第124話「別れ」
(さてと。どう説明したものかな)
リンは平民派の集会に赴いていた。
彼らにイリーウィアの参加を約束したが、結局イリーウィアをここに連れて来る事はできなかった。
(やっぱ立場悪くなっちゃうよなぁ)
リンは暗澹たる思いで会議室の扉を見つめていた。
ラージヤに才能の限界を提示されたリンは、今やはっきりとこの活動に疑問を感じていた。
彼の飛行船構想は音を立てて崩れようとしていた。
これ以上この活動に参加する意味があるのだろうか。
(それでも逃げればさらに悪い立場に追い込まれてしまう。ここはどうしても行かなくちゃ)
リンは決然として扉を開いた。
リンはイリーウィアを呼ぶことができず、説明に窮していた。
委員会のメンバーに問い質される。
なぜイリーウィアは来ないのか。
彼女は我々の集会に否定的なのか、と。
「そういうわけではありません。ただ彼女にも事情があるみたいで……」
「みたいで?」
「どういう事情があるというのですか?」
「それは……その……」
「やはり彼女は我々の事を快く思っていないのでは?」
「彼女を敵とみなしても構いませんな」
「待ってください。それは……早計です」
「リン殿!」
メンバーの一人がしびれを切らしたように言った。
「あなたは一体どっちの味方なのですか? 我々の味方なのか。貴族の味方なのか」
「ただ貴族を敵とみなすだけでは何の解決にもなりません。彼らと敵対せずに待遇の向上を図る方法もあると思うのです」
「しかしあなたのその日和見な態度が人々を戸惑わせているのですよ」
「すでに集会は目標を失い行き詰まっている」
「日に日に求心力は失われ、参加率は悪くなっている。人々は失望しています。何らかの打開策を立てなければ立ち所に解散の憂き目にあうでしょう」
「貴族を攻撃しないのであれば、何か代案を出してもらいたい。この閉塞した状況を打開する具体的な方策を」
「何か打開策があるのですか?」
「それは今すぐには何もありません。けれども……」
「ではやはり貴族を攻撃するしかない! 今まで我々を踏みにじり虐げてきた過去への報復を!」
「皆さん聞いて下さい」
「僕は今、飛行船を建造することを計画しています。完成すれば、まだ塔の魔導師の誰もが到達したことのない場所に僕達だけが飛行船で到達することができ、品物を交易することができます。これにより平民派は新たな財源と基盤を得ることができるでしょう。決して世迷言ではありません。とある高位魔導師も協力を約束してもらっています。これはまだ表には出ていない計画ですが、彼女は現在新しい灯台建設計画に着手しています。僕達もこの計画に関わることが出来るのです。だから皆さんで一緒にそれを目指しませんか」
幹部達はちょっと黙った後、質問した。
「その高位魔導師とは一体誰のことなのか」
「アトレアという方です。まだ若年ですがすでに500階以上に到達していて将来有望な魔導師です」
「アトレア? 聞いたことがないな」
「本当に我々と協力するというならなぜこの場に来ないのか」
「それは……彼女には来れない事情があって……」
「飛行船など本当に作れるのか?」
「一体どうやって作るつもりですか?飛行船などという代物、莫大な資金と技術が必要ではないですか」
「結局のところ、貴族の協力が必要で貴族に有利な条件の契約が結ばれるのでは?」
「せめて500階層の魔導師くらいの実力にならなければ……」
「侮るつもりはありませんが、いくらリン殿といえども独力で500階まで到達するのは難しいのでは?」
「……っ」
リンは言葉に詰まった。
「それともリン殿。あなたに飛行船が作れるというのですか?」
「それは……」
リンは次の言葉を出すことができずにうなだれてしまう。
カロは表向きリンを攻撃することなく、リンが問い詰められているのを黙って見ていた。
(これでリン殿も分かったでしょう。貴族が来てくれないことを。戦うしかないことを)
アトレアと森の散策。
あいにく彼女は時間通りに来なかった。
リンは危険な森の中にもかかわらずぼんやりとして心ここに在らずという様子で歩き回った。
アトレアがリンの元に来たのは夜もすっかり更けてからだった。
彼女はすっかり遅れてしまったのを詫びた。
その日はあいにく魔獣との遭遇率が悪かった。
何も起こらないため、リンは自然と口数が少なくなった。
