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第83話「エリオスからの使者」

前回、第82話「ナタの讒言」

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 指輪魔法中級の授業。

 この授業は初等クラスの指輪魔法を修めた者でなければ受講できず、ナウゼやラディアットも参加していた。

 教授のウィフスが演習場で生徒達を前に講義を始める。

「指輪魔法は単に光の剣を扱うだけのものではありません。光の線を描くことで魔法陣を作ることもできます。光の魔法陣ならばどんな空間・物質にでも自在に浮かべることができるので非常に便利。複数の魔法陣を作れば複数の魔法を同時に発動する事も。複雑な魔法を扱う場合、必須のスキルと言えるでしょう。そうですね。ではリン。前に来てやってみなさい」

「はい」

 リンの指輪が光ったかと思うと線を紡ぎ空中に魔法陣を描いてみせる。

 魔法陣は歪みのない綺麗な円で構成されており、陣内の紋様、文字まで綺麗に再現できている。

 さらにリンは二つ、三つと魔法陣を浮かび上がらせていく。

「おお」と歓声が上がる。

「うむ。さすがですね。後はそこから複数の魔法を実際に発動できれば単位取得ですよ」

「はい。ありがとうございます」

 これにはラディアットも感嘆した。

「ほお。大したもんだな」

「ああ。リンは指輪魔法が得意なんだな」

 ナウゼも感心したように言った。

 リンは前に出ることから解放されるとナウゼの方にやってきた。

「やあ、ナウゼ」

「リン。見させてもらったよ。なかなか見事な指輪魔法だ」

「ありがとう」

 二人は授業の合間を縫って、雑談した。

「考えてみたんだけどさ。僕も魔導競技に参加しようと思うんだ」

「えっ? リンも?」

 ナウゼは驚いたような顔をした。

「大丈夫なの? 君は軍事系の授業あんまり受講していない気がするけれど……」

 魔導競技は魔導師であれば誰でも参加できるし、公に参加を推奨されているが、将来軍事系のキャリアを積むもの以外参加しないのは暗黙の了解だった。

 それは、将来政治と軍事の重職を担う貴族階級ばかり参加することを意味した。

 平民で軍事系のキャリアを積む者は非常に稀だった。

「うん。勝つのが難しいのは分かっているんだけれど。それでも一度やってみたくて」

「そうか。君が出場するっていうなら僕は止めないよ。ただ魔導競技は甘くない。防御用の魔道具も随分発達したけれど、昔は死者も出た過酷な競技だ。出るなら出るで相応の覚悟が必要だよ」

 急にリンの学院の書にメールが入る。

「おっと。失礼」

 学院の書を開くとシーラからのメールが入っていた。

 シャーディフの伝手で銀行関係者が会ってくれる、そして融資の件で相談に乗ってくれるということだった。

(大変だ。授業なんて受けてる場合じゃない)

「ナウゼ。ちょっと僕はここで失礼するよ」

「? どこに行くんだい?」

「用事が出来てね」

「用事って。まだ授業中だけど……」

「抜けるよ。あ、先生には黙っていてね」

 リンはそう言い残すとコソコソと教室を出て行った。

 ナウゼはリンと会う度に不思議な印象を受けた。

 妙に経済に明るいかと思いきや貴族なら誰でも知っていることは知らない。

 いつも忙しそうにしている。

 リンは自分の生まれ育ちについてあまり話したがらなかった。

 いつもはぐらかされる。

 身なりからして裕福な家の出なはずだが。

「一体どういう奴なんだろう」

「またリンと話していたのか?」

 先ほどまで前で指導を受けていたラディアが戻って来て呆れたように言った。

「何か家のことについて話せない事情があるのかな? 例えば私生児だとか……」

「俺はどうもあいつのことが好かん。なんというか……胡散臭い」

「そうかな。気が利いて面白いと思うけれど」

「やあ、どうもお二人さん」

 リンが教室を出たのを見計らってナタがナウゼとラディアットの元に近寄ってきた。

「お前は……ラドスのやつか」

「何の用だ」

 ナウゼとラディアットは警戒するように鋭い声を出した。

「怖いなぁ。そんな睨まないでくださいよ。同じ貴族じゃないですか」

「ラドスの奴は信用できない」

 ラディアットがきっぱりと言った。

 スピルナとラドスは以前起こった戦争のせいで険悪な雰囲気になっていた。

 戦闘にはスピルナが勝利したものの、外交の妙でなぜかラドスに有利な条約が締結されることになった。

 スピルナ人はラドスにしてやられたと思っていた。

 それは子供でも知っていることだった。

「いやぁ。リンと付き合ってるなんて意外だなあと思ってね」

「リン? リンと僕達のことがお前に何の関係がある」

 ナウゼが不愉快そうに言った。

「別にあなた達がどいういう関係かなんてどうでもいいんですけれどね。ただ……いいのかなぁこんなこと言っちゃって」

「何だ。一体何が言いたいんだ」

 ラディアットがナタのもったいぶった言い方にイライラしたように言った。

「いやぁしかし言ってしまえばあなた方の友情に水を差しかねない。それは私としても本意じゃありません。しかし同じ貴族としてこれを見過ごすというのも……」

(ええい、はっきりしないやつだな。これだからラドスの人間は)

