第43話「テオの怪しい行動」
リンは学院からアルフルドの自室に帰るとロビーから持ってきた新聞を広げる。
(さーて今日はどんなニュースが載っているかな)
リンは目当ての記事を探して新聞をめくっていく。
リンが知りたいのは100階層『雛鳥の巣』で起こったこと、もっと言えばエリオスの消息に関してのことだった。
アルフルドで発行されている新聞には学院都市における話題だけではなく、100階以上で起こった事件についても記事が掲載されている。
リンは読み始めてから知ったが、新聞はレンリルにおいては発行されていなかった。
レンリルには魔法文字もろくに読めない者しかいないのだから、考えてみれば当然のことだった。
シャーディフの言っていたアルフルドでなければ上層階の情報が入らないということの意味が分かった。
リンが新聞を読み始めたのはエリオスが卒業してからだった。
一応リンも塔の上層を目指しているのだから上層の情報には触れておくべきだったが、今までリンはそのことに思い至らなかった。
リンは200階層以上の出来事やアルフルドに関する記事は飛ばして100階層のことについて載っているページを目指して紙面をめくっていく。
(お、あった)
リンはエリオスについての記事を見つけてページをめくる手を止める。
見出しにはこうあった。
『学院開設以来の秀才、100階層に到達』
リンは内容にも目を通していく。
そこにはエリオスの経歴とその才能について詳しく書かれていた。
学院を異例の速さで卒業。
その卒業スピードは長い学院の歴史から見ても異例の速さで、学問の魔導師ゼウルスにも匹敵しうるものであること。
平民階級においては快挙であること。
今後の活躍に期待がかかっていること。
リンは記事を読み終わった後、改めてエリオスへの尊敬の念を深めた。こんな風に特集されるなんてやっぱりすごい人なんだな、と。
(僕もエリオスさんのようになるため頑張らなくっちゃね)
リンはそれだけ考えると新聞を閉じてルームメイトに声をかけた。新聞は共同で購読しているため自分が読み終わったら他のルームメイトに回すのがルールだった。
リンは新しくルームメイトになった二人に声をかけたがもう二人とも読んだ後ということだったのでテオに声をかけた。
「テオー。新聞読むー?」
「いや、いい」
テオはそっけなく言った。
彼はこちらを向きもせず机の上で何やら紙に図を描く作業に熱中している。
最近の彼はずっとこの調子だった。
仕事もサボりがちで授業中ですら隙を見ては図を描いている有様だ。
初めは何か学院の授業の対策かとも思ったが、製図が必要な科目は冶金魔法の授業以外特にないはずだった。
そしてテオは冶金魔法の単位を既に取得している。
これについてテオはリンに何も教えてくれなかった。何か聞いても「いずれ話す」の一点張りだった。
(ったく。一体何やってんだか)
リンは肩をすくめて新聞を元の場所に戻す。
リンはマグリルヘイムからの招集を心待ちにしていたが、知らせは一向に届かなかった。
魔獣の森から持ち帰ったアイテムはイリーウィアの言う通りいい値で売れるようだった。
彼の戦利品はキマイラから獲得したアイテムの他、ブルーゾーンにおいて獲れる魔獣や鉱石、薬草のみだったが、試しに市場で売値を聞いたところ15万レギカほどになるということだった。
リンはむしろ毎日でも魔獣の森に行きたいくらいだった。
それだけに召集がかからないのは彼を焦らせた。
リンは自分の預金口座の残高に目を通してため息をつく。
預金残高は2万レギカほど。
(今月もギリギリだな)
アルフルドでの生活は予想以上に費用がかかった。
おまけに最近テオは仕事をサボりがちでリンから借りるお金をあてに生活している。
仕方なくリンもレンリルに降りて昼食をとるなど節約し、アルバイトも掛け持ちするなどしているが、それでもいっぱいいっぱいだった。
学院での修学にも支障をきたし始めている。
とはいえリンはレンリルに住居を戻す気にはなれなかった。何だかんだ言って便利なアルフルドの生活から離れられなくなってしまっていた。
(みんなこうしてアルフルドに囚われて留年していくんだな)
リンは日に日に憂鬱になっていった。このままでは本当にシャーディフのようになってしまう。
とはいえ、リンは決断できずにドツボにはまっていくのをどうすることもできなかった。
マグリルヘイムに呼ばれないのはリンの学院での立場も微妙なものにした。
「ねえ。まだ次回の活動に招集されないの?」
マグリルヘイムの話を目当てにリンに話しかけてくる子達は会うたびにそれを聞いてきた。
リンとしてもなぜ呼ばれないのか分からないので答えようがなかった。
「分からないんだ。僕の方からマグリルヘイムに問い合わせる手段がなくってさ。いつも連絡は向こうから来るのを待つしかないんだ」
クラスメイト達はリンのあやふやな答えを訝しんだが、彼はそう言ってはぐらかすしかなかった。
