第81話「リン、家屋を破壊する」
凱旋式当日、ヘルドの言う通り、アルフルドの街は人混みでごった返した。
この日は魔導師の階級のいかんにかかわらず闘技場とパレードが通るであろう道々の軒先に魔導師達が殺到した。
赤や水色、紫や黄色のローブでアルフルドの道路はカラフルに彩られる。
おかげで交通機関はすっかり麻痺して付近は人っ子一人通れない有様だった。
ラディアットやナウゼらスピルナの編入生達も凱旋式を見るために出かけていたが、すっかり人混みに捕まってしまった。
「くそっ。なんて人だよ」
ラディアットが悪態をつく。
「しかし、凱旋式だけはこの目で見ておかないと」
ナウゼが人混みとおしくらまんじゅうをしながら言った。
しかし彼らは一向に闘技場の方に近づけない。
ナウゼは忌々しげに上空を見てみた。
上空には飛行魔法を使える魔導師達や飛行できる魔獣に乗った魔導師達が会場に向かって悠々と進んでいた。
「くそっ、僕にも飛行魔法が使えれば」
ナウゼは忌々しげに呟く。
前も後ろもローブを着た人間の背中ばかりであった。
おまけに彼は人混みのせいで酔ってきた。
結局ナウゼは人混みからはじき出されて道の脇に追いやられてしまった。
ラディアットらスピルナの集団ともはぐれてしまう。
「ふう。どうしようかな」
「闘技場に行きたいの?」
ナウゼはいきなり話しかけられ、ギョッとして振り向いた。
そこには自分と同じ赤いローブを着た学院魔導師の少年がいた。
「えっと……君は……」
「闘技場ならこっちから行けるよ」
少年はナウゼの手を取ると路地裏の方へ引っ張っていく。
「えっ? でもこっちは路地裏……」
「秘密の通路があるんだ。教えてあげるよ」
ナウゼは少年についていくうちに薄暗く狭い路地裏へと誘われた。
少年は自信ありげにどんどん進んでいくものの、ナウゼにはどんどん競技場から離れているように思えた。
「ねえ。本当にここから闘技場へたどり着けるのかい?」
「ああ、もうちょっとで秘密の通路の入り口だよ」
ナウゼは段々目の前の少年が薄気味悪く感じてきた。
本当にこのまま彼の後について行って大丈夫なのだろうか。
何かの悪事に巻き込まれるのではないだろうか。
「あった。ここだここだ」
少年はとある壁の前で立ち止まる。
そこには赤いバッテンマークが打たれていた。
ナウゼは訝しげな表情になる。
(これが秘密の入り口?)
ナウゼが問い質そうとすると少年は突然、杖でそのバッテンマークの部分を叩き始めた。
壁はあえなく崩れていく。
「なっ、何をっ」
ナウゼがうろたえるのをよそに少年は壁を杖で叩き続けて穴を広げていく。
ナウゼは呆然としながら彼が壁を破壊していく様を見守る他なかった。
少年は人一人が通れるくらいまで穴を広げると中に侵入する。
「どうしたの? 早く入りなよ」
「いや、でもこれ、いいの?」
ナウゼが崩れた瓦礫を指差しながら言った。
「大丈夫大丈夫。これ僕の家だから」
「君の……家?」
「うん。この日に備えて購入しておいたんだ。(会社の金を使って)」
「いや、君のものならなおさら破壊しちゃダメなんじゃ」
「へーきへーき。あとで直せばいいからさ」
少年は家屋に侵入した後、屋上まで上がるとそこでも予め購入しておいた魔法の苗を取り出して魔法を唱える。
「苗よ。成長して僕の差し示す先に向かって伸びろ」
少年が呪文を唱えると、彼の手の平にあった苗はみるみるうちに成長していき、建物の壁に根を植え付けたかと思うとはるか向こうにある建物に向かって伸びていく。
やがて苗は立派な大木となり、その太い幹は建物と建物を結ぶ橋になった。
少年は軽やかに木の上に乗ると橋を渡っていく。
ナウゼは戸惑いながらも慌ててついて行く。
二人が木の橋を渡っていると途中でグリフォンの群れに遭遇した。
グリフォンの上にはウィンガルドの貴族達が乗っている。
その中にはヘルドもいた。
ヘルドは少年の傍らにグリフォンを寄せて話しかけた。
「やあ。どうやら首尾は上々のようだね」
(ウィンガルドの上級貴族!?)
