第121話「自由課題」
塔の製作以来、ティドロとクルーガは今まで以上にラージヤの授業に熱心になっていた。
イリーウィアの製作した塔が彼らの競争心に火をつけた。
元々、マグリルヘイムとスピルナのグループは一般の生徒にとって近寄り難い雰囲気があったが、最近はさらに近寄り難くなっていた。
ティドロはイリーウィアの製作した塔を凌ぐものを作ろうと躍起になっていたし、クルーガもスピルナ人の誇りにかけてウィンガルド貴族に負けないものを作ろうと必死になっていた。
燃えているのは彼らだけではない。
教室中の生徒達が自由課題の提出に向けて鬼気迫る勢いで取り組んでいた。
あれだけラージヤへの不満を唱えていたユヴェンも巻き返しを図らんとして、せっせと取り組んでいる。
もうこの授業で加点対象になりそうなものは自由課題くらいしかない。
教室は全体的にピリピリした雰囲気に包まれていた。
このような教室の雰囲気をよそにラージヤは隙あらばイリーウィアに声をかけていた。
その態度は余計に教室の雰囲気をナーバスにさせた。
教授がやたら一人の生徒にのみ声をかけるのはよくあることで、それは自身のお気に入りの生徒である事を示していた。
お気に入りの生徒に最高得点を与えることもよくある事だった。
最高得点ならまだしもお気に入りの生徒にだけ単位を与えるというのもよくある事だった。
現在、彼の口からはっきりと賞賛の言葉をかけられたのはイリーウィア一人。
他は全員単位無しというのもあり得た。
もっとも、ラージヤがイリーウィアに声をかけるのは別に目的がありそうだったが……。
イリーウィアはラージヤから誘われそうになる度、逆に質問をぶつけて口を塞ぎ、適当なところでアイシャやヘルドに押し付けた。
「ところで先生。アイシャの自由課題を見てあげてください。彼女は困っているようで」
「ん? ああ、そうかね」
イリーウィアはラージヤがアイシャに指導しているうちにさっさとヘルドの方へ逃げ出して行く。
(うう。イリーウィア様。私にばかり面倒ごと押し付けて)
アイシャは恨めしそうにイリーウィアの方を見た。
兎にも角にも生徒達はラージヤにきちんと評価してもらえるのかどうか不安に駆られながら課題を進める他なかった。
リンも不安に駆られて作業を進める一人だった。
リンは自身の自由課題である飛行船の模型をずっといじくっていた。
「うーん。なかなか上手くいかないな」
先ほどから起動して、実際に飛ばしてはいるものの、フラフラ飛んだかと思うとすぐに墜落する。
その繰り返しだった。
この大きさの船もまともに飛ばせずに、実物を飛ばすことなど到底できない。
飛ばす際には船だけでなく大勢の人と荷物も載せるのだから。
リンの自由課題は難航していた。
リンが飛行船の建設がうまくいかず悩んでいるとテオが話しかけてきた。
「リン。俺の作業手伝ってよ」
「うん。いいよ。……これは何を作ってるの?」
「新しいエレベーター輸送システムのモデル。リン。飛行船の模型を」
「? うん」
リンはテオが何を作っているのかよくわからないまま手伝う。
なぜエレベーターの輸送システムに飛行船を使うのだろうと思いながら。
ピリピリした教室の雰囲気をよそに、テオはこの授業をマイペースに過ごしていた。
テオはすでにこの授業の単位を取得する見込みがなくなっていた。
そのため彼は授業の内容なんかそっちのけで遊んでいた。
リンはテオの作ったエレベーターを観察してみた。
それは縮尺を考慮するとあまりにも巨大なエレベーターだった。
そして通常のエレベーターについている箱がなかった。
ただ上階に向けて伸びる巨大な通路があるだけだった。
何か大量のものか、巨大なものを運ぶようだが、それと飛行船とどういう関係があるのだろうか。
リンは不思議に思いながらテオの作業を見守った。
テオはリンの作った飛行船の模型をエレベーターの一番下に設置した。
入れた場所を厳重に閉じる。
「! もしかして飛行船を運ぶエレベーター?」
「ああ、その通り。これがあれば飛行船を塔のどこにでも運ぶことができるぜ」
「おお〜」
(さすがはテオだな。こんなことを思いつくなんて。これはアトレアにも教えてあげなきゃ)
「ほう。面白いものを作っているね」
ディエネが近づいてくる。
「うぜーな。あっち行けよ」
テオが邪険にする。
「まあまあそう言わずに。これは?」
「輸送システム」
「! 塔内で飛行船を輸送するのか」
ディエネが驚いて言った。
「確かに現状飛行船の高度は限られている。そのため、飛行船に積まれた荷物を上階に運ぶには一旦荷物を降ろしてからエレベーターに再度仕分けする必要がある。しかし飛行船ごと上階に持っていけば積荷を降ろす作業を省ける」