そうこうしているうちにマグリルヘイムが今期二回目の魔獣の森探索を始めたという知らせが学院初等クラスにも届いた。リンは呼ばれなかった。
ここに来てリンも自分が切られたことを悟らざるを得なかった。
クラスメイト達は一斉にリンに疑惑の目を向ける。
ユヴェンはここぞとばかりにあることないこと吹聴した。
「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。あんなパッとしない子が抜擢されるなんて。指輪魔法の時にも不正を働いたに違いないわ。きっと生活が苦しくって必死だったんでしょうね。かわいそうに」
このように同情するふりをしながら巧妙にリンを不正の容疑者に仕立て上げていった。
リンはクラスメイト達の同情の目線に耐えなければならなかった。
しばらくクラスの中で居心地の悪い思いをしたリンだったが、人々のリンへの興味は時間が経つにつれて次第に薄れ始め新しい話題へと移っていった。魔導競技のことである。
またユヴェンもリンを中傷する一方で、リンへの興味を無くしつつあるのを感じていた。
(やっぱり大したやつじゃなかったわね。全く。一時とはいえ私もなんでこんな奴にこだわってたんだか)
ユヴェンも以前のように戻っていった。リンのことを無視し、テリムに声をかけ、テオにはちょっかいを掛ける。
リンは一抹の寂しさを覚えながらも平穏が訪れたことにホッとした。
しかし財務事情は一向に好転しなかった。
妖精魔法の授業。
リンは板書をきっちりノートに取っていたが、隣でテオは授業と全く関係ないことをしていた。
最近のテオは授業は省エネモードで何かよくわからない本を読んだり、紙に何か製図のようなものをしたりしていた。もともとあんまり授業を聞いていなかったテオだが、最近はますますその傾向が強くなっていた。
今も妖精魔法の授業とは全く関係のない本を机の上に広げては、紙に何か図を描いている。
リンがテオの読んでいる本を見てみると『質量魔法応用』『エレベーターの運用初歩』『石盤の作り方』といったタイトルが並んでいる。
(本当に何やってんだよこいつ……)
「リン」
ケイロン先生がリンの名前を呼んだ。
「はっ、はい」
「何をよそ見してるのかな? 授業をちゃんと聞かなきゃダメだぞ」
「すみません」
最近テオが原因で、ケイロンのリンを見る目が厳しくなっていた。以前は授業を聞かないテオを直接叱ったが、その時あっさり言い負かされてしまった。テオと直接やり合えば彼の威厳が損なわれる恐れがある。そいううわけで彼は最近、リンを叱ることで間接的にテオを牽制していた。
(なんで僕が……)
リンがテオの方を見ると相変わらず謎の図面とにらめっこしながら腕を組んで考え事をしている。
リンは苦笑した。リンの最近の受難はテオのせいと言えなくも無かったが、それでも彼のこういう真剣な態度を見ると怒る気にはなれなかった。
リンはなんだかんだ言ってテオのことを信頼していた。
(大丈夫。もうすぐ彼のこの怪しい行動も終わるさ。そうすれば理由を話してくれるはず)
実際、彼が腕を組んで考え事をしている時は、考えがまとまるまであと少しのサインであることをリンは知っていた。何かやるにしてもやらないにしても、もうすぐなんらかの結論が導かれるはずだった。
「そうか! 分かったぞ。」
リンが板書を写す作業に戻ろうとした時、突然テオが叫び出す。
テオは立ち上がって教室を出て行こうとする。
「おい。どこに行く」
ケイロン先生が止めようとした。
「すみません。早退します」
テオはケイロン先生の制止にも振り向かず駆け出していった。
ケイロン先生はリンをジロリと睨んだ。
リンは愛想笑いを浮かべる。
(なんで僕が……)
リンは職員室でこってり絞られた後、アルフルドの自室に帰った。
「う〜、ただいま〜」
「お、おかえり」
自室に戻ると既にテオが帰っているところだった。しかも妙に顔が明るい。リンはさすがにイラッとした。
「どうした? 遅かったね」
「君の身代わりになぜか僕が怒られて職員室に呼び出されたんだよ。アホ!」
「そんな意味不明な呼び出しバックレればよかったのに〜。いやごめんごめん悪かったよ」
リンがジトッとした目で見るとテオは笑いながらも謝ってくる。
「いい加減何やってるか教えてくれよ。もうこれ以上は付き合いきれないよ」
「大丈夫。もうめどはついたから」
「めど? 一体何の?」
「思いついたんだよ。エレベーターの理不尽な徴税を免れる方法を。この方法ならレンリルからアルフルドまで品物を運んでも課税されずに済む」
(こいつ……まだ諦めてなかったのか……)
リンはテオの諦めの悪さに愕然とした。
「これでもう工場で働かなくてすむぞ。いいやそれだけじゃない。うまくやれば大儲けできる。学費やアルフルドの生活費に悩むことはなくなるはずだ」
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