【あの頃を抱きしめるシリーズ】キックスケーター


小学生の頃、友人の家に遊びに行き、玄関の前に立っていると友人が庭の方からキックスケーターに乗りさっそうと現れた。

一瞬で心惹かれた私は、帰るやいなや親にねだり、クリスマスか誕生日か何かのプレゼントとしてキックスケーターを手に入れた。

ある日いつものように田んぼしかない実家の周りでキックスケーターを乗り回していると、後ろから父の乗った自転車がやってきた。

父は寡黙で真面目な人だ。

何を思ったのか私は、「これと自転車交換して帰ろうよ」と言った。
父がキックスケーターに乗る姿を見てみたいという好奇心があったのかもしれない。

普段ならきっと「いやいいよ」と言うであろう父も、その時はなぜか首を縦に振った。

乗ってみたかったのかな

私が自転車に跨り、ペダルを漕ぎ出してすぐ、後ろでガシャン、という音が鳴った。

振り返ると倒れたキックスケーターの横にうずくまる父。口元からは流血していた。

舗装の悪い道路の穴ぼこに引っかかり、転んだようだ。

心配して駆け寄るも、父はその姿を見られたく無かったのか、先に帰るよう言った。


顔面から転んで口周りをズタズタにした父は、マスクをして職場に行き、人様に見せられないからとお昼ご飯も家に帰ってきて食べるようになった。この習慣は怪我が治ってからも、父が定年し、再雇用を務めあげるまで続いた。


あ~なんて健気で不憫な陽子(いちばん不憫なのは父)
抱きしめてやるからな

すべてうまくいきます

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