「そういうこと」
「しかし飛行船を塔内のエレベータで持ち上げるとなると質量の問題があると思うがね」
シュアリエが会話に割り込んでくる。
先輩の威厳を示すように問題点を指摘した。
「まあ見てなって。リン、水を注いで」
「? うん。妖精よ。エレベーター内を水で満せ」
瞬く間にエレベーターの通路は水で満たされる。
飛行船は水の上に浮かぶ。
それだけでなく水位は上昇し、飛行船はそれに伴って上昇していく。
「……」
シュアリエは唖然とした。
「なるほど。水の浮力を利用するのか。あとはこれだけの水をどこから持ってくるかだね」
ディエネが言った。
「しかしそれなら簡単だよ。精霊の力を使えば塔内でも川や運河を引くことはできるから……」
知らない人が口を挟む。
「それよりも問題は空間だろ。これだけの空間をどうやって確保するんだ?」
「ドックの形状も工夫の余地がありそうだな」
「船の形状もだ」
また別の人達が口を挟んだ。
いつの間にか周りにちょっとした人だかりができていた。
テオの構想に興味を持った人は殊の外多いようだった。
リンはなんともなしに周りに集まっている人を眺めてみた。
そこにいる一人の人間を見てギクリとした。
「あ、ラージヤ先生」
リンの呟きを聞いてみんなギョッとした。
誰も彼が人だかりの中にいることに気づかなかったのだ。
みんな不意を突かれて口をふさいでしまう。
周囲に緊張が走る。
怒られるのではないか、と心配して。
「なんすか?」
テオは物怖じすることなくジロリと睨んだ。
「いや……なんでもない」
ラージヤはそれだけ言うとあっちの方に行ってしまう。
その後はみんな、なんとなく悪いことをしたような気分になってその場を離れた。
テオは再びマイペースに自分の作業に取り組む。
彼は相変わらず周りの目なんてお構いなしだった。
リンはいつも通りイリーウィアと一緒にグリフォンに乗って森の上空を飛んでいた。
適切な着地地点を探して空をフラフラと飛び回るがなかなか見つからなかった。
「リン」
「……」
「リン」
「……」
「リンったら!」
肩を揺すられてようやくリンはハッとして、呼ばれていることに気づく。
「あ、イリーウィアさん」
「もうリンったら。さっきから何度も呼んでるのに」
「す、すみません。ボーッとしてて」
「何か考え事ですか?」
「ええ。ちょっと。ところで何か御用でした?」
「今日はどうしようかと思って。魔獣を狩りますか?それとも精霊の祠に行きますか?」
「えーっと……」
「精霊と契約を結ぶための対策はしてきましたか?」
「う……、何もしてないです」
イリーウィアは困ったような笑顔を向けた。
「困りましたねぇ。では魔獣を狩りましょうか」
「……はい」
リンは申し訳なさそうにしてまたグリフォンを操るのに集中する。
「あっ」
「どうしました? リン」
「以前あった『エントの木』が無くなってる」
リンが以前見つけた『エントの木』は何者かによって伐採されていた。
そこにはぽっかりと大きな空間ができている。
「残念でしたね」
「くそっ。欲しいアイテムだったのに……」
リンはいかにも余裕のない様子で言った。
(タダでさえ飛行船の製作が難航しているっていうのに。『エントの木』も無くなったとなると間に合うかなぁ)
リンは頭を抱え込む。
彼はここ最近、平民派の集会やヘルドとの密輸、イリーウィアとの森の散策、アトレアとの森の散策でいっぱいいいっぱいだった。
「……」
イリーウィアは少し考え込むような仕草をした。
「リン、あなた最近心に余裕がないのではありません?」
「うっ。そ、そうですかね?」
「最近はアイシャの訓練も休みがちなんでしょう?」
「う、確かに……」
リンは観念したように認めた。
「人が平静でいられない時、それは身の丈に合わないことをしている時です」
「身の丈……」
「飛行船を自由課題にするのは諦めてみては? もう少し簡単なものにした方が良いでしょう」
「そう……ですかね」
「ただでさえあなたは他にも色々と活動なさっているんでしょう?」
「ええ、僕の中では全部一つに繋がっているのですが」
「ですが、目下手に余っています」
「……」
「飛行船は将来の課題にして。まずは授業の単位を取ることを優先しましょう」
「……はい」
「『エントの木』を手にいれるのは一旦諦める。それでいいですね?」
リンは同意せざるを得なかった。
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