26年ぶりの山本マークはやっぱりマーク・コーエンだった。
去る9月6日の午後、あいつらに会いにいってきた。あいつらとはニューヨークのイーストヴィレッジ、アベニューAの雑居ビルに住む彼ら。くっそ寒いクリスマスイブに去年の分の家賃も払えずにいる彼らのことだ。
彼らと初めて会ったのはブロードウェイの元廃墟ネダーランダー劇場だった。別の用事でワシントンDCに行くことになり、だったらついでにニューヨークも行こう、せっかくなら何かミュージカルを観ようということで選んだのが、ピューリッツァー賞を獲って間もない『RENT』だった。日本版のCMがテレビでばんばん流れてたので、どうやら今話題みたいだし、これにしてみるかと。
で、現地で観たら実際めちゃくちゃ面白くて、帰国後に相方が『演劇界』のレビューを読んだところ日本版も高評価だったので、その足でプレイガイドに行ったら楽日のマチネーが取れて、それ以来のつき合いになる。コロナで中止になった2回以外は、ロジャー役の宇都宮氏がうっかりマイクを投げ捨てたw ガラも含めて、全カンパニーを1回ずつ観てる。
日本版の主催が東宝に移ってからは、回を重ねるごとに若手の登竜門的な位置付けになって、行くたびに今回はどんなのを見せられるんだろうと期待半分不安半分な気持ちになるんだが、今回はなにしろ山本耕史マークだ。他のキャストも経験豊富な手練れの者たちと聞いて、100%の期待だけ持って劇場入りした。
いやもうね、山本くんが完全にマークなのよ、26年前に見たあのマーク。あのキャラと雰囲気のままで、しかも歌も台詞も完璧な英語で、ホントどんだけ練習したんだ。まったく何の違和感もなく英語のままで聞けたから、ニューヨークでも十分いけると思うの。行かない?w
(「La Vie Boheme」見ながら、ミュージックフェアで暴露されてた初回通し稽古でのズボンパァン事件を思い出してププッとなったのは内緒)
ひとつだけどうなるかなと思ってたのは、クリスタル・ケイのモーリーン。アタマおかしい(ほめてるほめてる)パフォーマンスをするあの役を、クリーンなイメージの彼女がどう演じるのか興味があった。で実際見たら、マァなんてお洒落なモーリーン。余裕綽々でブチキレてた森川美穂やクレイジー飛び越えてインセインなレベルのソニンを見てきた身からすると、これだったら普通にテレビの仕事もらえるんじゃない、ってくらいお洒落でカワイかった。
来日組はまったく何の心配もいらない、安心安定の、完全にイメージどおりの人たちだった。来日版でもカンパニーによってはちょっとイメージと違う人が来たりするんだけど(2018年のだいぶ上品なミミとか)、今回は最初に見た彼らそのままの人たちで、何の違和感も感じることなく最後まで突っ走れた。ただミミ役の人、喉の調子でも良くなかったかな。「Out Tonight」が少しつらそうな印象を受けた。
二十数回見てきてもどうしてもぐっときてしまうのはエンジェルの葬式のシーン。他の人たちもそのようで、鼻をすする音が方々から聞こえてくる。かくいう私も「あたしたちと知り合えてラッキーだってエンジェルはいつも言ってたけど、ラッキーだったのはあたしたちの方」というモーリーンの台詞を聞いて、「I'll Cover You: Reprise」を歌うメンバーの中にエンジェルの場所だけぽつんと空いてるのを見て、毎回涙ぽろりしてしまうのよね。だから、ラストのあの瞬間に大喜びできるわけで。
そういえば、今までずっと見てきて、わりと最近気付いたことがある。ベニーはどうして悪役に回ったのかだ。かつては彼もみんなと一緒にあのビルに住んでいたのに、それがなぜ地主の娘と結婚して家賃を取立てに来るようになったのか。そのわりにちょいちょい顔出してみたり、エンジェルの葬式代を出すと申し出たり、ミミが病院に行くなら金は出すと言ってみたり、最終的にはコリンズと飲みに行ったり、なんだ結局みんなとつるんでたいんじゃんというところまでは考えたんだが、その理由がなかなかわからなかった、というか考察できていなかった。で、ほんの数ヵ月前、それこそ今回のチケットを取ってから、はたと気付いた。ベニーは何も発信しない人だ。
ミュージシャン、映像作家、パフォーマー、大学講師、分野は違えど何かしら発信する人たちと一緒に生活していたベニーが何かを作ったり発信したりしていたとは、ストーリーの中で一切語られていない。そこに引け目を感じていたか否かはともかく、クリエイターや発信者に囲まれた自分が何か残せるもの、彼らのために何かできることがあるとすれば、彼らが思う存分活動できる場を作ることだと、ベニーは考えたんじゃないかと。そこで金持ちの娘に近づいて首尾良く結婚して財産を手に入れて、その金であのビルをサイバースタジオにするという計画だったとすれば、何となく合点がいく。とはいえ部屋を貸してる立場としては、嫁と義父の手前、家賃を回収せざるを得ない。
実はベニーの心はずっと彼らと共にあったのに、そのやり方が悪かったというか、彼らはそんなものは求めていなかった。そのすれ違いがこじれてあんなことになり、結局は嫁にイーストヴィレッジから連れ出され、みんなとの関係も切れてしまう。こんなことだったんじゃないかと、相方と晩ご飯食べながら話したわけだ。
当たってるかもしれないし、まったくの見当違いかもしれない。何しろストーリーを作った張本人が初演の前夜にあの世へ行っちゃったから、今となっては知る由もないし、それでいいんだと思う。考察するのが楽しいから。
初演から30年弱、劇中で描かれる風俗とテクノロジーはほぼ絶滅したと言っていいかもしれない。連絡方法は基本的に公衆電話かイエ電、メルアド持ってるのはアレクシーだけ、ポケベルがまだ現役、エイズ治療薬はAZTしかない。マークが持ってるのは小型とはいえフィルムカメラ。今も変わらないのは、そうだな、ロジャーが持ってるギターくらいか。
一方今は、ベニーが作りたかったサイバースタジオは普通に存在してる。もっと言えば、そんなものがなくたっていくらでもクリエイターが発信できる時代。今だったらマークは自撮り棒にiPhoneつけてYouTuberやってるだろうし、ロジャーもSoundCloudとかで曲を発表し、モーリーンもTikTokやインスタでヤバいパフォーマンスを流してることだろう。コリンズはホントにサンタフェでレストラン経営しながら教育系YouTuberとかね。
それでもやっぱり、こちらとしては、あの劇中の彼らに会いに行きたいのよね。次も待ってるよ。