ヘルドがウィンガルドの上級貴族であることに気づき、にわかにナウゼが警戒心を露わにする。
ヘルドはそんなナウゼの様子に気づかないフリをした。
「ヘルド。おかげさまでうまくいってるよ」
少年はあっけらかんとした様子で応じた。
「それは何より。では僕は先に行かせてもらうよ。イリーウィア様のもとに行かなければならなくてね。ではまた後で」
「ええ、また後で」
(こいつ……ウィンガルド人なのか?)
ナウゼは少年に対しても疑りの目を向ける。
「ねぇ。今、ウィンガルドの上級貴族と親しげに話していたけれど、君はウィンガルド人なのかい?」
「違うよ。彼とはただ知り合いなだけさ」
(こいつ……一体何者なんだ?)
この後もリンは建物の壁を破壊して侵入しては、建物と建物の間に木をかけて進んで行った。
ナウゼは初めのうちは戸惑っていたものの、途中からは吹っ切れて少年が壁を破壊するのを手伝い始めた。
二人の眼下には混雑で押し合いへし合いして四苦八苦している群衆がいた。
一向に進まない彼らを尻目に、二人はどんどん闘技場へと近づいていく。
追い風が二人を後押しするかのように吹いていた。
二人は足を速めて闘技場へと向かっていく。
ナウゼは何が何だかわからないながらも爽快な気分になってきた。
「はっ、ははっ。すごいや。こんなの僕の国では、スピルナではありえないよ。本当にここは魔法の国なんだな」
「塔へようこそ。僕はリン。ただのリンだよ。君は?」
「僕はナウゼ。スピルナの上級貴族、ナウゼ・アルウィオだ」
二人は闘技場付近の煙突のある家にたどり着いた。
煙突の上に登ると眼下にパレードが進む道と闘技場が見えた。
ナウゼは闘技場の壮麗さに息を飲んだ。
「これが闘技場か。素晴らしいな」
「闘技場を見るのは初めて?」
「ああ、一度は足を運んでみたいと思いつつもなかなか時間が取れなくて。いやでも本当に凄いよ。ここで魔導競技が開かれるんだ」
「魔導競技で一勝でもすれば、軍事系の単位がたくさんもらえるんだよね」
「単位なんて大したことじゃないよ。競技での勝利は魔導師に計り知れない栄誉と名声をもたらす。どんなギルドに入っても優秀な戦士として認められるし、遠征軍指揮官への道も開ける」
「ナウゼは魔導競技に出場するの?」
「もちろんだ。リン。君は? 君はもしかしてもう魔導競技に出場したことがあるのかい?」
「いや無いよ。まだ戦闘系の魔法を収めてないからね」
「そうか。いやでもそれが賢明だよ。こと戦闘に関してはスピルナ魔導師の右に出る奴なんていないからね」
リンは彼の自己主張を微笑ましく感じた。
(スピルナに……、自分の国に誇りを持っているんだな)
「今年もきっとクルーガさんが優勝するに決まってる。でもあわよくば僕が……」
「クルーガさんか。魔導競技では無類の強さらしいね。最近話してないな。元気にしてるのかな」
「リン。君、クルーガさんと知り合いなのか?」
「うん。以前新しく設立する予定のギルドに加入しないかって誘われたんだ。その時はマグリルヘイムに参加する予定だったから断ったけれど」
「マグリルヘイム?マグリルヘイムってあの選ばれし者達のこと?君はマグリルヘイムのメンバーなのかい?」
「ううん。以前一度誘われて参加しただけだよ」
(こいつ実は結構凄いやつなんじゃ……)
ナウゼは改めてリンの正体に興味を持った。
パレードが始まるまで二人は塔の施設や学院の授業についても話した。
ナウゼはまだ塔に来たばかりで生活には不慣れなものの、軍事的な事情やスピルナ魔導師のことについては詳しかった。
リンとナウゼは互いに互いの知らないことを補うように情報交換した。
「スピルナの人から見て塔の施設はどう?」
「いやぁすごいよこの塔は。これほど物資が豊かな場所なんて他にない。特に魔獣や魔導具。魔獣の森では多様な魔獣が驚くほど多くいるし、魔導具は見たことがないものばかりだ。図書館の蔵書も素晴らしい。まさに魔導師の叡智が保存されている場所だ」
