第20話、「マグリルヘイムのスカウト」
「55階、第2競技場へ」
魔法語でそう唱えるとリンとテオを乗せたエレベーターが音を立てて動き出す。リンとテオは指輪魔法の授業が行われる教室に向かっていた。
「今日はいつもと違う場所でやるんだな」
テオが学院の書の教室変更連絡を見ながら言った。
「今日は実技があるらしいよ。ほら科目要項に書いてある」
「なるほど。それで競技場を使うのか。ようやく面白い授業を受けられそうだな」
「うん」
リンはテオの言うことに心から同意した。彼は科目要項で授業の内容を読んでからずっと今日の授業を楽しみにしていた。というのは今回の授業では、猛獣と戦う時に使用した『ルセンドの指輪』を使うようだからだ。リンはあの時に感じた指輪の不思議な感覚を思い出した。
あの奇妙に親しみを覚える指輪にもう一度触れることができる。そしてあの指輪をもっと高度に使いこなすことができる。それを思うとワクワクした。
55階の第2競技場は広々とした円形の空間を中心とした施設だった。上部には見学者のためにギャラリーが設けられている。リンの視線は教室の中央に吸い込まれる。
教室の中央部には珍しい形をした岩石と台座が設置されている。かくして台座の上には『ルセンドの指輪』が置かれていた。リンは胸が高鳴るのを感じた。
教室にはすでに大勢の生徒がいて授業が始まるのを待っていた。
「あ、ユヴェンだ」
「げっ」
リンがユヴェンも教室にいることに気づき、テオが嫌な顔をする。今日は珍しく一人だった。いつもは派手なグループの子達と一緒におしゃべりしているのに。その視線は心なしか上の方を見ている。
(なんだ?)
リンはユヴェンの視線の先を追ってみた。どうやらユヴェンはギャラリーの方を見ているようだった。ギャラリーは室内上方の壁に沿って細い通路が備え付けられたものだ。ギャラリーにも学院生がちらほらいてこちらを見たりおしゃべりしたりしている。
「上級生だな」テオが呟いた。
確かにギャラリーの上にいる学院生達はリンやテオよりも背が高く、顔つきも大人びていた。
ユヴェンはどうやらギャラリーにいる人物をじっと見つめているようだった。リンはユヴェンの視線の先にいる人物を目を凝らして見てみる。そこには意外な人物がいた。
(あれは……クルーガ!?)
そこには写真でしか見たことがない魔導競技の連覇者にしてスピルナ上級貴族のクルーガがいた。隣にはエリオスがいて何か喋っている。
「おい、あれクルーガだよな。ユヴェンが狙ってる……。エリオスと知り合いだったのか」
「どうして二人がここに」
リンは教室の空気が妙にソワソワしているのに気づいた。緊張した面持ちの子や落ち着かずキョロキョロしている子、あるいは集中力を高めようと瞑想している子、さらには頭を抱えている子までいる。普段の授業ではありえないことだった。
「なんか変な空気だな」
テオも教室の奇妙な空気に気づいたようだ。
「どうしたのかな」
「聞いてみよう」
テオは普段からよく話すトリアリア語圏の子に話しかける。
「よお。今日なんかあるの?妙にみんなナーバスだけど。」
「知らないのか?マグリルヘイムが今日この授業の視察に来るんだって。最も上手く指輪の力を発揮した者はスカウトされて夏季に行われる『ヘディンの森』の探索チームに抜擢されるって。昨日掲示板で告知されたんだ」
「なんだって?えらい急な話だな」
「ティドロさんの発案らしいよ」
「ティドロっていうと…あの入学式で喋ってた首席のやつか!」
「そうだよ。くっそぉ〜。こんなことなら事前にもっと指輪魔法を練習しとけばよかった」
テオが話しかけた子は頭を抱えて悔しがっている。
(なるほど。それでみんなこんなにソワソワしているのか)
リンは納得した。
