第78話「三大国の編入生」
入港管理局の職員達はラディアットの態度に圧倒されていた。
(これが軍事大国スピルナの上級貴族か。まだ少年だというのに既に軍人の気風が備わっているではないか)
「どうした? お前達は我々を案内してくれるのではないのか? それとも何か問題でも?」
職員がハッとして我に帰る。
「もちろん案内しよう。問題など何もない。君達のことは聞き及んでいる。クルーガなら控え室に……」
「クルーガならここにいるぜ」
職員が言い終わる前にクルーガの声が飛んでくる。
彼はラディアット達から少し離れたところで通路の欄干に背をもたせかけながら腕を組んでいた。
「クルーガさん」
「久しぶりだな。ラディア」
ラディアットがパッと顔を明るくしてクルーガの元に駆け寄る。
その顔からは先ほどまでの威圧的な感じは消えて、年齢相応のあどけない表情が浮かんでいた。
クルーガに向けるその眼差しには憧れすらうかがえた。
「俺がここに来てからずっと会っていないからかれこれ5年ぶりか。大きくなったな。ナウゼお前も」
「どうも」
ラディアの傍にいる少年、ナウゼがクルーガに会釈した。
ナウゼはラディアと違って無口であまり感情を表に出さない。
彼は先ほどから周囲に目をやって、初めて立ち入るこの場所をしきりに用心していた。
まるで物陰に敵が潜んでいるとでもいうように。
「飛行船の一室が貸し切りになるよう評議会に働きかけてくださったそうですね。感謝します」
ラディアがクルーガに言った。
「礼には及ばない。俺もここに来る時は同じようにしてもらったしな」
「活躍は聞いていますよ。学院の魔導競技でクルーガさんに敵う奴はいないとか。ギルドも新しく設立するそうですね。その折にはぜひお声がけください。いつでも馳せ参じますよ」
「もちろん。お前達は俺の右腕だ。何はともあれ今日は飲もう。編入生を歓迎する用意ができている。スピルナの人間だけ集めてな。俺以外の同郷のやつらもいる。世界各地から集められたここの酒は美味いぜ」
「それもいいですがそれよりも。早く塔の上層を見てみたいです」
クルーガは苦笑いを浮かべた。
「それは無理だ。ここはスピルナのようにはいかない。たとえ上級貴族といえども好き勝手に中を探索することはできないんだ。まあその辺の説明もおいおいな。今はとにかく飲もう」
その頃、塔にある別の港ではウィンガルドの編入生達が入港していた。
管理局の者達は彼らを驚きの目で見つめる。
彼らは肌の色、目の色それぞれ別々で雑多な人種の集まりだった。
しかしそれよりも注目するべきは彼らの纏う美々しい装いだった。
彼らは誰も彼も上流階級と一目で分かるシルクの衣服に、身につけている装飾品までいちいち高級だった。
彼らの中で光り輝く魔石を身に付けていないものなど一人もいない。
質実剛健なスピルナの貴族達とは対照的だった。
「塔へようこそ。私は入港管理局の者だ」
職員はウィンガルドの編入生達のうち先頭に立っている代表らしき二人の男女に話しかける。
「どうも。ウィンガルド編入生代表にして上級貴族、ヘルドだ」
男子生徒が億劫そうに答える。
「同じくウィンガルド編入生代表で上級貴族のアイシャです」
女子生徒がハキハキと答える。
「うむ。君たちのことは聞き及んでいる。魔導師協会への登録だけ済ませてくれ給え」
そう言って職員はヘルド達を案内する。
「ふあーあ」
案内されている間、ヘルドは臆面もなく欠伸をした。
彼の姿勢は猫背で目はどんよりと曇っておりいかにも生気がなかった。
「ちょっとだらしないわよ。貴族らしくシャキッとしなさい。シャキッと」
ヘルドとは対照的に溌剌とした雰囲気のアイシャがたしなめる。
「フン。王侯貴族といったところでやることといえば雑用と顔色伺いばかり。奴婢下僕と大して変わらん。」
(ずいぶん斜に構えた若者だな)
入港管理局の者はヘルドを見てそう思った。
「ヘルド。アイシャ。よく来られましたね」
登録を終えたヘルドとアイシャに声がかけられる。
声の主は二人を迎えに来たイリーウィアだった。
「あっ。イリーウィア様。お久しぶり……」
アイシャがイリーウィアに挨拶しようとしたところ、それを遮るようにヘルドが進み出て、二人の間に割って入り、イリーウィアの前で恭しく跪いた。
その挙措は俊敏ながらもいかにも礼儀作法を身に付けた貴族らしいもので、先ほどまでのだらし無さなど微塵も見受けられず、姿勢はピンと伸び、目の曇りは晴れ、口調までなめらかになる。
「ご機嫌麗しゅうございます。イリーウィア様。あなたをお慕いする全ウィンガルド人のうちの一人にして、姫の下僕、ヘルドがただ今魔導師の塔に到着いたしました。まさかこのような場所まで我々をお越しいただけるとは。恐悦至極。幸せの極みにございます」
「気にすることはありません。三大国の編入生は学院に在籍する最も身分の高い者に迎えられるのが慣例です。私はただ役割を果たしているにすぎません」
「もったいないお言葉。姫の高貴さに感じ入るばかり。お手を」
彼はイリーウィアの手を取り彼女の指輪に口付けした。
ヘルドの態度はいかにも慇懃で先ほどまでの不遜さは跡形もなく消え失せていた。
「こうして久しぶりにお会いしてもあなたのお美しさは変わりません。それどころか、ますますお美しくなるばかり。あなたの美貌を前にすれば太陽も雲に隠れ、月も恥じらい、星々も霞むというもの。美の女神ですらあなたを見てため息をついています」
