第40話「秩序と才能」
リンの不安をよそにイエローゾーンの探索は淡々と進んでいった。
50メートル程進むごとにティドロは木や石に魔法文字を刻んでマークする。指輪の光が強くなれば周囲を警戒し、索敵して魔獣が出てくればティドロがそれを倒す。
リンはティドロの言いつけを守りつつ、ただただティドロから何かを学ぼうと彼のことを観察し続けた。
(やっぱり凄い人だな)
ティドロの足取り、姿勢、周囲への警戒、戦闘、手際の良さ。リンにはどれを取っても素晴らしいものに見えた。
(こうして後ろから見ているだけでも参考になる)
リンはティドロの足取りや姿勢だけでも学ぼうと見よう見まねをしてみた。
「リン、何か要望とか不満とかはないかい?」
突然聞かれてリンは首をひねった。
「いいえ。特にありません」
またティドロが遭遇したグリズリン(クマ型の魔獣)を倒す。ティドロはグリズリンの爪、しかも最も硬い部分だけ回収してその場を後にする。
ティドロは先ほどからこのような感じで、倒したモンスターの一部のみアイテム化して回収している。
「小人を使わないんですか? 小人を使えばもっとアイテムをたくさん回収できるでしょう?」
「小人はいい。どうしても移動速度が遅くなってしまうからね。それよりも魔獣との遭遇率を高めたいんだ」
時間が正午になったので、リンとティドロは昼食をとった。
ティドロが周囲に結界を張ってくれる。結界の中に入れば魔獣に襲われてもまず危険なことはない。
「君を見ていると、自分が初等部だった頃を思い出すよ」
おもむろにティドロが話し始めた。
「昔は僕も君のように学院の授業を聞いてただ課題をこなすことしか考えていなかった」
リンは首を傾げた。
「それではダメなんですか?」
「ダメだ」
ティドロは強い口調ではっきりと言った。
「学院の教員達、彼らが本当に望んでいるのは生徒の成長ではなく秩序だ。そのためなら個人の才能を潰すことだって平気でやるんだよ。僕も以前は先生の言うことにただ従っていればいいというふうに考えていた。けれどもある日ルールを無視している奴に先を越されたんだ。君はドリアスっていうやつを知っているかい?」
「……いえ、知りませんね」
「そうか。それなら知っておいたほうがいい。僕と同期のやつで、彼は問題児だけどまちがいなく天才だ。今はワケあって活動を停止しているけれど、復帰すれば塔中の話題をさらうことは間違いない」
「はあ」
「魔獣の森の探索を始めた頃、僕とドリアスはブルーゾーンとイエローゾーンの境目まで来た。そこで『コモドラン』と言うモンスターがいるのが見えたんだ。レアな魔獣だ。出現するのは10年に一度かどうかって言われている。大して強くはないけれど魔導に使える珍しい宝石をたくさんお腹のポケットに蓄えているんだ。コモドランを倒せばレアアイテムをたくさん手に入れられることは間違いなかった。けれどもコモドランはイエローゾーンに入ってすぐそこの場所にいた。僕たちはイエローゾーンに入るのは禁じられていた。無論、僕は躊躇ったよ。危険だし、何よりルールを破ることに抵抗があったからね。
でも奴は……、ドリアスは何の躊躇もなくイエローゾーンに足を踏み入れたんだ。
僕は彼を制止しようとしたよ。ルールを破るのは良くないって。危ないことはするべきじゃないって。けれどもドリアスはそう言う僕をせせら笑って森の中に入っていったんだ」
ティドロはその時の会話を思い出す。
「やめろドリアス。ルール違反だ。危ないよ」
「大丈夫さ。俺の力ならイエローゾーンでも問題ない」
「でも先生に怒られるよ」
「アハハハハ。それはもっと大したことない問題だよ」
「悪い人ですね。そのドリアスって人は」
「いいや。あいつは正しかったんだ。その証拠にあいつはほんの少しの罰と引き換えに強大な力を手に入れた。僕はそのことがいまだに悔しくて悔しくてたまらないんだ」
ティドロは本当に悔しそうな表情を浮かべた。リンはなんと言葉をかければいいか分からず少し迷ってから喋った。
「今度はティドロさんがそのドリアスって人を出し抜けるといいですね」
ティドロは苦笑する。
「そうだね。そうできるとどんなにいいだろうね」
リンとティドロは昼食を終えた後、張り巡らせた結界をたたんで元来た道を戻っていった。
リンもこの頃には幾分か緊張も失せていた。ティドロと昼食を一緒にしてなんとなく打ち解けたような気がしたのだ。ティドロの方でも人懐っこいリンに好感を抱き始めていた。
「リン、すまないね。僕の都合ばかり優先させてしまって。君のことをもう少し考えるべきだったかもしれない」
「いえ、そんな」
「帰りは君の要望をなんでも言っていいよ。僕の方はもうノルマを達成したから。例えば、何か興味のある魔獣がいるとか、獲得したいアイテムがあるとか。そういう希望があれば遠慮なく言ってくれ」
ティドロはリンのリアクションに期待した。ここまででリンに大した力が無いことは見抜いていたが、せめて何らかの気概を見せて欲しかった。
「お気遣いありがとうございます。でも僕はティドロさんの仕事振りを見ているだけで十分ですよ。それだけですごく勉強になります」
「……そうか」
ティドロは難しい顔をした。
「リン。こんなことを言うのもなんだが、君をマグリルヘイムに誘ったの迷惑じゃなかったかな」
「迷惑? そんな……とんでもない。嬉しかったし、とてもいい経験を積ませてもらっています」
「そうか。それならいいんだが……。あんまり君が魔獣や森のアイテムに興味がなさそうだから、例えば何か今は他に取り組むことがあって忙しいんじゃないかと思ってね。何かマグリルヘイム以外の活動には参加しているのかい?」
「そういうのはないですね」
「そうか」
ティドロは考え込むような表情になった。
(何かまずいこと言っちゃったかな)
ティドロはあくまで穏やかに言っていたが、リンにも彼が何か自分に対して不満を感じていることは汲み取れた。
「すみません。勉強不足で」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。ただせっかくの機会なのにもったいないと思ってね。例えば休日とか空いた時間にマグリルヘイムの活動や魔獣の森について調べようとか、そういうことは思いつかなかったのかい?」
「えっと……」
ここ最近はユヴェンに追い回されたり、引っ越したりでそれどころではなかった。
しかしそんなことを言えば印象が悪くなるだけに違いなかった。女の子に追い回されたり、お引越しで時間がなかったと言って誰が納得するだろう。
リンは別の言い訳を言うことにした。
「ちょっとそれどころではなかったんです。僕は工場で働いていたので」
「働いていた? 学費なら奨学金制度があるだろう?」
「学費は奨学金でまかなえますが、生活費を自分で稼がなくてはいけなくて。その……僕には親からの仕送りとかもありませんし」
リンは顔を赤くして俯きながら言った。
「……そうか。それなら……仕方がないね」
ティドロはリンから顔をそらせて茂みの奥の方を見た。リンもティドロの視線の先に目を走らせたがそこには何もなかった。ティドロはただリンに顔を見せたくないだけだった。
リンとティドロは帰り道何事もなくブルーゾーンに戻り、2日目のキャンプ地にたどり着いた。
ティドロはマグリルヘイムの事務があるということでまた集合時刻だけ伝えてリンに時間を潰しているように言った。
リンはイリーウィアがいないか探してみたが見つからず、またエリオス達と会ったため彼らと談笑した。今度はこまめに時間をチェックして遅れないようにした。
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