歴史に名を残した魔導士には共通点がある。それは自分だけの特別な魔道具や魔獣、精霊を使役していたということだ。『ヘディンの森』は歴代の魔導士達が最新魔道具のパーツとなる原石や魔獣を発見した場所だ。しかもまだ人類未到達の場所がいくつもある。魔導士として身を立てたいものは早めに入っておくに越したことはない。しかもマグリルヘイムは塔内でも選り抜きのメンバーが揃っているギルドだ。マグリルヘイムに所属すれば森のより奥深くまで到達して未知のアイテムを手に入れられる可能性が高くなる。
「おぉ間に合ったか」
大きな声が競技場に響き渡る。ティドロの声だった。リンが声のほうを向くと、かくしてギャラリーの昇降口付近にティドロはいた。今来たばかりのようだ。彼の後ろには調査隊マグリルヘイムのメンバーがゾロゾロとついてきている。
彼らの視線は否応なく競技場の生徒達を緊張させた。
「みんな今日は見学させてもらうよ。おそらくもう知っているかと思うが、今日の授業で高得点を取った者を我らがギルド『マグリルヘイム』にスカウトするつもりだ」
ティドロが競技場全体に響き渡る大声でそう言った。
「『ヘディンの森』には通常魔獣学の単位を取得していなければ入ることができない。しかし! 僕はこの制度に疑問を持っている。才能と志ある者は早くからヘディンの森に入り刺激を受けるべきだ。
だから僕達は魔導師協会に初等クラスの人間でも森の探索に連れていけるよう制度改変を直訴した。協会は条件付きで認めてくれたよ」
(なんか暑苦しい奴だな)
テオは顔をしかめた。彼にとってティドロはあまりお近づきになりたくない人間だった。
「今日は君達がどれだけ普段から魔導士としてコツコツ努力しているのかを見せてもらう。魔導士はいかなる不測の事態にも対応する実力がなければならない。そのために重要なのは才能と不断の努力のみ。一夜漬けの勉強や三日坊主の鍛錬に意味なんてない。今日は君達の素の実力が見たいんだ。だから僕達の事は気にせずに指輪魔法の授業に励んでくれたまえ」
ティドロはそう言うものの実力を見られる生徒達からすれば気にしないわけにはいかなかった。むしろプレッシャーをかけているとしか思えなかった。そわそわしていた子達はますますそわそわするばかりだった。
「テオ、どう思う?」
いまひとつ教室の雰囲気についていけないリンがテオに尋ねてみた。
「う〜ん。あんま興味わかないかな。俺、マイペースに頑張る派だし」
「なら辞退しなさいよ」
「うぉっ、ユヴェン?」
いきなりユヴェンの棘のある声が後ろから飛んできてテオは驚いて振り向いた。彼女はいつの間にか近づいてきてリンとテオの会話を聞いていたようだ。
「辞退ってお前、これ基礎魔法科目だぞ。単位取らなきゃ卒業はおろか先に進めねーだろ」テオが言い返した。
「あんた探索隊に興味ないんでしょ?興味のないあんたが興味のある私のような子を差し置いて選ばれたら申し訳ないと思わないの?」
「いや、そんなこと言われても……」
「第64期生でライジスの剣を発動できたのは私とあんただけ。つまりスカウトされる可能性が高いのは私かあんた。あんたさえ辞退すれば高確率で私が選ばれんのよ」
「……お前は随分やる気なんだな」
「当たり前でしょう。ここでスカウトされれば一気にクルーガ様他、将来有望な上級貴族の方々に近づけるのよ」
「男目当てかよ」テオが呆れ気味にいう。
「違うわ。爵位目当てよ」
「余計不純だろ!」
「とにかく!」
ユヴェンがビシッとテオを指差す。
「いい?私の邪魔だけはしないでよね。邪魔したらタダじゃおかないわよ」
そう言ってユヴェンは立ち去っていった。
「あんなこと言ってるよ。どうする、テオ?」
「知るか。あいつの都合に付き合う義理はねーよ。俺は普通に単位を取るだけだ。お前も気にすんなよ」
リンはユヴェンが話しかけてくれなかったことにがっかりしている自分がいるのに気づいた。
彼は以前彼女に手を握られた時に感じた彼女の手の冷たさと、顔を近づけてきた時に漂ってきた甘い香りをいまだに忘れることができずにいた。
そうこうしてるうちに指輪魔法の教授、ウィフスが現れる。
「はい皆さん!お静かに。授業を始めますよ」
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