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第58話「アルフルドのならず者」

前回、第57話「二人だけの会話」

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 アルフルドの80階層。

 そこは一等地とまではいかないがそれなりに富裕な者達の邸宅が建ち並び、大手の商会も事務所を構える繁華街である。

 その80階層の中でも高層で大手商会が多数入居している建物の一角の事務所で怒鳴り声が張り上げられていた。

「なんで徴税額がこんなに減ってんのよ」

 ロレアが机をダンと叩いて、手下の男達に向かって当たり散らしていた。

 彼女はいかにもイライラとした調子で尖った唇をさらに尖らせ眉間にしわを寄せている。その顔つきと表情を見れば、彼女を初めて見た人でも彼女が神経質な人だと容易に察するだろう。

 彼女こそがレンリルとアルフルドを結ぶエレベーター間での徴税を魔導師協会に提案した張本人である。

 この商売はアルフルドには富裕な家柄の子弟が多く、レンリルには貧しいものが多いことを見越して思いつかれた商売であった。

 昔はもっと貧富や貴賎の隔たりがなく各階層に混在していたが、年を経るにつれてアルフルドに住むのは貴族や富裕な者ばかりに、レンリルには平民や貧者ばかりに、という風に偏っていった。

(貴族は金銭感覚が鈍いし、平民や奴隷は規則に従順だわ)

 かくして彼女の思い通り、徴税を課した後も貴族は鈍い金銭感覚のまま暴利の商品を買い、平民は規則に従順に行動した。

 貴族はアルフルドに固まって住むようになり、平民は無理に収入を増やしてアルフルドで生活することを甘受した。

 階層ごとの住人は才能よりも財産と収入によって分けられることになったが、なるべく貴族階級を学院に入学させたい協会からすれば好都合だった。

 ロレアの経営する商会は魔導師協会から貨物に関する徴税を一任されるようになった。

 ロレアは協会に徴税請負人として貨物の徴税業務を代行する。協会には徴税額の半額を納める。この内容で協会との取引は成立した。

 こうして労せずして安定した収益を手に入れることに成功したロレアだったが、最近、この収入源が脅かされつつあった。目に見えてレンリルからアルフルドへと輸送される商品の貨物量が減っているのだ。

「なんでこんなに貨物の量が減ってるのよ。アルフルドの人口は年々増えていってるっていうのに。おかしいでしょ」

「どうやら廉価に製品を販売している学院生がいるようです」

 ロレアの手下の一人が言った。

「学院生? 誰よ。それは」

「テオ・ガルフィルドという生徒が首謀者のようです」

「テオ……」

「我々のあずかり知らぬ流通経路で商品を輸送しているようです。流通量からしてエレベーターを使っていると思われますが……」

「くそっ。レンリルとアルフルドの流通は我々が完全に抑えたと思っていたのに。まだエレベーターを敷設する余地があったなんて……」

「どうしましょう。これでは上への報告が……」

 ロレアの商会はギルド『アンシエ・マルシエ(不安を売る者達)』の後ろ盾によりこの事業を独占的に請け負っていたが、毎月一定の金額をみかじめ料として納めなければならなかった。

「とにかくそのテオってやつを潰せばどうにかなるわけね。じゃああんた達そのテオってやつの素性を調べてきなさい。話はそれからよ」

 ロレアはタバコに火をつけてイライラを鎮めようとする。

「すでにテオ・ガルフィルドの素性については調べております」

 ずんぐりした男が前に進み出て報告する。彼はその大柄な体躯の割に仕事が早くて気の利く男だった。ロレアの手下達の中ではまとめ役として慕われている。

「彼は平民階級で貧しい商家の出身のようです。学院1年目の生徒でして。最近、住居をレンリルからアルフルド67階28番街へ移しており……」

「このトンマがぁ!」

 ロレアは突然癇癪を爆発させて手下の男に灰皿を投げつけた。

「そこまで分かってて何チンタラやってんのよ。さっさとそのテオってやつをブッ殺してこいよ。別に貴族でもないんでしょ」

 手下の男は痛みで一瞬顔をしかめたがすぐにポーカーフェイスを取り戻す。

 こんなことでいちいち心を乱しているようではここでの仕事は務まらない。ロレアの癇癪に付き合ってなだめるのも彼の給料のうちだ。ただ主人がうるさくしたことについて後で隣の事務所に謝りに行かなくてはいけないな、と心の隅で考えた。

「落ち着いてください。テオは平民階級とはいえ学院生。魔導師協会によって一定の保護を受けています。迂闊に殺してしまえば、協会は犯人を捜索して、我々は検挙されてしまうでしょう」

「ああん? だったらこのまま黙って見過ごすっての」

「まずはテオをここに呼び出してみてはいかがでしょう。そこで話し合いで手を打つことができればそれに越したことはありません」

「だったらさっさとテオをここに呼び出せよ。さあ行け。行ってしまえ」

 ロレアが発破をかけると手下達は慌てて事務所を飛び出していく。

「ったくどいつもこいつもトロくって使えない。ああもう。なんでこうもうまくいかないのよ。」

 ロレアは苛立たしげに机をトントンと指で叩きながら2本目のタバコに火をつける。

 彼女の財政は逼迫しつつあった。

 初めは順調にいくかに見えたこのビジネスモデルであったが、あまりにも苛烈な徴税に倒産・夜逃げする事業主が相次ぎ滞納されていた税を取り立て損ねるという事例が相次いだ。

 健在の商会でさえ何かと言い訳を並べては彼女への貢納を遅滞させていた。彼らは彼女の首が回らなくなり廃業することを期待しているようだった。

 このままではアンシエ・マルシエへのみかじめを払うことに差し支える。彼らは詐欺や恐喝、殺人によってロレアの仕事を補佐してくれたが、払えないとなれば今度はロレアに恫喝の矛先が向くであろう。

 おまけに先日購入した80階層の邸宅のローンが残っているし、魔導師協会からも支払を催促されていた。

(何もかもイライラするわ。搾取するのも楽じゃないわね。情けない零細商会の奴らめ。このくらいの徴税で破産しやがって。大商会の奴らも散々おべっかを使って私に高額な商品を買わせておきながらこの仕打ち。初めから狙っていたわね。おまけに物価も上がるし……これは私のせいだけど……まさかローンの額まで上がるなんて思わないじゃないか。上からの締め付けは年々厳しくなるのに収入はなかなか上がらない。おまけに今更新しいエレベーターが敷設されたですって? いい加減にしろよ)

「チクショウ!」

 ロレアはまた机を叩いた。

(搾取する側に回れば悠々自適、枕を高くして眠れると思っていたのに。不安の種はいつまでたっても消えやしない。一つ潰したと思ったらまた一つ、畑の雑草のようにむしってもむしっても生えてくる。人生で思い通りになることなんて何一つありはしない。たまにはすんなり事が運びなさいよ)



次回、第59話「回り始める二人の事業」

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