「言ってみろ」

 ナウゼが静かに、しかし怒りを抑えたような声色で言った。

「怒りません?」

「お前の言う内容次第だな」

「リンはね。奴隷なんですよ」

「ハァ?」

 ナウゼが素っ頓狂な声を上げる。

「冗談だろ?」

「確かな筋の情報ですよ」

「ふざけるなよお前。いわれもなく彼を侮辱するなら許さないぞ」

「バカな。なぜ奴隷が学院に通っているんだ」

 ラディアットが困惑したように言った。

「いやぁ。僕もヤツがどんな手を使ってここまで来たのかは知りませんけれどね。間違い無いのは彼がイリーウィア姫に取り入ったってことですね」

「イリーウィアだと? ウィンガルドの王族じゃないか」

「どういうことだ。奴隷が一体どうやって……」

「その辺はどうやったんでしょうねぇ。僕のような真面目な人間には皆目見当つきませんよ。ただあなた方スピルナの上級貴族ですら誑かした彼です。ありえない話じゃないでしょう? いくらウィンガルドの賢姫として名高いイリーウィア様といえど所詮は年頃の娘。あの容姿とあの舌の下、ありとあらゆる手練手管を使ったんでしょうよ」

「っ」

 ナウゼがショックに顔を伏せる。

「あれれ〜? やっぱり言わないほうがよかったかな」

「もういい。あっちへ行け」

 ラディアがうんざりしたように言った。

「はいはい。仰せのままに」

 ナタは最後まで二人の神経を逆なでするような態度をとりながら立ち去って行った。

「ヒヒ。さぁて。種は植え付けた。後はどんな風に花が咲くか。じっくり拝見させてもらうぜ」



「全く。とんでもない奴だなお前のお友達は」

 ナタが離れた後でラディアットが呆れたように言った。

「しかしこれで分かっただろ。もう外国の奴と下手に付き合うのはよすんだな」

「リン……」

 ナウゼはまるで裏切られたかのような顔でリンの去っていた方を睨んだ。



 翌日、学院に来たリンの表情は明るかった。

 銀行関係者との話がまとまって融資を受けられることになり、横領した金は補填できそうだった。

(ふぃー。一時はどうなるかと思ったけれど。どうにか経営者を続けられそうだね)

 リンは学院でナウゼを見かけると気さくに話しかけた。

「やっほーナウゼ。昨日はごめんね途中で抜けちゃって」

 ナウゼはリンに呼びかけられても一言も交わさず、顔を伏せて立ち去ってしまう。

 ラディアットはリンをギロリと睨んで一瞥するとナウゼの後に続く。

(あれ?)

 リンは少し不思議に思ったが、彼らの態度には覚えがあった。

 それは自分の身分を知って態度を変える人達の反応と同様だった。

(まあ……彼らは上級貴族だしね。色々あるんだよきっと。うん)

 リンは落ち込んでいるのが周囲にわからないよう普段よりもより一層ニコニコとしながら、それでもその背中は幾分寂しそうではあったが、廊下を歩いた。

 リンは学院を歩きながらも、頭の中では先ほどのナウゼの態度がグルグル回っていた。

(気にすることないよ。今までも散々あったことじゃないか。今更落ち込んでも始まらない)

 リンは虚ろな表情で学院の廊下を歩く。

(みんなそれぞれ事情があるんだ。僕がどれだけ……)

 リンが虚ろな表情で歩いていると向こうから来る空色のローブを着た女性とぶつかってしまった。

「きゃっ」

 ぶつかった人は手に持っていた書物をドサドサと落としてしまう。

「あ、すみません」

「やだ。どうしよう。私ったらまたこんなことを……」

 ぶつかった女性はオロオロし始める。

 リンは女性の落とした書物を拾うのを手伝ってあげた。

 彼女が持ち運んでいたのは学院にある図書館の本だった。

 借りて読むためではなく、仕事で運んでいるようだった。

(図書館の司書さんかな? でも空色のローブってことは100階層の人だよね。なんでそんな人が学院で働いてるんだろ)

 リンは何ともなしに彼女を観察してみた。

 齢は30歳くらいだろうか。

 青みがかかった長い黒髪に、メガネをかけたおとなしそうな印象の人だった。

 右手には何か怪我をしたのだろうか。包帯を巻いている。

 ふと本を拾おうとしたリンの手と彼女の手が重なる。

「きゃっ。ご、ごめんなさい」

「あ、いえ」

 彼女は大仰にペコペコして謝ってきた

 リンは彼女の反応になんとも言えない初々しさを感じた。

 こんな人がこの塔にいるなんて。

 深窓の令嬢か何かだろうか。

「ありがとうございます。こんなことまでしてもらって。本当にご迷惑を」

 本を拾い終わると女性はまたペコペコお辞儀をして感謝の気持ちを表した。

「いえいえとんでもない。でも珍しいですね。100階層の人が学院で働いているなんて」

「ええ、ちょっと事情があって。人を探しているんです。でも困りました。学院生の方を探しているんですけれども、私アルフルドには全然知り合いがいないものですから」

「はあ」

「エリオスという方に頼まれてリンという方を探しているんですけれども……」

「えっ? あなたは……」

「あ、申し遅れました。私、100階層所属の魔導師でルシオラと申します」



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