第76話「ラドスの4人組」
リンはユヴェンとテリムに連れ立って貴族達のお茶会に参加していた。
入学式を終えた貴族の新入生達が祝福されている。
彼らは会場のステージに立って一人一人白銀の留め金を受け取っている。
こうして彼らは貴族としての自覚を持ち、自分が特別であることを理解して、互いに強固な仲間意識で結びつくのだ。
リンは会場の美々しさに息を飲んだ。
テーブルは全て上品な白いクロスをかけられ、世界各国の美食と美酒が並び、大勢の召使達が立ち働いている。
ステージには絶え間なく魔法によって花びらが舞い散っていて、ライトアップされている。
音楽とクラッカー、拍手の音が彼らを祝福するように鳴り響いている。
ウィンガルドの王室茶会に比べると物足りないが、それでも十分華やかな世界だった。
「懐かしいなぁ。僕も入学した時、彼らのように祝福されたよ」
テリムが遠い昔を思い出すように言った。
「ええ、本当に懐かしいわね。あなたは新入生の中でも一段と凛々しかったわ。私すぐに分かっちゃったもの。あなたがやんごとなき家柄のご子息だってこと」
ユヴェンがテリムにお世辞を言った。
一方でリンは二人から一歩下がった場所を歩いて、ユヴェンの従者のように彼女の荷物を持っていた。
リンとユヴェンの関係は今でもこのような感じだった。
イリーウィアの王室茶会に行くときはユヴェンがリンの従者になり、その他のときはリンがユヴェンの従者になるという奇妙な関係だった。
リンもこの奇妙な関係に思うところがないでもなかったが、お互いに公平といえば公平だし、それでいいと思っていた。
「人いっぱいだねぇ。どこ座る?」
テリムがのんびりとした調子で言った。
「あそこにしましょう。会場を一望できるわ」
ユヴェンが2階にあたる席を指差した。
なるほど確かに会場の隅々まで見渡せる席だった。
3人はとりあえず座り込んで取り留めのない話をした。
しばらくテリムとの会話を楽しんでいたユヴェンだったが、目当ての人物がいるのを見つけるとすぐに立ち上がった。
「あら。あの方はシュアリエさんじゃない。将来有望な上級貴族の魔導師だわ。ご挨拶しておかなきゃ。テリム、リンと一緒におしゃべりしていてね。私はちょっと向こうに行ってくるから」
ユヴェンはそうにこやかに言うとさっさとシュアリエの元へと行ってしまう。
(会場を一望できる席に陣取ったのはこのためか)
リンは呆れ半分、感心半分といった気持ちでユヴェンを見送った。
彼女は始めから目当ての魔導師を見かけたらすぐに駆け寄れるようにこの席を陣取ったようだ。
リンはテリムと二人にされ何を話題にすればいいだろうかと考え始める。
彼と二人で話すことなんて特にない気がした。
リンは貴族ばかりのこの会場でなんとなく心細さを感じた。
(テオの言う通り会社にいとけばよかったかな)
「よかったよ」
不意にテリムが言った。
「えっ? 何が?」
思わずリンは聞き返す。
「君とユヴェンさ。一時期なんだか険悪だったじゃないか。でもこうして一緒にお茶会にも出かけるってことは仲直りしたんだろ。よかったよ。二人が仲良くなって。これでクラスも平和を取り戻すね」
リンはテリムの考えを読み取ろうとして表情をじっと見た。
彼は上流階級らしいおおらかな微笑みを浮かべていた。
テリムは平和主義者だった。
リンは以前から彼に聞きたいと思っていたことを思い切って聞いてみることにした。
「ねえテリム」
「ん。なんだい」
「テリムはユヴェンのこと好きなの?」
「うん。好きだよ。可愛いし」
テリムはあっさりと答えた。
「でも、いいの? 他の男の人としゃべってるよ。嫌じゃないの?」
「うーん。まあでも喧嘩しないのが一番だよ」
「そっか」
「リンはどうなの? よく二人で行動しているみたいだけれど。君の方こそユヴェンのことが好きなんじゃないの?」
「僕は……貴族じゃないし」
「そっか。まあそうだよね」
テリムはそう言うと少し視線を外して窓の外の方を見た。
「まあユヴェンと仲良くしとけばいいことあると思うよ。彼女は顔が広いし」
テリムは余裕綽々といった感じでそう言った。
彼はリンがライバルになるとはつゆほども思っていないようだった。
ラドスの下級貴族である、チノ、ナタ、ローク、レダの4人組は同じテーブルに座ってリンとテリムの方を遠目に見ていた。
彼らは親戚関係で幼い頃から一緒に行動することが多かった。
それはこの魔導師の塔に来てからも変わらなかった。
「見ろよ。リンだ」
「一緒にいるのは……テリムか」
「リンとテオ。学院に入り立ての頃は大して目立たない地味な存在だったというのに。今や中等クラスの魔導師の中でも注目株。いろんな方面から期待をかけられている」
チノが感情を露わにしない調子で言った。
「調子こいてるよね〜。トリアリア語圏なんて上級貴族が一人もいない田舎のくせに」
ナタがニヤニヤしながら言った。
「授業を抜けて何かこそこそやっているかと思いきや。塔の構造を逆手に取ってあんなことをしているとはね」
「出し抜かれたよね〜。あんな奴らに商売で遅れをとるなんて。通商国家ラドスの名折れだよ。ほんと」
「冗談じゃないぞ」
ロークが呻くような声で言った。
その声色は怒りをやっとの事で抑えているといった様子だった。
チノ、ナタ、レダの3人は一様にロークの方を見る。
ロークの顔は情緒不安定気味に歪んでいた。
