ぎをしている一団の方をチラチラ見ていますね。気になる男性でもいるのですか?」
イリーウィアの談笑仲間が彼女のいつにない様子に色めき立つ。
「リンの方を見ていたのです」
「ああ、新人の子ですか。彼呼ばれるのは今回で最後らしいですね」
「えっ? そうなのですか?」イリーウィアが驚いたような声を上げる。
「ええ、ティドロさんはもう決めているらしいですよ」
「まあ指輪魔法が得意なだけではね」
「感じのいい子ですけれど、まあ仕方がないですよね」
それきりイリーウィアのテーブルではリンの話は終わり、別の話題へと移っていった。
イリーウィアは憂鬱になる。
(残念ですわ。あの子と森を散策するのは楽しかったのに)
イリーウィアはリンのことが気に入っていた。彼の恥ずかしがる仕草、一人前とみなされたいために見せる背伸びした発言、随所に見せる気の利いた気配り。きっと弟がいればこんな感じだろうと思わせた。何より彼と一緒にいるのは楽しかった。
それゆえにリンが次からマグリルヘイムに参加しないという知らせは彼女を落胆させた。
(確かにリンには平凡な才能しかないかもしれません。けれどもそれは他のメンバーの方々も変わらないでしょう?)
実際、イリーウィアからすればリンと他のメンバーの何が違うのか分からなかった。以前から気乗りしないマグリルヘイムの活動だったがリンが来ないとなればますます気乗りしなかった。
(せっかくお楽しみができたと思ったのに……。どうしましょう。もう本当に退団しようかしら)
イリーウィアは憂鬱そうにため息をついた。
(あっ、そうだわ)
イリーウィアに名案がひらめいた。
(彼は上級貴族のお茶会に参加したがっていましたね。リンを私の主催する定例のお茶会に招待してあげましょう。そうすればまた彼と遊べるわ)
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