(イリーウィア様の前では露骨に態度を変えやがって)
アイシャはヘルドのあからさまな態度の変わりようを苦々しい思いで見つめた。
「ふふ。あなたは女性を喜ばせる言葉をたくさんご存知ですね」
イリーウィアが可笑しそうに笑う。
「まだまだ言葉が足りません。書を読み言葉を紡ぎ文字にあらわす日々ですが、私ごときの未熟者では姫の高貴さと美しさを言い表すには到底及びません。自らの至らなさに恥じ入るばかりでございます」
「もうそのくらいでおよしになって。あなたの忠誠はよく理解しましたわ。あまり長くなっては後ろで待っている子達が可哀想。あとは歩きながら話しましょう。宴を準備しています」
編入生達はイリーウィアの後について歩いて行く。
「私の与えたグリフォンは元気にしていますか」
イリーウィアがヘルドに聞いた。
「もちろんです。それはもう自分の身をいたわるように、あるいは自分の身以上に気を遣って世話しております。その甲斐あって姫に頂いた時はほんの小鳥に過ぎなかったグリフォンも今や立派な翼を生やしております。塔の中にあると聞く空中都市では成長したグリフォンが大空に羽ばたく姿をご覧に入れることができるでしょう。おや?」
ヘルドはイリーウィアの肩にネズミ型の魔獣がのっている事に気づいた。
ネズミはそこがさも自分の特等席とばかりに、当然のように彼女の肩に居座っていた。
「その肩に乗っている魔獣は……ペル・ラットですか?」
「ええ、そうですよ。カラットって言うんです。私の新しい恋人ですよ」
「はあ……」
ヘルドは一瞬、穏やかでない表情をした。
彼女が自分の寵愛する者に、自身の所有する魔獣やアイテムの片割れを与える習性があることはウィンガルドの上級貴族達の間では周知の事実だった。
「私の方からいろいろとお声がけしているんですけれども。向こうはなかなかなびいて下さらなくて」
イリーウィアが憂鬱そうな表情をしながらカラットの背中を撫でる。
「イリーウィア様にそこまで言わせるとは! 余程才能のある魔導師なのでしょうね」
今度はアイシャが進み出て食いついてきた。
その目は野心と競争心で爛々と輝いている。
「フフ。お二人にもいずれご紹介しますね」
「楽しみです」
「きっとみんなで仲良くなれますわ。何はともあれ今日のところはウィンガルドの宴です。編入生の皆さんを塔内のウィンガルド魔導師に紹介しなければいけません。まずはそちらをつつがなく済ませましょう」
ヘルドは二人と離れて、彼らに自分の声が聞こえないところまで来ると、また先程の不遜な表情になって、姫に対して皮肉っぽい視線を注ぎながら呟いた。
「フン。また新しいオモチャを見つけたというわけか」
デュークはそんなヘルドの様子を見ながらため息をついた。
(リンもリンで問題だが。この若者もこの若者でもう少しどうにかならんものか)
三大国の最後の一つラドスの編入生達はシュアリエとセレカに迎えられていた。
編入生代表のディエネは二人に挨拶する。
「長旅ご苦労だったな。ディエネ」
「ご無沙汰しています。シュアリエさん。旅は中々快適でしたよ。航路の途中で穀物を売って少し利益を上げることができました。おや? セレカ様はもう100階層に到達されたんですか」
セレカは100階層の魔導師が着用できる空色のローブを着ていた。
「ああ、全く彼女はラドスにとって希望の星だ。お前にも後に続くよう期待しているぞ」
シュアリエがディエネの肩に手を置きながら言った。
「はあ。どうも」
「ラドス人のみの酒宴が用意できている。本国でお前とよくつるんでいた4人組もいるぞ。今日は存分に旧交を温めるといい」
「ええ、そうですね」
ディエネは曖昧な返事をした。
実のところ彼はいつも陰謀の話をしている4人組のことが苦手だった。
「ところで、学院の中等クラスにリンってやつがいるんだがな。こいつにはあまり深く関わるなよ」
シュアリエが少し声を潜めて言った。
「はあ。リン。それはどのような御仁で?」
「悪い奴ではないんだがな。少しトラブルの種を抱えている。まあとにかく関わらない方が賢明だ。詳しくは四人組に聞いてくれ」
(リン?)
セレカはシュアリエの言葉に微かに興味を示した。
リンという生徒の名前はまだ彼女の聞いたことのなかった名前だった。
「三大国には飛行船を収容できる港と、その他にそれぞれ幼年部と初等部の学校を設置することが許可されているのよ」
魔導師協会の建物を出たところでユヴェンがリンに言った。
「そうなんだ」
リンは師匠との面談の後、同じく師匠と面談していたユヴェンと落ち合って、今は空港の方へと向かっている最中だった。
入港する飛行船を一目見るためだった。
「三大国の学校を卒業した子達は塔の学院の初等クラスを飛び級して中等クラスに編入することが許されるの。三大国出身者にのみ許された特権なんだって」
(そうだったのか。そういえば三大国の子は初等クラスにいなかったな)
「楽しみだわ。特にスピルナからの編入生。きっとクルーガ様に負けず劣らず涼やかな子がいるに違いないわ」
ユヴェンは早くもまだ会ってもいない編入生に胸をときめかせているようだった。
リンもまたまだ見ぬ編入生達を想像し、もうすぐ始まる新学期に向けて、新たな出会いの予感に期待を膨らませた。
(三大国からの編入生。どんな子達なんだろう)
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