「お前たち分かっているのか。俺たち下級貴族は『評議会』入りできなければ意味がないんだぞ。塔における魔導師の競争は年々激化しているんだ。上級貴族でさえ評議会入りを逃すこのご時世。僕たち下級貴族に割り当てられる議席数は年々減っている。それなのに僕たちを差し置いてあいつらが、リンとテオが評議会入りでもしてみろ……。父上になんと報告すればいいんだ!」
彼は憤懣やるかたないという様子でテーブルを叩きながら言った。
ロークは激情家で4人の中でも感情をあらわにする役目を担っていた。
そいうところが仲間からも愛される所以でもあるが、一方で短所でもあった。
「多額の資金を投入してもらったにもかかわらず、評議会入りできないどころか、奴隷の子供に議席を奪われたと。そう父上に報告しろとでもいうのか。そんな、そんな馬鹿な話があってたまるか」
再びテーブルをドンと叩く。
今度は先程よりも強く叩いたせいでテーブルの上に置いてあるグラスの飲み物がこぼれた。
「まさか。考えすぎだろローク。リンとテオの収入は二人合わせてもせいぜい年収1000万レギカ。会社の年商も1億か2億程度。せいぜい100階層か、200階層止まりだろ」
レダがロークを宥めるように言った。
「確かに今の段階では恐るるに足りない。だが……」
チノが全て言い切る前に一呼吸置く。
彼はこのように慎重な言い方をする癖があった。
「成長スピードが速すぎる。1年目で師匠もなしに学院に入学。2年目で中等クラスに到達してついでに起業。今は年収1000万レギカに過ぎないにしてもこの成長スピードが毎年続くとしたら……」
「厄介だよね〜。今のうちにシメとく? それとも手懐ける?」
ナタがその発言の過激さにそぐわない悠長な言い方をした。
彼にはこのようにどこまで本気なのかわからないところがあった。
それが彼に不謹慎な印象を与えていた。
「そんな悠長なことを言っている場合か。あいつら二人の躍進は貴族全員にとって恥だ! 一刻も早くあの二人を塔から追放しなければならない。正義の陰謀を企てるんだ!」
ロークがナタの態度にイライラした様子で言った。
「落ち着けってローク。おいマウル。ちょっとあいつをブスッと刺してこいよ。あとの世話は見てやるから」
レダが4人の傍にいる子飼いの平民階級マウルに言った。
「えっ、ええっ? 僕がですか?」
マウルが困ったように言った。
レダは自分をメンバーのなだめ役と自負しているものの、発想が単純なため結局は過激な手段に行き着いてしまうところがあった。
「問題はやつらの背後にイリーウィアがいることだ。イリーウィアがリンを寵愛している」
チノが他の3人と違い一歩引いた冷静な態度で言った。
彼はこの4人の中では一番大人びていた。
「やつらがウィンガルド王国の王宮にどこまで深く関わっているのかは謎だ。だが、イリーウィアがあいつらの行動を支援し、庇護しているのは間違いない」
「そこだよね〜。下手に手を出せば政治問題になる。俺たち下級貴族でも処分は免れない」
ナタがチノに同調するように言った。
「おいマウル。今の命令取消。やっぱあいつらには手を出すな」
レダが慌てて前言撤回する。
「テオが躍進するのはわかるよ。あいつは初等クラスの頃から雰囲気が半端なかった。ただものじゃないって一瞬でわかったよ。だがリン。あいつは一体なんなんだ?」
ナタが釈然としない様子で言った。
「ティドロのせいだ。あいつがリンを、奴隷なんかをマグリルヘイムに参加させるから。ドブネズミが猫の王宮に紛れ込んでしまったじゃないか。一体何を考えてるんだティドロもイリーウィアも」
ロークが怒りをあらわにして言った。
彼はこの点が一番気に入らなかった。
彼の不満はおさまるところを知らず続けざまに吐き出される。
「ネズミも猫の毛皮を着ればやがて自分も猫だと思い込む。それは周りにも伝染し、猫達も徐々にネズミを猫と思い込んでしまう。やがてネズミが猫の親玉になっても誰も不思議に思わなくなる。その結果ネズミは増長し、猫を追い出して、猫の王宮をネズミの王国にしようと企むだろう。冗談じゃないぞ。この塔にはドブネズミがどれだけ大量にいると思っているんだ。そいつらが一斉に我々に反旗を翻しでもしたら……世の中滅茶苦茶になるじゃないか」
「おい滅多なこと言うなよ。誰が聞いているかわかったものじゃない」
チノがロークを宥める。
「どうしたもんかね〜。この問題」
ナタがちっとも悩んでいる様子なんてなく相変わらずニヤケ顏で言った。
「おい。お前らその辺にしとけ」
「シュアリエさん」
シュアリエが4人の会話に割って入るようにして現れた。
彼はラドスの上級貴族で4人組のまとめ役でもあった。
「いやでも。いいんですか。あのままあいつらをほったらかしにしといて」
「調子に乗ってるのも今のうちだ。お前らも分かってんだろ。ここは魔導師の塔だ。出る杭は打たれ、今日栄えた者も明日には落ちぶれている。リンとテオ。今は勢いに乗っているが、どうせ大したことはできやしないさ」
シュアリエはその年齢に似合わず達観した態度を身につけていた。
「それに俺たちが手を下すまでもない。スピルナの連中が黙っちゃいないだろ。そろそろ艦隊の季節だ。スピルナの編入生がやってくる」
シュアリエはリンを横目で見る。
リンはテリムと楽しげに雑談していた。
(リン。お前はわかっちゃいない。この塔の身分制度がどれだけ強固なものか。そして才能の壁がどれほど厚いものか)
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