ナウゼは一見無口で慎重だが、その実一度打ち解けた相手には饒舌になるタイプのようだった。
「ただ軍事系の授業がちょっと物足りないかな。体なまっちゃうよ」
ナウゼはスピルナのことについても話してくれた。
スピルナの名産はブドウとオリーブで彼の屋敷がある小高い丘からはその畑が見渡せること。
収穫の季節には屋敷の窓からブドウとオリーブが広大な土地一面に実った景色が見れること。
そして何よりも軍事力。
スピルナには他のどこの国よりも勇敢な戦士達が数多くいること。
これに関しては決してどこの国にも引けを取らないこと。
ナウゼはこの点に関して特に強調した。
リンとナウゼが打ち解け始めた頃に凱旋式のパレードが始まった。
戦いを終えて帰還した兵士達が戦闘衣装を身につけ、列を整えて闘技場に続く道を練り歩く。
観客が歓声をあげた。
二人もしばし話を止めてパレードに見入った。
まずは魔導師ではない奴隷階級の戦士達。
彼らは魔法によって強化された剣や盾を装備している。
次に戦闘に参加した魔導師達が身分順に現れる。
空色、山吹色、スミレ色、若葉色のローブ。
彼らは観客の前を通り過ぎる度に拍手喝采を浴びてその勇気と武勇に対し惜しみない栄誉が捧げられた。
次に荷車に載せられた戦利品の数々が列をなして運び込まれた。
敗戦国から奪い取ったおびただしい宝飾品と美術品、そして武器の山、軍旗。
戦利品の中には戦争の首謀者らしき支配階級の者達と奴隷も含まれていた。
彼らには観客から容赦無い野次が浴びせられる。
ナウゼは一点の曇りもない顔でパレードを見ている。
リンは戦利品として連れてこられた奴隷を見た時、複雑な心境にならざるを得なかったが、幸いナウゼはパレードに夢中になっていたのでリンの微妙な表情の変化には気づかなかった。
やがて今回の遠征軍の最高司令官らしき男が闘技場の中央に立って、演説を始める。
「我々塔の軍勢はまたもや勝利した。魔法文明に反旗を翻した蛮族共の国は滅び、その土地はすべからく魔法文明圏に組み込まれる。いつの日かレトギア大陸全ては魔法文明を受け入れるだろう。その時、この塔は世界の頂点となる」
会場には熱狂的な拍手が湧き起こる。
「ここは素晴らしい場所だね」
パレードが終わる頃、ナウゼが呟くように言った。
「そうかな」
「ああ、素晴らしいよ」
彼は熱を込めて言いつつも、少し複雑そうだった。
「魔法で作られたたくさんの建築物、発達した移動手段、至る場所にあるダンジョン、多様な魔獣が生息する森、そして何よりも魔導具の数々だ。この塔には魔導具が溢れかえるほどある。普通の国では貴族の宝具であるはずの魔導具が、この塔では店に入れば当たり前のように売っているんだ。こんな場所世界のどこにもないよ」
「そうだね」
「悔しいけれどここに比べればスピルナもまだまだだ。スピルナは魔導先進国だけれど、やっぱりグィンガルドとは絶望的な差がある」
「僕はもう行かなくちゃ」
リンが立ち上がった。
「もう行くのかい?」
ナウゼはもう少しパレードの余韻に浸っていたいようだった。
「うん。用事があるから」
「……そうか」
ナウゼが寂しそうな表情になる。
「ここには気が済むまで居てていいよ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん。それじゃあね」
「リン。また話をしよう。塔のことについていろいろ教えてくれ」
「うん。何か困ったことがあったらなんでも相談して。僕では大したことはできないかもしれないけれど、できることであれば何でもするよ。それじゃあまた。今度は学院で会おうね」
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