中央線と中野の街
カナは中野駅で中央線を降りる。北口を出るとサンプラザとブロードウェイに続くサンモールの商店街が待ち受けている。カナは中野に住んで久しいが、いつ行っても人が多い印象がある。中野の街が賑わっているのは日常茶飯事、カナは慣れた雰囲気の中を家路を急ぐ。
少し前、こんなことがあった。カナは中央線の電車の中に忘れ物をした。中野で降りて改札を出て気づいたが、電車はもう西へ向かって走ってる。駅の係員に申し出て捜索をお願いした。ややあって、その忘れ物は武蔵境でピックアップされたとの連絡。カナは慌てて引き取りに武蔵境まで行った。
武蔵境駅で係員に事情を話したら、二つ返事でことが通った。カナはどなたが届け出たのですか?と係員に聞いた。若い男性ですよ、と言ったがそれ以上のことは分からないという。どんな人かなと想像を思い巡らした。学生さんなのか地元の人なのか。
後日、カナは中央線の車内で男性に声をかけられた。バッグの持ち主がわかってよかったです、と言った。その日、カナはバッグを棚に忘れていたのだ。カナが聞くと、実は武蔵境に住んでますと男性が答えた。名はアキラという。妙な縁に恵まれた、と思って、カナは中野で話しませんか?と誘った。アキラは快く受け入れて、二人して中野で降りた。
サンプラザの前のカフェでコーヒーを飲みながらの話になった。カナは改めてアキラにお礼を言った。アキラはとんでもないと、当たり前のことをしただけです、と答えた。アキラはずっと前からカナの存在に気づいていた。まさかそのカナが忘れ物をするなんて、とアキラは驚いたそうだ。カナもびっくりして、よく見てますねと感嘆。何とお礼をしたら、とカナは言ったが、アキラはいいですよ、そこまで丁寧にしなくてもと返した。また何かあれば黙って助けるだけ、とアキラはこう答えた。カフェを出て北口の改札の前で二人はお互い気をつけてと言って別れた。
以来、お互いに意識してカナとアキラは同じ電車に乗っていたが、ある時アキラは車内で別の女性と話し込んでいるのをカナは見てしまった。ああやっぱり、というカナの落胆。まあ、そんなことがあるよね、と一人合点していつものように中野で降りた。
新井の交差点を過ぎると、中野の街は様相が変わって閑静な雰囲気に包まれる。カナの住む家はもう少しの所。今日も無事に帰宅することに感謝している。
(おわり)