第23話「リン、女の子に監視される」
リンは学院初等クラス用に設置された図書室を訪れていた。次の授業に備えて予習するためだ。
何せ冶金魔法のスリヤ先生は早口で授業を進めるのがとても早い。しかも突然問題をあててくる。
(授業についていくためにきっちり予習しなくちゃね)
図書館の自習室は広くいくつも席が空いていた。学院初等部の図書室はレンリルの図書室に比べて随分と施設が充実している。リンが学院に入ってよかったと思ったことの一つがこの図書室だ。ここではレンリルのように席取り合戦にせかせかしなくてもいつでもゆったり利用することができた。
リンが空いてる席を見つけて座ると隣に誰かが座った。なんともなしに相手の方を見ると、そこにいたのはユヴェンだった。
(ファッ!?)
驚いたリンはサッと顔を背けてしまう。
(なんでユヴェンがここに?)
自習室には他に空いている席がいくらでもある。わざわざリンの隣に座る必要なんてないはずだった。リンはちらりと彼女の方を見やる。彼女は本を一冊机の上に置いているもののそれを読むでもなく、かといって何か話しかけるでもなく、ただ腕を組んでリンの方をじっと見つめていた。
リンはしばらく気づかないふりをしていたが、彼女の視線に耐えきれなくなり自分から話しかけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
ユヴェンは笑顔で挨拶を返してくる。
「あの……何か用?」
「ううん。特に用事はないわ。ただあなたのことを監視してあげようと思って」
「えっ!? 監視?」
リンは監視という言葉にドキリとした。女の子が男の子を監視するとはどういうことだろう。そこはかとなくロマンチックな事情を予感させた。
「そう、あなたが何かズルしていないか監視するの。だっておかしいもの。私はあなたより1年も先に習っているのに来たばかりのあなたが私を差し置いてあんな成績をとるなんてね。何かズルしてるとしか思えないわ」
(ああ、なんだそういうことか)
リンはユヴェンの真意を知ってがっかりした。彼女はまだ先日の指輪魔法の授業での一件について納得がいっていないだけだった。
「ズルだなんて。僕はズルなんて何もしていませんよ」
「どうかしら。容疑者はみんなそういうわよね。それにあなたどことなくずる賢そうな顔してるし」
(なんだよ、ずる賢そうな顔って)
「あんな大切な授業で不正があったなんて由々しきことだわ。私、公明正大を旨としているの。だから一応あなたのこと監視しておくわ。そして不正の証拠を見つけ次第先生に報告します」
「はぁ。でも僕を監視しても何も不正の証拠は出てこないと思いますよ。なにせ僕は何もしていないんですから。それに僕は今からただ勉強するだけですし」
そもそも指輪魔法で不正なんてできるのだろうか。リンは疑問に思った。
「それならそれでいいのよ。あなたは勉強に集中してね」
そう言って一息ついた後、ユヴェンは強い口調で付け加えた。
「ただ私はあなたのこと監視するから」
リンはため息をついた。どうやらなにを言っても無駄らしかった。
「分かりました。じゃあ僕は勝手に勉強していますね」
リンは気を取り直して勉強に取り組んだ。ユヴェンは途中までリンが読書する様をジッと見ていたが、そのページを手繰る意外な早さに驚くと、自分も負けまいと慌てて読書し始めた。
「リン、こっちだ」
冶金魔法の教室に着くとテオが手を振ってきた。先に席を取っていてくれたみたいだ。周りには普段からテオと仲のいい友達もいれば、普段はいない子もいた。
「ヒーローのご到着だな」
テオが囃し立てるように言った。
「大袈裟だよ」
リンは恥ずかしそうにしながら席に座った。
「大袈裟なんかじゃないさ。お前はよくやったよ」
「なぁ。ユヴェンの引きつった顔見た時はスカッとしたぜ」
テオの周りにいる子達が言った。リンはヴェスペの剣を発現して以来妙に持ち上げられていた。持ち上げるのはみんな平民階級の子達だった。彼らはユヴェン個人というよりも貴族階級に対して思うところがあるようだった。リンは複雑な気持ちになる。
「リン。さっきさ、図書室でユヴェンと一緒にいなかった?」
「うん。なんか絡まれちゃって。『ヴェスペの剣』を出したのは何かズルしたんじゃないかって」
「はぁ〜? なんだそれ。言いがかりかよ」誰かが言った。
「あいつは頭おかしいんだよ」テオが言った。
「テオ、それは言い過ぎだよ」
リンが少し強い口調で反論した。リンはなぜか分からないけれどユヴェンを擁護したい気持ちになった。
テオはただ肩をすくめてみせる。
「ねぇねぇ、マグリルヘイムからの招待状はもう来たの?」
普段あまり話さない子が待ちきれないという感じで聞いてきた。みんなそれが目当てでリンのことを待っていたのだ。
「うん届いたよ。ほら」
リンはカバンから今朝協会から届いた招待状を取り出す。うわぁ、と歓声が上がった。リンはみんなが見れるよう招待状を回した。みんな争って招待状を見たがる。
手に取っただけで感動してしまう子もいれば、「意外と安っぽい紙だな」とケチをつける子もいた。
「探索隊の様子を教えてね」と早くも土産話に期待する子もいた。
リンは先生が来るまでの間、くすぐったい気分を味わった。
リンとテオは学院内を移動するエレベーターに乗っていた。リンは図書室にテオは協会に用事があり途中まで一緒だった。
「ねぇテオ」
「ん?」
「マグリルヘイムに加わるのってそんなすごいことなの? そもそもマグリルヘイムってなんなの?」
「ん〜、俺も調べてみたんだけどさ。なんか入隊すれば塔の攻略に有利らしいよ」
「塔の?」
「そう。学院を卒業したら塔の頂上を目指して登る奴らがいるじゃん? 攻略するにあたってみんなギルドを組むんだけどさ。マグリルヘイムはその中でも有力なギルドなんだって」
「そうなんだ」
「ギルドの中には学生の頃から有望そうなのに食指を伸ばすところもあるんだけど、そういう学生の青田刈りしてるパーティーの中ではマグリルヘイムが一番実績があるみたいだな」
「ふーん。テオはマグリルヘイムに入りたくないの?」
「ん〜。俺は塔の頂上には興味ないしな」
「えっ、そうなの?」
「学院を卒業したら実家の家業を継ぐつもりだから。ここにきたのは魔法が家業の役に立つから習いに来ただけなんだ。魔導師になれば世界のどこでも自由に行き来して商売ができるからな」
「そうなんだ」
リンは寂しく感じた。学院を卒業したらテオとは離れ離れになるみたいだ。
「お前はどうすんの?」
「僕は……まだ何も決めてないよ」
「そっか」
なんとなく二人とも黙り込んでしまう。
それでもエレベーターが着く頃、テオは明るく言った。
「んじゃ、とりあえずマグリルヘイムの探索隊に参加すればいいんじゃね。何かやりたいことが見つかるかもしれないし」
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