アトレアは遅れてきたことを相当に悪く思っていて、何かと気を遣ってリンに話しかけた。
けれどもリンは彼女としばらく一緒に歩くものの何を聞かれても「うん」とか「ああ」とかから返事を繰り返した。
「あ、飛行フキだわ」
森中の飛行フキはその大きな葉をはためかせて上昇気流に乗り、新天地へと飛び立とうとしていた。
大量の飛行フキが夜空に飛び立って行く。
「これだけの上昇気流があればきっと飛行船はつつがなく出発できそうね」
「うん」
「どうしたの? さっきから口数が少ないけれど。やっぱり遅れたこと怒ってるの?」
アトレアが不安そうにしながら尋ねた。
リンはそんな彼女の表情を見ると苦しくなったが、言いづらいことを意を決して言うことにした。
言いづらいことだったが、早く言わなければもっと言いづらくなってしまうだけだ。
「アトレア。ここに来るのはこれが最後になると思う」
「そうね。私が出張に出かけるから。しばらくは来れれないわね。次の探索はその後で……」
「いや、そういう事じゃないんだ。もう一緒に森を捜索する事はない。君が出張から帰って来てからも、そのずっと後も……」
「えっ? どうして?」
「もうこれ以上森の奥まで進む意味がなくなったから」
「そんな……どうして?」
「この前、進路相談があったんだけどさ。そこで先生にはっきり言われちゃった。才能ないってさ。ずっと塔にいる人で以前高位魔導師の人だったから間違いないと思う」
アトレアは問いかけるような表情でリンのことを見つめた。
リンは彼女から目を逸らして次の言葉を続けた。
「なんとなく分かってはいたんだ。ただ誰もはっきり言ってくれる人がいなくて、多分僕のことを気遣ってくれてたんだと思うんだけど。でも今度ばかりは現実を受け止めないといけないと思う」
「……」
「イリーウィアさんに誘われてるんだ。『王室騎士団』に入らないかって。ずっと返事を曖昧にしてきたんだけどもうそろそろはっきりさせないといけない。いくらイリーウィアさんが優しい人でもこれ以上返答を先延ばしにしたら、きっと彼女にも見切りをつけられる。だからもうこの森を君と一緒に探索するのはやめなくちゃいけない」
「そんな……飛行船は? もう造るのやめちゃうの?」
「うん」
「そんな……あなたは立派な魔導師になるためにこの塔に来たんでしょう?『天空の住人』になるために」
「君と一緒に森を歩き回って、目指してもいいような気がしていた。塔の高いところに行って、高位魔導師にもなれるような気がしていた。でもラージヤ先生から親身な忠告をされて……何にも言い返せなかったよ。自分に才能がないってはっきり分かって、また分からなくなってしまったんだ。どうして塔の頂上を目指すのか。僕には分からない。何のために生きるのかさえも。ただ生きるために生きている。そんな感じがするんだ」
「リン。それはあなただけじゃないわ。誰もがさまよっている。自分の人生の主題を求めて。みんな自分が何のために生きるのかを探して必死で生きているの。私だってそうよ」
「君も?」
「ええ、そうよ。だから諦めないで。上に行けば見えてくるものがあるわ。もう少し頑張りましょうよ」
リンはアトレアを不思議そうに見つめた。
「分からないな。どうして君はそんなに僕に期待しているの? 僕が大したことないやつだってことくらい君ももう気づいているんだろ?」
「私もあなたと同じよ。世界のどこにも居場所がない。この塔しかないの」
「僕と同じ?」
「そうよ。私にはこの塔しかないの。塔の頂上を目指すしか……」
「君は……一体……」
ウェアウルフの鳴き声が響く。
アトレアは鳴き声の方を恨めしそうに見た。
まだ鳴き声を聞きたくなかったかのように。
「今日はもう帰らなきゃいけないね」
リンがそう言うとアトレアは動揺したようにリンの顔を見つめる。
「行きなよ。師匠がうるさいんだろ? 僕も自分の居るべき場所に帰るから」
アトレアはチーリンの背中に跨るものの後ろ髪を引かれる思いだった。
まだリンのそばにいなければいけないような気がして何度も振り返る。
「リン。今日はもう帰るけれど。またここに来るわよね。これでお別れなんてことないわよね」
リンはそれには答えずただただ俯くだけだった。
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